人気VTuber・天ノ川トリィの1ヶ月のギャラは2億円!? 金額を聞き、驚きを隠せない未来だが…/特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来④

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/6

第20回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作。南原詠著の書籍『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第4回です。「特許侵害を警告された企業を守る」ことを専門とする“特許法律事務所”を立ち上げた凄腕の女性弁理士・大鳳未来。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られる人気VTuber・天ノ川トリィ。そして、さまざまな企業の思惑が――。真の目的を明らかにするため弁理士・大鳳未来が挑む! 現役弁理士が描く企業ミステリー小説。遠隔で話していたがやっと姿を現したエーテル・ライブ取締役・棚町隆司。そして人気VTuber・天ノ川トリィの映像を見ながら説明を受けていると、彼女のギャラの話に。1ヶ月2億円稼ぐトリィの実態とは…。

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』(南原詠/宝島社)

「確認は、一つだけではなかったのですか」

 かちゃん、と金属の擦れる音がした。

 ミレディ・スプリングフィールドのスタジオの、奥の扉から人影が現れた。

 二十代後半だろうか。細いシルエットの男性が現れた。白いシャツ、スキニーの黒いジーンズ、ぺたんとした真っ白のスニーカー。

 しかし真っ黒のヘルメットでも被っているような、もっさりとした髪形が、いろいろとぶち壊していた。黒縁の眼鏡もファッションなのか、単に眼鏡に興味がないだけなのかわからない。

 未来は、会釈もせずに即座に問い質した。

「棚町隆司さんで間違いありませんか」

 棚町は、まるで小学生が近所のおばちゃんに挨拶をするような、「へこっ」としたお辞儀をした。

 頭を下げるのと同時に、通路の壁が全て輝き出した。

 通路に埋め込まれているプロジェクタが、全て映像を映した。画面の中では、VTuberたちの動画が流れている。

 しかし雰囲気とは裏腹に、棚町はスピーカーで喋っていた際の、はきはきとした声で名乗った。

「エーテル・ライブ取締役の棚町です」

 未来は、会釈をしながら棚町を眺めた。歓迎のアトラクションなのか、棚町社長が目立ちたいだけなのか。

 社長なんてみんな目立ちたがり屋、と十把一絡げにしてもよくないが。

 棚町は薄く笑った。

「ランチには遅いですが、寿司はどうですか。今日は寿司職人を呼んでいるんです。握らせますから」

 寿司と聞いて、喉から胃にかけて、地殻変動が起こったような激震が走った。

 今朝からまともに食事もしていない。移動中はずっと資料を読んでいた。プロテインバーを一つ食べただけだ。

 しかし未来は、微笑みながらゆっくりと近付いた。

「お気持ちは嬉しいのですが、早くビジネスの話に入りましょう」

 棚町はしれっと答えた。

「寿司は、演者たちが事務所に来る日によく振舞っています。ついでとは失礼でしょうが、食べる人間が一人増えたところで特に変わりませんし」

 棚町はジーンズの後ろ側のポケットに手を入れた。

 スマホを取り出して操作をすると、廊下の映像が全て消えた。

 すぐに、ぱっ、と棚町のすぐ隣の壁が光った。

 未来は、一歩下がって映像を見た。

 今日、最初に見たVTuber、天ノ川トリィが映っていた。

 棚町が説明する。

「これはデビュー初期に撮影した、トリィのプロモーションPVです」

 亀井製作所製の薄型テレビで見た動画とは別の動画だった。真っ白な背景の中で黒いドレスにベールを被ったトリィが、両手を合わせ、祈るように佇んでいる。後頭部で二つに分かれた金色の髪が、風でまっすぐになびいている。

 棚町はすぐに別の映像に切り替えた。

「これはYouTubeでの公開から二週間で二千万再生を超えた曲『アンライヴァルド』です」

 ぱっと画面が切り替わった。くすんだ黄色の空をした、荒野の背景が現れた。

 砂煙の中から、トリィのシルエットが現れた。白いワンピースに赤いヒールを履いている。音声はないが、トリィの口元の動きから見て歩きながら歌っている。

 トリィの通り道を挟んだ両側から、戦車やら戦闘機やらミサイルを積んだロボットやらの大群が現われる。一斉に砲撃が始まった。トリィは気にせず、歌いながら歩く。

 砲弾やミサイルやレーザーが、トリィに向かって飛ぶ。全てトリィを反れて外れる。爆風が連鎖的に発生する。トリィは無傷で、ただ歌いながら歩く。歌の内容は、わからない。

 未来は訊ねた。

「弾丸や爆風は、後から合成したCGですよね」

 棚町は頷き、スマホを操作した。

「もちろん合成です。リアルさを追求したいなら、こっちですね」

 また画面が切り替わった。竹林の奥に、寂れた庵が映っている。

 庵の周りを、ぼろぼろの着物を着た男二人が刀を持って見張っている。

 カメラが庵の中を映す。薄汚れた着物を着た女性が、赤子を抱えて泣いている。

 カメラがぐるっと向くと、庵の中は、ならずものだらけだった。総勢、三十人以上。ならずものたちの先頭には、頭領らしき大男が、血まみれの鉈を持って下品に笑っている。頭領は、額から右目にかけて、大きな傷がある。

 棚町が説明した。

「トリィの特技の一つは格闘技です。デビュー当初は見せる機会がありませんでしたが、一部のファンよりリクエストがあったので、急遽作った映像です」

 未来は訊ねた。

「これも全部CGですよね。ならず者たちも合成でしょう」

「当初の予定では。しかしトリィが『実際に相手がいないとやる気にならない』とゴネました。仕方なく、ならず者三十五人分の格闘家をモーションアクターとして集め、実際に戦わせました。CGキャラクタの動きは全て人間の動きの取り込みです」

 頭領は笑いながら鉈を振り上げた。入口の襖が吹っ飛んだ。見張りの二人が、砲弾のように庵の中に飛んで来る。

 革のライダースーツ姿のトリィが現れた。まず、ならずもののうちの三人が、まばらに襲いかかった。トリィは宙に回転しながら、ならずものの一人を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた男は、他のならずものたちの一群にぶつかった。

 ならずものたちが一斉に襲いかかった。トリィは全員を足技だけで叩き伏せた。

 未来は信じられなかった。

「動画の撮影現場では、生身の人間がこの通りに蹴り合っていたと」

「怪我人が三十五人出たので二度とやりません。トリィはスタント俳優ではなく格闘家を要求しました。正解でした。格闘家ですら吹っ飛ぶのに、普通の俳優なんかを連れてきたら死んでいます」

 頭領の姿が見当たらない。死角から、頭領が鉈を振るう。スローモーションで、鉈がトリィの首に向かって振られた。首に近づいた瞬間、スローモーションが解かれる。トリィは澄ました表情で、姿勢を低くし刃を避けた。そのまま勢いを殺さず、トリィは頭領に向かって跳び上がった。両足を頭領の首にかけた。頭領の驚いた顔が一瞬だけカメラに映った。直後、トリィの足に巻き込まれたまま、頭領の脳天は床に叩きつけられた。

 棚町が映像を切った。

 棚町が嘘を吐いているとは思えなかったが、未来としてはまだ半信半疑だった。

 棚町は説明を続けた。

「今、隣のスタジオに入っている演者が天ノ川トリィ。一年前にデビューしたVTuberです。彼女は先月一か月で二億円を稼ぎました。一か月での二億円台は事務所初です。動画の再生時間で割れば、五分で三五〇万円を稼ぐ計算です」

 未来はざっと計算した。

「たしか世界で最も稼いだモデル、ケンダル・ジェンナーの年収が十億円。半年でスーパーモデルの稼ぎを超える計算です。本当ですか」

「前代未聞ですよ。逸材です」

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