石井仁蔵「東大合格したものの」【連載コラム「私の黒歴史」】

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/25

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり”のエピソードをお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2024年3月号」に掲載された内容を転載したものです)

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石井仁蔵「東大合格したものの」
【連載コラム「私の黒歴史」】

 黒歴史、と言われて最初に浮かんだのが大学時代である。
 新潟の片田舎に生まれ育ち、勉強しか知らぬ高校時代を過ごした少年が晴れて上京、進学先は天下の東京大学だった。受験戦争の勝者たる誇らしさを胸に都会へと渡った少年には、目に映るものすべてがまばゆく、色・色・黄金色、ともかくも極彩色のキャンパスライフが始まった。始まる予定だった。始まったらよかったのにな、と思っていたらいつの間にか灰色に染まった。今にして振り返れば黒であった。
 我が世の春と初めこそへらへら酔っ払っていたものの、桜も散って夏も過ぎれば、冷たい秋風が頰を撫でる。酔いは残酷に醒めていく。居心地のいいサークルも見つからず、授業は面白くなく、高校時代からの夢だったお笑い芸人を目指すもコンビの相方にふられて頓挫。学園祭で行われるクラス演劇の監督を任されるも評判は悪く、酔った勢いでメールした女子にはキモがられ、一念発起して小説の自費出版に踏み切るも不首尾の限り、百万以上のローンを背負う。友人も恋人もろくにできずに勉学をサボってバイトに明け暮れたかと思えば、何を血迷ったか髪型をゴリゴリのモヒカンにしやがってクビになる。大学もまともに行かず必修科目を登録し忘れたせいで留年確定、やさぐれきったこの腐敗学生は就職活動をもめ腐り、「僕は天下の東大生であるから学歴シードで低次の選考は通れるさ、半自動的に」などと考え、面接官の眉間に刻めるだけのしわを刻んだ。軒並み一次落ちであった。
 ダサくてキモくて頭が悪くて臆病で、そのくせプライドだけは高いから煮ても焼いても食えない。それがあの頃の僕だ。自虐ではない。事実だ。
 社会人になってからも、冴え冴えしいことは皆無だった。
 ただ、そんなクズでもひとつだけ、投げ出さずに続けてきたことがあった。
 小説を書くことだ。
 他のすべてがどうしようもないからこそ、僕は小説にしがみついた。新人賞デビューに辿り着いた。黒く染まったあの日々が、いちの光の導きを信じさせたのかもしれない。そう考えれば、あの頃の彼を多少は救ってやれるだろうか。最後に、この場を借りた謝罪をもって追想を終えよう。同じクラスだったOさん、キモいメールを送ってごめんなさい。

プロフィール

石井仁蔵(いしい・じんぞう)
1984年、新潟県生まれ。東京大学文学部卒業。『エヴァーグリーン・ゲーム』にて第12回ポプラ社小説新人賞を受賞。

書籍紹介

エヴァーグリーン・ゲーム(ポプラ社刊)
著者:石井 仁蔵
発売月:2023年10月

世界有数の頭脳スポーツ・チェスの面白さに魅入られた四人の若者たち。彼らは己の全てをかけ、チェス日本一を決めるチェスワングランプリに挑むことに。ポプラ社小説新人賞を選考委員満場一致で受賞した、傑作エンタメ小説。

掲載号紹介

小説 野性時代 第244号 2024年3月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2024年02月25日
商品形態:電子専売

河野裕の新連載「彗星を追うヴァンパイア」のほか、新・直木賞作家河崎秋子、阿津川辰海、櫛木理宇の連載がついにフィナーレ。今もっとも刺激的な月刊小説誌。

【新連載】
河野 裕――彗星を追うヴァンパイア
ふたりは、一六八五年の六月、戦場で出会った。
科学を信じる青年と未知の怪物が共に歩む、新境地の空想歴史小説!

【連載最終回】
阿津川辰海――バーニング・ダンサー
全世界で百人の能力者――「コトダマ遣い」。
特殊設定ミステリの気鋭が贈る、能力者vs.能力者の警察小説!

河崎秋子――銀色のステイヤー
新・直木賞作家による、一頭の競走馬と
それをめぐる人々の物語。ついに感動のラストラン!

櫛木理宇――死蝋の匣
行方をくらませ続けた女性の正体は――。
元家裁調査官&刑事コンビの猟奇サスペンス、衝撃の結末!

【連載】
永井紗耶子――青青といく
荻原 浩――我らが緑の大地
誉田哲也――暗黒戦鬼グランダイヴァー
朝比奈あすか――普通の子
森 絵都――デモクラシーのいろは
伊東 潤――天地震撼 信玄と家康
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
伊吹有喜――銀の神話
近藤史恵――風待荘へようこそ
長浦 京――シスター・レイ
今村翔吾――天弾

【コラム】
私の黒歴史――石井仁蔵「東大合格したものの」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――ヒコロヒー『黙って喋って』

第15回 小説 野性時代 新人賞 最終候補作品発表
第16回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
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