カクヨムコン8大賞受賞の本格じわ怖ホラー!【『みんなこわい話が大すき』試し読み#1】

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/1

ほんとうにこわいものは、何? 本格ホラー×極上バディ小説!

第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉大賞を受賞した『みんなこわい話が大すき』。いじめられていた少女の日常が、ある出会いをきっかけに徐々に歪んでいく本格じわ怖ホラーです。
幼さの残る小学生の視点で始まる本作ですが、胡散臭い白髪霊能者・シロさんと強面弱腰ボディガード・黒木のコンビの軽快なやり取りが楽しめる“バディ小説”の側面も。
カドブンでは特別に、そんな二人の登場シーン以降を試し読みとしてお送りします!

advertisement

『みんなこわい話が大すき』試し読み #1

「よみご」のシロさん

「口論の末、男に水をかける女」というものを生まれて初めて見た。
 と、くろしよう他人ひとごとのようにそう思った。
 実際には女がかけたのは水ではなく水出しの緑茶であり、ふたりの口論というのも痴情のもつれによるものではなかった。ついでにいうなら黒木にとって、それは「他人事」ではなかった。
 彼は今しがた緑茶をかけられて、とがったあごの先からしずくをポタポタ垂らしている男・ろうさだあきのいわゆるボディガードとして雇われているのであり、なんらかの危害を加えられる前に彼の身を守るのが仕事だ。だから本来なら、お茶をかけられるのを黙って見ているべき立場ではない。
 幸い、雇い主である志朗はニヤニヤしていた。なかなか帰ろうとしない面倒な客を強引に追い返すための大義名分が出そろったと言わんばかりで、実際彼はこの直後、黒木に向かって「お客さんにお帰りいただいて」とうれしそうに命じた。
 黒木は言われたとおりに女を追い出した。四十絡みの化粧の濃い女は、ふたりをとうしながらマンションを出て行った。
 ほんの数分間でどっと疲れた。黒木はどちらかといえばおくびようで温順な性質で、ガードマンのような仕事が向いているかと問われれば正直向いていないと言わざるをえない。
 ただ体格はいい。身長一九〇センチ、体重一〇八キロの巨体で目の前に立たれると、何もしなくても相手は威圧感を覚える。なればこそ、志朗の個人事務所に雇われることになったのだ。
 この2LDKのマンションの一室は、志朗貞明の自宅兼事務所である。彼を頼ってきた人々は、ほぼ例外なく玄関に一番近い応接室に通される。その部屋の隅っこに立って、客人が不審な行動をしないか見張るのが黒木の仕事だ。幸い、警察を呼ぶような事件になったことはまだ一度もない。
「いや、ひさしぶりにああいうの来たねぇ、あんなしょうもないのは客じゃないよ」
 黒木が玄関から戻ってくると、志朗はすでに洗面所の棚からフェイスタオルを取り出していた。後ろでくくっていた髪をほどき、頭をいている。れた顔をきれいにぬぐっても、両目は閉じられたままだ。だから志朗はいつも笑っているように見える。
 どう上に見積もってもまだ三十代であろう彼の髪は、雪のように白い。脱色したのではなく、自然にそうなったのだという。そうなるまでの道のりを黒木は知らない。かつては彼と同じように見えていたらしい志朗がなぜ全盲になったのかも、教えてもらったことはない。
「一瞬、志朗さんがプライベートでめたことのある女性かと思いましたよ」
 黒木が半分冗談、半分本気で言うと、志朗の方は完全に冗談らしくおおに「ないわぁ~」と返す。
「確かにボクは年上好きだけど、あれはないよ。最近はセフレと揉めてないし」
「今も昔もやめてくださいよ……あっ、志朗さん! 巻物は?」
 黒木は突然大声を出した。志朗の商売道具がテーブルの上に出ていたことを思い出したからである。しかし志朗は慌てる様子もなく、閉じたまぶたをぎゅっとゆがめてへらへらと笑った。
「あんなことでどうにかなるようなもんじゃないよ。『よみご』の道具だもん」
 黒木はさっきまで女が座っていたソファの前にある黒いローテーブルに目をやった。
 そこには一巻の巻物が置かれていた。きんらん表紙の太い巻物は最初の方が開かれ、中途半端に巻き戻りつついまだテーブルの上に広げられている。
 表紙にも、真っ白な本紙にも、緑茶のかかった跡などはなかった。

 志朗は自らを「よみご」と称する。彼の生まれた地方特有の霊能者だという。
 志朗いわく、彼らは皆一様に盲目であり、そして扱うのはもっぱら凶事とされている。

「確かにボクは厄落とし専門ですけどね? さっきの女性になんで私が結婚できないのかと聞かれたら、それは厄でなくてあなたの性格のせいですとしか言いようがないがな」
 志朗はどこか西の方らしいアクセントが残る口調でそう言いながら、洗面所の棚を開いて着替えを取り出す。彼は持ち物の定位置をきっちりと決めていて、それがずれることは滅多にない。たまに黒木がスリッパを置く位置などを間違えると、「黒木くん、そこと違うよ」とすかさず指摘してくる。目が見えないはずなのになぜ気づくのか、黒木にはさっぱりわからない。仮に物音や振動によって感知しているのだとしても、志朗は異様に勘が鋭いと思う。
「それにしたって言い方があるでしょ。大体志朗さんは結婚のアドバイスとかするのに向いてませんよ」
「ボクは婚活アドバイザーではないからなぁ」と言いながら、志朗は慣れた手つきで髪を括り直す。
「ところで黒木くん、次のお客さんが来るまでにソファの辺り拭いといてくれる? 予約まではまだ時間があるけど、なんか、ちょっと早く着くような気がする」
 それは志朗の言う通りになった。今日最後の客は、約束の時間よりも二十分早くこのマンションに到着した。

(つづく)

作品紹介

みんなこわい話が大すき
著者 尾八原ジュージ
発売日 2023年12月22日

ほんとうにこわいものは、何?
ひかりの家の押入れにいる、形も声もなんにもない影みたいなやつ、ナイナイ。
唯一の友達であるナイナイをいじめっ子のありさちゃんに会わせた日から、ひかりの生活は一変した。
ありさちゃんはひかりの親友のように振る舞い、クラスメイトは次々と接近してきて、いつもはつらく当たる母親さえも、甘々な態度をとるように。絶対に何かがおかしい。疑心暗鬼になったひかりはありさちゃんと距離を置こうとするが、状況は悪化するばかり。
数年後、〈よみご〉と呼ばれる霊能者・志朗貞明のもとに、幼い子供と心中した姉の死の真相を探ってほしいという依頼が舞い込んでいた。
無関係に思える二つの異変は、強大な呪いと複雑に絡み合い……。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉大賞受賞作。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322307000942/
amazonページはこちら

『近畿地方のある場所について』著者・背筋氏による本書のレビューはこちら