川上佐都「手のひらのほくろ」【連載コラム「私の黒歴史」】

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/28

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり“のエピソードをお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2024年4月号」に掲載された内容を転載したものです)

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川上佐都「手のひらのほくろ」
【連載コラム「私の黒歴史」】

 幼少期は新しくできたほくろの存在に敏感で、定期的に身体のほくろを数えていた。できたばかりのほくろは次の日もあるか目と鏡で確認し、数が増えると成長したみたいで誇らしくなった。
 中学校にあがる頃にはその癖はなくなった。用のない日の郵便ポストくらい、視界に入っても「ほくろだ」とは思わず風景化した。そんな中でまた私に新しいほくろができた。右の手のひらの、中心から少し人差し指側にずれたところだった。私はなんとなくそれが恥ずかしくて、これ以上大きくならないようにと願った。しかし意識するほどほくろは日に日に丸く大きくなり、すぐに直径3ミリほどになった。
 ほくろを恥ずかしいと思うのは初めてだった。明確な理由はなく、ただなんとなく嫌だった。私は手のひらのほくろを隠すことにした。じゃんけんでパーを出すのをやめて、授業で挙手するときは親指を折り曲げて「4」を作って見えないようにした。備忘録代わりに手の甲にメモするのが流行ったけれど、私はほくろに被るよう手のひらに書いた。
 ある日の授業中、私は乾燥した指にできたささくれを引っ張りながら、皮をめくればほくろも取れるかもしれないとひらめいた。それを促すようにブレザーには校章ピンバッジがついていて、身体をむやみに傷つけてはいけないと思いつつ、実践したくてたまらなくてその場で作業を始めた。先生の視線と、ついにほくろがなくなるかもしれない喜びに神経を使ったから、痛みは感じなかった。ここまで長くほくろと対峙したことはなかった。よく見たら黒ではなくこげ茶色で、盾のような五角形をしていた。だんだんと、どうしてこれを取りたいと思うのか分からなくなってきた。
 授業終わりまで作業したけれど成果はなく、手のひらに残ったのは紛れもなくほくろだった。だけど恥ずかしさは消えていて、その日から私は三択でじゃんけんをし、手を開いて挙手をし、手の甲にメモできるようになった。他と同じように、手のひらのほくろも風景に変わった。
 先日、薬指の腹にバラのとげがささった。埋まっていたし小さかったのでしばらく放置したけれど、数日後に縫い針で取ることにした。ほんのわずかな痛みと集中力が、あの時の真剣さを思い出させた。私はほくろ自体というより、自分のほくろを恥ずかしいと思った事実を払拭したかっただけかもしれない。手のひらには少し削れたほくろがある。こっちは取れなくてよかったと、棘を捨てながら思った。

プロフィール

川上佐都(かわかみ・さと)
1993年生まれ。神奈川県鎌倉市出身。『街にねる』で第11回ポプラ社小説新人賞特別賞を受賞しデビュー。

書籍紹介

今日のかたすみ(ポプラ社刊)
著者:川上 佐都
発売月:2023年12月

誰かと生きる日々のきらめきを、優しく掬い上げた5編の連作短編集。
誰かと暮らすって不自由で息苦しくて、でも時々たまらなく愛おしい。

掲載号紹介

小説 野性時代 第245号 2024年4月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2024年03月25日
商品形態:電子専売

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【新連載】
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大正時代の京都に集結した奇跡の三人。
「美とは何か」を追求する長編歴史小説。

【連載】
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荻原 浩――我らが緑の大地
誉田哲也――暗黒戦鬼グランダイヴァー
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赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
伊吹有喜――銀の神話
近藤史恵――風待荘へようこそ
長浦 京――シスター・レイ
佐藤正午――熟柿
恩田陸――産土ヘイズ
今村翔吾――天弾

【コラム】
私の黒歴史――川上佐都「手のひらのほくろ」
告白します――逢崎 遊「私は泳げません」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――ヨシタケシンスケ『おしごとそうだんセンター』

Book Interviewこの本に注目!
白川尚史『ファラオの密室』

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第45回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項

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