『すみせごの贄』澤村伊智インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/18

読者の圧倒的支持を受けている、澤村伊智さんの人気作「比嘉姉妹」シリーズ。
その第3短編集となる『すみせごの贄』が発売されました。
料理教室での不気味な事件を描く表題作など、ホラーとミステリーの最前線を感じさせる6編について、澤村さんにうかがいました。

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取材・文:朝宮運河
写真:有村 蓮

シリーズものに甘えず、
レベルの高い短編を書いていきたい

澤村伊智さん待望の新作『すみせごの贄』は、『などらきの首』『ぜんしゅの跫』に続く「比嘉姉妹」シリーズ3冊目の短編集。おなじみ比嘉琴子・真琴の霊能者姉妹が登場する作品や、真琴の配偶者でオカルトライターの野崎昆が取材先で怪異に遭遇する作品など、バラエティ豊かな6編を収めている。

「『比嘉姉妹』シリーズとはいっても、毎回琴子や真琴が登場するわけではありません。というかパターンの決まった霊能探偵ものにすることは、避けようと思っているんですよね。これまで長編に出てきた誰かを再登場させること、何らかの超自然現象を描くこと、くらいの縛りでやっています」

収録作はすべて雑誌『怪と幽』に掲載されたもので、同誌の特集内容とリンクしているものも含まれる。

「依頼を受ける際に、一応特集のテーマは尋ねるようにしています。それがアイデアのとっかかりになることもあって、今回だと『くろがねのわざ』が特撮特集に、『とこよだけ』がきのこ特集に合わせて書いたものです」

巻頭の「たなわれしょうき」は民話を特集した『怪と幽』vol.007に発表された作品。それもあってか滋賀県のある集落に伝わる珍しい習俗を、野崎が現地調査するというエピソードになっている。

「確かにこれも特集を意識していた気がしますね。民話にはつじつまが合っていなかったり、展開にオチがついていないのに唐突に終わったりするものがあるじゃないですか。今書店で手に入るような昔話の本にも、これでいいのか、と言いたくなるような変な話がたくさん載っている。あの手触りを再現してみたくて、たなわれしょうきの昔話を創作しました」

同地に伝わるたなわれしょうきの昔話は、生きたまま腕を引き裂かれ殺された男が夢に現れ、村人を次々に殺して回る、という残酷で不条理な内容だ。その昔話を彷彿とさせるような事件が、野崎の周囲で巻き起こる。

「この短編は『ばくうどの悪夢』の副産物でもあるんです。鍾馗(中国の民間信仰の神)と夢の関係について、『ばくうど』で言及しようと思っていたんですが、うまくはまらなかったので独立させました。野崎が夢について妙に詳しいのは、『ばくうど』にあるとおり、学生時代ある子守唄と夢について調べたからなんですね」

土俗テイストの強い怪異と、生々しい人間関係のトラブルが絡み合い、最後まで油断のできない展開を見せる。超自然恐怖とヒトコワ的要素の巧みな配合は、続く5編にも共通する本書の特色だ。「戸栗魅姫の仕事」はYouTubeで高い人気を誇る霊能者・戸栗魅姫が、迷宮化した巨大な温泉ホテルを彷徨い続ける、という悪夢のような物語。

「増改築をくり返した結果、複雑な構造になってしまった温泉ホテルって実際にありますよね。過去にはそうしたホテルで火災が発生し、大勢の人が亡くなるという事故も起きています」

強い霊能力を備えた比嘉姉妹とは対照的に、魅姫は口先とパフォーマンスだけで世の中を渡ってきたインチキ霊能者だ。そんな彼女の人生が、ホテル内で出会った虚言癖の少女・珠美との交流を通して、浮き彫りにされていくというドラマが印象的だ。

「霊能者に思い入れがあるというわけでもないのですが、世代的に怪談やオカルトの入り口がそこだったんですよね。小学生の頃はテレビをつけると宜保愛子がよく出ていましたから。もちろん霊能者の中には偽物もいると思いますが、琴子たちのように表に出て来ない本物にはできない、インチキ霊能者にしかできない仕事もあるんじゃないか、ということを書いてみたかったんです」

第3話「火曜夕方の客」は、東京・高円寺の間借りカレー屋にやってくる風変わりな客にまつわるエピソード。決まった曜日に現れ、同じメニューをテイクアウトする客の行動パターンから、悲しい事実が明かされていく展開に、著者のミステリーセンスが光る。

「現代的な飲食業態を舞台に、あえてベタな〈飴買い幽霊〉をやってみたらどうなるかという作品です。赤ん坊を育てるために死んだ母親が飴を買いにくるという有名な怪談ですが、この幽霊にはつじつまの合わないところがある。そこを論理的に詰めていったらこうなった、という感じでしょうか」

この事件では鋭い霊感を備えた真琴も、なかなか真相にたどり着くことができない。

「すぐに霊能力で解決してしまうと面白くないので、何らかの障壁は設けるようにしています。といって霊能力でここまでできます、という枠を明確にしてしまうと、ホラーではなく特殊設定ミステリーになってしまう。曖昧なところは残しながら、能力の限界をそれとなく描くのは大変です」

『怪と幽』の特集から生まれた「くろがねのわざ」は、特撮界のカリスマ造形師が関わった映画の秘密が、徐々に明らかになるという特撮怪談。「とこよだけ」は先輩ライターと取材に出かけた野崎が、無人島での怪異に見舞われるという力作で、きのこホラー映画の名作『マタンゴ』へのオマージュになっている。

「高度な特撮を使って何かをやる、というアイデアは大昔から持っていて、『くろがねのわざ』でやっと使うことができました。『とこよだけ』は編集部から『マタンゴ』をやってくれと言われて、頭をひねって書いた作品。このシリーズの世界観であの映画のような寄生生物を出すのは難しいのでこういう形になりました。長編を含めて、シリーズ最新のエピソードになっています」

表題作の「すみせごの贄」は、『ずうのめ人形』に登場した料理研究家・辻村ゆかりが、料理教室にゲストとして招かれるという異色作。この教室では不気味な事件が相次ぎ、講師の料理人が謎の失踪を遂げていた。

「ツイッター上に何気なく、『辻村さんがお料理教室で生徒に喋ってるうちに怪談ミステリになるワンシチュエーションもの』を書きたい、と投稿したら編集者に見つかって、実際書く羽目になりました。滅多なことは呟くものじゃないですね(笑)」

ゆかりの丁寧な、しかし切れ味鋭い弁舌が、教室内の歪んだ人間関係をあぶり出していくスリルがたまらない。しかもゆかりの発する言葉にはどうやら、現実を歪めてしまう力が備わっているようなのだ。

「辻村ゆかりについてさらに知りたい方は、『ずうのめ人形』や『あの日の光は今も』(中編集『さえづちの眼』所収)を読んでいただければ。でも書き手としてはシリーズものの設定に甘えちゃいけないとも思うんですよ。シリーズものでありながら独立した短編として評価されて、アンソロジーに収録されるレベルの完成度を目指しています」

シリーズものの枠を生かしながらもそれに寄りかからず、意表を衝くような形で謎と怪奇を提示してみせる。そんな挑戦的姿勢こそ、デビュー以来変わらない澤村作品の特徴ともいえる。

「真琴の働くバーに事件が持ち込まれたり、料理研究家が憑き物落としたり。このシリーズの中でも、手を替え品を替え、かなりいろんなことを試している短編集かもしれないですね」

片岡人生さん・近藤一馬さんによる新たなコミカライズもスタートする「比嘉姉妹」シリーズ。一作ごとにホラーの可能性を押し広げるこのシリーズも、来年には10周年を迎える。

「息をするように新作を出したいんですが、なかなか思い通りにはいきませんね(笑)。『比嘉姉妹』シリーズの次の長編は、来年秋頃の刊行を予定しています。短編では琴子や真琴の弟妹の話も書かなければと思っていますし、老体にむち打ってがんばらないと。これからも応援をよろしくお願いします」

作品紹介

シリーズ最新短編集
『すみせごの贄』 澤村伊智 角川ホラー文庫
知人の息子をともなって、滋賀県のとある集落を訪れたオカルトライターの野崎。やがて同地の陰惨な昔話をなぞるように、二人は奇妙な事件に巻き込まれていく(「たなわれしょうき」)。現代ホラーの最前線に位置する、「比嘉姉妹」シリーズの文庫オリジナル短編集第3 弾。

これまでのシリーズ作品

シリーズ開始の映画化作品
『ぼぎわんが、来る』
澤村伊智 角川ホラー文庫
幸せな家庭生活を送っていた田原秀樹の周囲で、尋常ならざる事件が相次ぐ。その正体は秀樹の祖父が恐れていた化け物・ぼぎわんなのか。『来る』として映画化、人気シリーズここに開幕!

『などらきの首』
澤村伊智 角川ホラー文庫
高校時代の野崎が、同級生の祖父母の住む地域に伝わる化け物・などらきの謎に挑む表題作、第72回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞作「学校は死の匂い」などを含む、シリーズ初の短編集。

『ぜんしゅのあしおと
澤村伊智 角川ホラー文庫
「比嘉姉妹」シリーズ短編集第2弾。怪我をした真琴に代わって、琴子が見えない通り魔事件の解決に挑む表題作や、映画『来る』にインスパイアされた「鏡」など5つの恐怖譚を収録。

『さえづちの眼』
澤村伊智 角川ホラー文庫 
郊外の名家・架守家を悩ませる怪異に琴子が挑む表題作、『ずうのめ人形』で強烈な印象を残した辻村ゆかりが再登場を果たす「あの日の光は今も」など3 編を収める、シリーズ初の中編集。

*ほかに、長編の『ずうのめ人形』『ししりばの家』『ばくうどの悪夢』が刊行中

「ダ・ヴィンチ」2024年5月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載

プロフィール

澤村伊智(さわむら・いち)
1979 年、大阪府生まれ。東京都在住。2015 年、『ぼぎわんが、来る』で第22 回日本ホラー小説大賞〈大賞〉を受賞しデビュー。同作から始まる「比嘉姉妹」シリーズで高い人気を誇る。著書に『ずうのめ人形』『予言の島』『ひとんち 澤村伊智短編集』『ばくうどの悪夢』など。

怪と幽紹介

4月23日発売予定!
『怪と幽』vol.016
KADOKAWA
表紙●石黒亜矢子描き下ろし
第一特集●陰陽師を知る
第二特集●京極夏彦「巷説百物語」了
X(旧Twitter) @kwai_yoo
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