「絶対に笑ってはいけない」状況はなぜ面白いのか? 天才小説家・筒井康隆が人間の生理現象の制限を描く『笑うな』/斉藤紳士のガチ文学レビュー㉔

文芸・カルチャー

公開日:2025/2/10

『笑うな』筒井康隆/新潮社)

人間という生き物は制限を設けられると、そこを何とかして逸脱しようとしたり抗ってみたりしたくなる生き物なのかもしれない。
しかもそれが生理現象で、さらに強制されてしまうと、その傾向は顕著になる。
高速道路で渋滞に巻き込まれた途端にトイレに行きたくなったり、水分が摂取できない状況だとわかると途端に喉が渇いたり、いかに人間は精神によって肉体が翻弄されているのかがよくわかる。
天才小説家・筒井康隆の掌編「笑うな」はまさに”笑う”という生理的な現象を抑圧することによってさらに笑いが増幅する、という人間の本末転倒ぶりを描いた作品になっている。
あらすじを紹介すると、主人公のもとに友人の斉田という男から一本の電話がくるところから話は始まる。電話口では遠慮がちに「ちょっと来てくれないか」と言っていた斉田だがいざ会いに行くと「やあ」と普通に出迎える。電気器具の修理工をしている彼の店に入り、用件は何かと訊ねると、斉田はもじもじし始め、やがてクスクス笑い始める。「何だよ、早く言えよ」と言いつつ、主人公もつられて笑い始める。「言うけどさ、笑うなよ」と言う斉田の顔は真っ赤になっている。「笑うなよって、お前が笑ってるじゃないか」そう言う主人公の顔も真っ赤になっている。二人でゲラゲラ笑っていると、急にしかつめらしい態度になった斉田が照れながら告白をする。

「なんだ」
「じつは、タイム・マシンを発明した」彼はあきらかに泣き笑いをしながら、そういった。
おれは、しばらく黙っていた。口を開こうとすると爆笑しそうだから黙っていたのである。
だが、からだ中が小きざみにふるえ出すのを、斉田に悪いと思いながら、どうすることもできなかった。

結果、二人は爆笑しながら「タイム・マシンを発明したのか」「ああ、あのタイム・マシンだ」と言ってゲラゲラ笑いあう。
二人は笑いながら操作方法を確認し、「このタイム・マシンでさっきお前が『タイム・マシンを発明した』と言ったときに戻ろう」とさらに笑い転げながら提案する、というお話だ。
笑いを我慢している時の苦しさや楽しさを実に克明に描いているので読んでいる間、読者自身もつられて笑いそうになる秀作である。

笑うことを禁じられた状況、その状況がシリアスであればあるほど人間は「笑うこと」が我慢できなくなる。
昔からコントでよくあるのが「水と油」の設定で、つまり最も「笑ってはいけない状況」こそ最も「大きな笑いが生まれる状況」なのである。
ザ・ドリフターズでも『お葬式』がコントの舞台として選ばれるのはそういった理由がある。
お葬式という笑うことが禁じられた状況でお経を読むお坊さんの頭に大きな虫がとまっていたら。その虫を殺そうと喪主がスリッパでお坊さんの頭を思い切り叩いたら。その喪主を制そうとして正座から立ちあがろうとした奥さんの足が痺れてしまって変な歩き方をしていたら。想像すると堪らなくなってくる。
笑いはギャップだと言い切る人もいて、ビートたけしさんなどは普通に人がつまずいて転けてもさほど面白くないが、総理大臣などの要人が転けると面白い、と言う。つまり権威があればあるほどそういった状況を「笑うことが許されない」ので余計笑いが込み上げてくるといった構図なのだろう。
数年前まで大晦日に放送されていた『ガキの使いやあらへんで!』の「笑ってはいけない」シリーズはまさにその象徴のような番組だった。
ただ「笑ってはいけない」と制限されるだけで、「どうぞ笑ってください」と言われるよりも遥かに物事が面白くなる、という逆転の発想が番組を面白くしていた。
番組の中ではもちろん多くのタレントや芸人がレギュラー陣を笑わせようとする。しかし、そこには正攻法ではない笑いも多く含まれる。通常なら「面白くない」と断罪されるようなネタも、「笑ってはいけない」というフォーマットの中にあると急に面白く思えてきたりするのである。結果、くだらなすぎて笑ってしまい、罰としてその場でケツバットをされ、またその様子を見て視聴者は笑う、という実によくできたシステムだからこそ、長きにわたってお茶の間に愛されたのだろう。
ザ・ドリフターズにビートたけしにダウンタウン。
笑いを作り出すプロの中でも突出している、いわばレジェンドと言われるような芸人がこぞって利用してきたこの「逆転の発想」は実は色んなことに活用できることなのかもしれない。
皆さんも何か大きな壁にぶち当たった時は、その壁を登ったり壊そうとせずに、地面を潜ったり、そもそも迂回できたりしないかを考えてみるのもいいかもしれませんよ。

YouTubeチャンネル「斉藤紳士の笑いと文学」

<第25回に続く>

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