【2025年本屋大賞ノミネート作レビュー】自分と瓜二つの溺死体に出くわしたとしたら……ルーツに悩む救急医の葛藤を追う、現役医師の医療×本格ミステリ【書評】
公開日:2025/3/28

「一体自分は何者なのだろう」——誰だって一度はそんな疑問を感じたことがあるだろうが、多くの人は大人になれば、そんなことに悩んだことさえ忘れてしまうはずだ。だが、今年33歳になるというこの物語の主人公は、ある日、突然、そんな問いと向き合わざるを得なくなってしまった。浅黒い肌。一重瞼に、角張った顎。太めの眉。鼻根のしっかりした高い鼻……。自分とまるで同じ顔、同じ体つきの遺体に出くわしたあの日から、自分のことがすっかり分からなくなってしまった。
そんな「自分と瓜二つ」の遺体の謎、自らのルーツを追う物語が、『禁忌の子』(山口未桜/東京創元社)。デビュー作でありながら、第34回鮎川哲也賞を満場一致で受賞し、本屋大賞2025にもノミネートされた「医療×本格ミステリ」だ。現役医師が描き出したこの物語は衝撃の連続。予想もつかない方向へと進んでいく物語に、読めば読むほどズルズル引き込まれてしまう。
物語は、ある当直の夜、救急医・武田のもとに一体の溺死体が搬送されてきたことに始まる。その顔を見た研修医は思わず悲鳴を上げた。その身元不明の遺体「キュウキュウ十二」は、武田と瓜二つだったのだ。武田は一人っ子で兄弟などいないはずなのに、この男は何者なのだろうか。
さすがは現役医師が描いた物語。推理ものでありがちなのは、遺体を目の当たりにした探偵が「呼ぶのは救急車ではなくて、警察です」だなんて、あっけなく命を諦める場面だが、この物語は違う。心肺停止した人間を目の前にすれば、武田は救急医としてそれを全力で助けようとする。その現場の緊迫感たるや。飛び交う専門用語、どうにか命をつなぎ止めようとする医師の懸命な姿に思わず息を呑む。
そんな現場で出会った患者が、まるで自分と同じ顔だったとしたら、しかも、事件か事故なのかも分からない溺死体だったとしたら、それを不気味に思わない方がおかしいだろう。その不可解な出来事の謎を武田とともに追うのが、城崎。武田の中学時代からの旧友で、同僚医師でもあるこの男が、この物語の探偵役だ。類稀なる美貌を持ち、頭脳も明晰。そして、彼の一番の特徴ともいえるのが、感情の波がほとんどないことだ。決して感情がない訳ではないが、感情の揺らぎがあったとしてもそれは一瞬で、彼の心はすぐに凪いでしまう。感情に振り回されない城崎のずば抜けた推理力に、武田は「城崎は探偵よりも犯罪者に向いているのでは」と恐ろしささえ感じる。だけれども、どうしてだろう。感情の波のない城崎は冷たいようで、どこか温かい。論理的かつ緻密に事実を積み上げて謎を解いていくさまは圧巻。城崎はこの謎をどう解き明かすのか。真実を知った時、武田はそれをどう受け止めるのだろうか。
武田は城崎の推理によって事件の鍵を握る人物を見つけるが、その人物は、密室内で死体となって発見されるし、そのほかにも事件は続く。思っていたものとはまるで違う方向に進む物語に鼓動は高鳴り、手に汗がじんわりと滲んだ。そして、この物語の結末は想像をはるかに超えていた。
読み終えた後、本の書影の「禁忌の子」という文字を、「We were born」という文字を、思わずそっと指でなぞったのは、きっと私だけではないはずだ。私たちは生まれるのではない、「生まれさせられてくる」のだ。子どもを持ちたいと思う親と、生まれてくる子どもたち。親は子どものために何ができるだろうか。子どもたちは何を思うのか。この本は、自分の子を持つ親たちにだけではなく、誰かの子どもとして生まれてきた全ての人たちの胸に深く突き刺さる。むしろ、深く突き刺さりすぎて苦しいくらいだ。
「禁忌の子」とは誰なのか、武田を待ち受ける驚愕の事実とは。「パンドラの箱」を開けてしまったような、「禁忌」に触れてしまったような、この凄まじい読書体験を、あなたにも味わってほしい。
文=アサトーミナミ