楳図かずおが生前「早く出してほしい!」と願ったという最初で最後の貴重な自伝。名作『おろち』『漂流教室』などの誕生秘話も。「ホラーの神様」が人生を振り返る1冊【書評】
PR 公開日:2025/3/31

数々の傑作で、我々を恐怖の沼に引きずり込み、感動を巻き起こしてきた漫画家・楳図かずおさん。彼の漫画で本物の「怖い」という感情を知った人も多いはずだ。その人物像でも愛された楳図かずおという人間は、いかにして楳図かずおになったのか。そして、読者が生涯、忘れられない名作はなぜ生まれたのか。その謎を彼自身の言葉でひもとく貴重な1冊が、『わたしは楳図かずお マンガから芸術へ』(楳図かずお:著、石田汗太:聞き手/中央公論新社)だ。

(c)楳図かずお
2023年に読売新聞で連載された「時代の証言者/楳図かずお 『怖い!』は生きる力」を再構成し、大幅に加筆した、「最初で最後の本格的自伝」と銘打たれた本書。楳図かずおさん本人が、生い立ちから近年の活動までを語るほか、聞き手である読売新聞の記者・石田汗太さんが、著者の故郷へ赴くなどの裏付け取材を実施。各年代の名作のあらすじや、著者の漫画家・芸術家としての来歴における位置付け、またデビュー前の同人誌のカラー図版やマンガの名場面も盛り込まれ、楳図かずおさんの功績を体感できる内容だ。
本書は、「恐怖マンガの時代」と「心理サスペンスの時代」「人類滅亡SFの時代」の3つのパートで構成される。その話題は、幼少期の思い出や、彼のホラーの名作に登場するモチーフ「へび」のルーツである池や家族のこと、各年代の作品が生まれた経緯、そして2022年開始の展覧会で発表された『わたしは真悟』の続編となる位置付けの連作絵画『ZOKU-SHINGO』への思いまで、多岐にわたっている。

(c)楳図かずお
子ども時代に出会った奇妙な物語を振り返るエピソードからは、誰よりも「恐怖」という感情の魅力を知り、その楽しさを読者に教えてくれた著者の表現活動の原点に触れることができる。デビュー作となった『森の兄妹』の内容や、続くSF漫画『別世界』の画期性にも胸が躍る。少女漫画誌上での恐怖漫画家としての活躍や、大人も震え上がらせた心理サスペンス漫画の魅力、破滅へ向かう人類を見つめるSF作品の衝撃など、こうして振り返ると、改めて漫画家・楳図かずおが世界に遺したものの凄さを感じる。

(c)楳図かずお
本書のもうひとつの魅力は、なんといっても楳図さんのチャーミングな語り口だ。過去の出来事や自身の作品について、素直に、そしてユーモラスに振り返っている。徹底して面白い作品作りにこだわる中でも、漫画に、両親への思いなど、人間・楳図かずおとしての生々しい感情が滲み出ていることもわかって面白い。人間・楳図かずおの人生に迫る壮大なクロニクルでありながら、身近な家族との思い出を振り返っているような、不思議な手触りを持つ自伝だ。連載の裏話や、作品をめぐる編集者とのやりとりも新鮮で、「あの名作はこう生まれたのか!」という驚きもある。

(c)楳図かずお
2022年から全国を巡回した『楳図かずお大美術展』で発表された101点の新作絵画は、未来永劫、誰も発せられないようなパワーに満ちていただけに、2024年の逝去が残念でならない。楳図さんのマネージャー「ユウちゃん」(上野勇介さん)の公式Xによると、本書には、楳図さんの亡くなる直前までの言葉が収録されているそうだ。ご本人は生前、本書を「早く出してほしい!」と言っていたという。そんな著者自身の思いがこもった本書は、すべての漫画とホラーを愛する人必読の1冊だ。
文=川辺美希