【2025年本屋大賞ノミネート作レビュー】銀座の歩行者天国に「人魚」を探す「王子」が出没! SNSのトレンドに…。青山美智子『人魚が逃げた』

文芸・カルチャー

更新日:2025/4/4

人魚が逃げた青山美智子/PHP研究所

 青山美智子さんの小説は、人生に脇役など存在しないのだと思い出させてくれる。もちろん自分の人生の主役は自分だけど、すれ違う見知らぬ人を含めて誰もが顔を持った個人であり、自分とは異なる意志と感情を持って生きていることを忘れちゃいけないんだなということに、はっとさせられる。

 本屋大賞にノミネートされた本作『人魚が逃げた』(PHP研究所)をはじめ、語り手を変えた連作短編集の形式で物語が紡がれることが多いのも、青山さんの「一人ひとり」に対するまなざしが強いからだろう。だから私たちは読みながら、はっとさせられながらも安心する。ちっぽけで、なんにも持たないように思える自分も、誰かの想いと繋がって生きている限り、決して置いてきぼりにされることなどないのだと、信じることができるから。

 銀座の歩行者天国で、バラエティ番組のロケでインタビューされた男。ヨーロッパ貴族のような衣装を身にまとい、頭には王冠をのっけている。まごうことなき「王子」はカメラに向かって「僕の人魚が逃げてしまった」と悲しげに言う。見つけ出すタイムリミットは5時まで、とも。王子の存在は瞬く間にSNSを駆け巡り、「#人魚が逃げた」がトレンド入り。いったい彼は何者で、人魚とは誰のことなのか。謎にわきたつ銀座で、偶然王子と同じ場所に居合わせた5人が本作の語り手である。

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 12歳年上の恋人にコンプレックスをこじらせ、やけっぱちになっている元俳優の友治。20歳のひとり娘が海外に旅立つ前日、自分の人生にわびしさを感じる伊都子。絵の蒐集に夢中になるあまり一線を越えて妻に離婚されてしまった昇。自身の作品がノミネートされた文学賞の選考発表を待ちわびながら、妻との関係をふりかえる伸次郎。そして、友治の恋人である理世。

 誰もが知るアンデルセン童話『人魚姫』の解釈が、心にひっかかりを残す部分が、人それぞれ違うように、同じ銀座でも、同じ王子でも、彼らの見る景色はまるで別物だ。友治と理世だけでなく、夫婦であっても、親子であっても、同じ景色を見ているつもりで、違う角度からとらえていることに気づかないから、すれ違い、ときに傷つけあってしまう。だけど同時に、違うからこそ救われる、ということもある。「そんな見方もあるのか」と、単調な毎日や鬱屈した気持ちを切り開く、気づきを得ることができるのだ。

 彼らにそのきっかけをくれるのが「王子」だ。物語のラストで「そういうことだったのか!」と納得しかけた次の瞬間「そういうことだったの!?」と驚かされる。その二重の仕掛けは読んでお楽しみいただきたいが、読んでいてしみじみと感じるのは、大切な誰かにせよたまたま居合わせた通りすがりの人にせよ、私たちには他人との出会いが必要だということである。自分一人で思い込んで突っ走っているだけでは、何も変わらない。誰かと出会い、景色の異なる見方を知って、そして明日を紡いでいくのだと。

 ちなみに本作の表紙を含め、青山作品で数々の装画を手掛けてきた田中達也さんも作中には登場する。青山さんの遊び心とサービス精神もぜひご堪能あれ。

文=立花もも

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