【朝ドラ「あんぱん」関連本】「アンパンマン」だけじゃない! 愛弟子が語る、多くの才能を育てた、やなせたかしの愛と献身の日々【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/28

愛の人 やなせたかし小手鞠るい/講談社文庫

「子育て中に助けられた人ランキング」を作るとすれば、その上位には、間違いなく「アンパンマン」とその生みの親・やなせたかしさんがランクインする。少なくとも私はそうだし、きっと世の中の多くの親たちにとってそうではないだろうか。今期の朝の連続テレビ小説「あんぱん」は、そんなやなせたかしさんとその妻・暢さんをモデルとした物語らしいが、一体どんな内容なのだろう。「アンパンマン」には慣れ親しんでいるが、よくよく考えてみれば、やなせさんについてはほとんど何も知らない。

 そこで手に取った『愛の人 やなせたかし』(小手鞠るい/講談社文庫)を読んで驚いた。その才能の豊かさと愛情深さに圧倒されてしまった。この本はやなせさんの愛弟子が、恩師との日々を綴った作品。やなせさんというと、「アンパンマン」のイメージばかりが強いが、彼が漫画家、絵本作家であると同時に、詩人だったことをご存じだろうか。かくいう私は、やなせさんが「アンパンマンマーチ」をはじめとするアンパンマン関連の歌や、童謡「手のひらを太陽に」の作詞を担当されていたことは何となく知っていたが、やなせさんが詩人だということは知らなかった。だが、この本を読んで一気にファンになってしまった。やなせさんの数々の名詩とともにその人生が綴られたこの本を読むと、胸にじんわり熱いものが込み上げてくる。

 本書によれば、やなせさんは、1973年、54歳の時にサンリオから『詩とメルヘン』という雑誌を創刊した。創刊号の初版の1万5000部は売り切れとなり、重版されて5刷まで到達。創刊号から第6号までは不定期の刊行だったが、7号目からは月刊誌となるほどの人気ぶりだったという。

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 この雑誌の一番の特徴は「全くの無名の人の詩」を載せるということ。ノーベル賞作家・タゴールの詩と、市井の人の詩を同列に掲載する雑誌は前代未聞だろう。この雑誌が生まれたのは、やなせさんの苦節の20年があったからに違いない。

 20代の終わりから30代のはじめにかけて、やなせさんは三越の宣伝部で働いていた。現在も使われている三越デパートの包装紙に印刷されている「Mitsukoshi」というロゴは先生の手書きの文字というからその才能に驚かされるが、三越で働いている間も、やなせさんはずっと漫画家になるという夢を諦めず、投稿生活を続けていた。そんなやなせさんが編集長を務める雑誌は多くの若い才能たちを惹きつけた。そのひとりが、この本の著者・小手鞠るいさんだ。やなせさんにあこがれ、「一歩でもいいから近づきたい」と言葉を紡ぎ続けた日々は何とも情熱的。投稿を続けていたある日、サンリオからかかってきた電話。「アンパンマン」がブームになるよりもずっと前に対面したやなせさんの姿。褒められるたびに感じる「いい子いい子」と頭をなでられたような喜び。師匠を追いかける弟子とその弟子を心配する師匠、そのやりとりにはグッとくる。

 小手鞠さんは言う。「先生は、笑顔で人にパンを分け与えながら、胸の奥に、まるで海のような悲しみを抱きつづけた詩人だった」と。確かにやなせさんの詩は、いつだってどこか悲しい。「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」。「アンパンマンのマーチ」でも綴られたこのフレーズは、まさにやなせさんの思想の根幹。その思いは、やなせさんが5歳の時に父親が急逝し、すぐに母親の再婚にともなって、弟とともに伯父の家に引き取られたことから生まれたものかもしれないし、戦争でその弟をも喪ったことも影響しているのかもしれない。けれども、どんなに切ない詩でも、やなせさんは最後の一行で、私たちを微笑ませ、ほっとさせる。そして、悲しみが分かる人だからこそ、人の痛みを敏感に察知する。弟子のことはなんでもお見通し。弟子が辛い時、上手くいかない時、その時々に必要な言葉をくれるやなせさんは厳しくも温かい。

 こんな先生が私のそばにもいてくれたらいいのに……。この本を読みながら、そう思わずにはいられなかった。アンパンマンは困っている人たちのために、自らを差し出す。そんな愛と献身のヒーローは、やなせたかしさんだからこそ生み出されたのだ。それを朝ドラではどう描くのか。朝ドラを見るなら必読。愛弟子である著者だからこそ描けたやなせさんの優しさ、悲しみを知るにつれて、これからのドラマがますます楽しみになる1冊。

文=アサトーミナミ

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