【2025年本屋大賞発表会レポート】「あっという間にやられました」「読み終わるのが惜しくなる」阿部暁子『カフネ』が書店員の支持を受けて大賞に

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/12

 東京・明治記念館で4月9日、「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 2025年本屋大賞」の発表会が開催され、阿部暁子さんの『カフネ』(講談社)が大賞に選ばれた。同賞は新刊書店に勤務するすべての書店員が投票資格を有し、その投票結果のみで大賞が決定する文学賞。「翻訳小説部門」「発掘部門」の受賞作も発表された会場は、全国から駆けつけた書店員、作家、出版関係者が集い、笑顔と熱気にあふれた。

【大賞】生きることの根幹が詰まった物語——阿部暁子さんの『カフネ』

 阿部暁子さんの『カフネ』は、「食」をテーマに、人間の生きる力を描いた物語だ。主人公の野宮薫子は、唯一の理解者だった弟の死後、弟の遺言書をきっかけに弟の元恋人・小野寺せつなに出会う。やがて彼女が勤める家事代行サービス会社「カフネ」の活動を手伝うことになった薫子は、食事を通じてせつなと心を通わせていく。生きることにめげそうになる人々を救う食事。人が人を思うということの希望。この本は、読む人の心にそっと寄り添うかのように温かい。

 本書に対して書店員からはたくさんの推薦コメントが寄せられた。

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「物語に壮大なテーマや手に汗握る展開などはない。ただ『生きること』の根幹が詰まっている。登場人物たちの言葉の数々には力があり、作品を通してじんわりと読み手の心を満たし、背中を押してくれる」

「食に対する意識が低いという自覚がある私、傷ついて生きる気力をなくしたひとが美味しい料理に救われる、なんて話はちょっともうお腹いっぱいなんだよなーとやさぐれた気持ちで読み始めたのですが、あっという間にやられてしまいました」

「まさに救いの物語だった。生きるのが苦しかったり、人とかかわることを面倒に思うくせに一人でいることをさみしいと感じたり、自分のふがいなさに落ち込んだ時、この本を手にしたいと思った」

「完全に理解し合うことはできなくても、わかろうとすることはできる。人と食とを通じて、また新しい繋がりが生まれて助け合っていく。温かい気持ちになれる、読み終わるのが惜しくなる一冊でした」

(『本屋大賞2025(本の雑誌増刊)』から一部抜粋)

 黒のワンピース姿で登壇した阿部さんは、本当は受賞作に登場する小野寺せつなのように、つなぎの服を着てゴツいブーツを履いて、髪をお団子にして来ようと思っていたものの、担当編集や家族に止められたと話し、会場は笑いに包まれた。

 続けて語られたのは、阿部さんと本屋大賞の出会いだ。2004年の春、大学に入学したばかりだった阿部さんは、生協の小さな書籍のコーナーで、小川洋子さん作の『博士の愛した数式』(新潮社)を買ったのだという。当時は奨学金と親からの仕送りで生活していたため、単行本を買うのは一大決心。だが、「第1回本屋大賞」「この本は全国書店員が選んだ一番読んでほしい本です」という言葉に惹かれて手に取り、それから時間を忘れて読み、明け方、ぼろぼろ泣きながら本を閉じた。

「当時は本当に一握りの書店員さんがその物語を届けるために、手作りで一つひとつ風船を膨らませてそれを空に放すように、物語を送り出していました。その風船を一ついただいた私は、すごく心を打たれて、こんな物語を死ぬまでに書けるようになりたいと強く思いました。あれから長い時間が経って、今ここに自分が立たせていただいていることを、本当に光栄に思います」。

 本屋大賞は、書店員一人ひとりの熱意が込められた賞だ。阿部さんは本を愛する人たちが集う会場の熱気に圧倒されたようで、「このホールの景色をみてびっくりしたんですが、ホールいっぱいにいらっしゃる方だけではなく、全国の書店さんも、この本屋大賞を楽しみにしている読者さんも、それだけ本を愛する人たちがいるっていうことは、私たち書き手にとって救いです。これだけたくさんの人が応援してくれることは希望です」と語る。そして、「素敵な場所に立たせていただいてありがとうございました。いただいた大きな贈り物に報いられるように、いい物語を書ける小説家になっていきたいと思います」と意気込みを述べた。

 昨年『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)で本屋大賞を受賞し、今年その続編『成瀬は信じた道をいく』が同賞にノミネートされた宮島未奈さんがゲストプレゼンターとして登壇し、阿部さんに花束を贈呈。本屋大賞は一読者としても楽しみにしているとのことで、今年のノミネート作品も全て読み、『カフネ』は単行本に封入されているレシピ冊子を参考に、物語に登場する「豆乳煮麺」も実際に作ったのだという。『成瀬〜』にちなんだ「びわ湖大津観光大使」のたすきをかけた宮島さんは、「昨年本屋大賞を受賞して、嬉しく楽しい出来事があった一方、お世話になった書店さんが閉店するなど悲しい出来事もありました。このたすきを作ってくださった書店さんも昨年閉店してしまい、本屋大賞作家として何ができるか考えた一年でした。ぜひ『カフネ』を始め、今年のノミネート作品もお読みいただきたいですし、その際はお近くの書店でお求めいただきたいです」と語った。

■2025年ノミネート作品 最終順位
1位 『カフネ』(阿部暁子/講談社)
2位 『アルプス席の母』(早見和真/小学館)
3位 『小説』(野崎まど/講談社)
4位 『禁忌の子』(山口未桜/東京創元社)
5位 『人魚が逃げた』(青山美智子/PHP研究所)
6位 『spring』(恩田陸/筑摩書房)
7位 『恋とか愛とかやさしさなら』(一穂ミチ/小学館)
8位 『生殖記』(朝井リョウ/小学館)
9位 『死んだ山田と教室』(金子玲介/講談社)
10位 『成瀬は信じた道をいく』(宮島未奈/新潮社)

【翻訳小説部門】『フォース・ウィング』——灼けるような恋と死…アメリカの「ロマンタジー」ブームの火付け役

 また、今年1年に日本で翻訳された小説(新訳も含む)の中から「これぞ!」という本を選出する「翻訳小説部門」の第1位には、『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』(レベッカ・ヤロス:著、原島文世:訳/早川書房)が選ばれた。

 本書は、本が大好きな20歳の女性・ヴァイオレットが、思いがけず竜に乗って戦う竜騎士という道を目指すことになる物語。ヴァイオレットは死と隣り合わせの過酷な訓練に励みながら、仲間との友情を育み、ままならぬ恋に悩む。原作は2023年に刊行され、英語圏のTikTokの読書コミュニティで話題になり、アメリカに「ロマンス」と「ファンタジー」というジャンルを組み合わせた「ロマンタジー」ブームを巻き起こし続けている。

 訳者の原島文世さんはこの作品の魅力を「とにかくドキドキハラハラさせられて、物語を読む楽しさというものを存分に味わえる」ことだと語る。今月にはシリーズ第2巻『フォース・ウィング2―鉄炎の竜たち―』(早川書房)も刊行予定。1巻目を読んで続きが気になっていた人も未読の人もこの機会に手にとってみるといいだろう。

【「超発掘本」】『ないもの、あります』——ユーモアたっぷり!「心揺さぶられるよりもくすぐられたい人」へ

 さらに本屋大賞には、「発掘部門」という部門がある。これは、ジャンルを問わず、時代を超えて残る本や、今読み返しても面白いと思う本を書店員がひとり1冊選び、その中から、「これは!」と共感した1冊を実行委員会が「超発掘本!」として選出するものだ。選考の結果、クラフト・エヴィング商會の『ないもの、あります!』(ちくま文庫)が2025年発掘部門「超発掘本!」に選ばれた。

『ないもの、あります』は、「転ばぬ先の杖」や「堪忍袋の緒」、「相槌」など、よく耳にするけれど一度として見たことのないものたちを、クラフト・エヴィング商會が古今東西から取り寄せ、おもしろおかしく紹介するという短編集だ。

 この本を推薦した、三省堂書店 東京ソラマチ店・安田美重さんは、「いつページをめくっても、どこから読んでも、いつも私の心をくすぐってくれる大好きな本です。心揺さぶられるよりもくすぐられたいと思っている多くの皆さんに届くように願っています」と語る。

 また、クラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さんは、単行本が刊行されたのが2001年であることに触れ、「単行本を出したのは四半世紀近く前。こういう本が今も書店に並んでいるということはひとえに書店員の皆さんのおかげ」と感謝を述べた。そして、「最近、イニシャルがAIというとんでもない新人が現れて、すごくいろんなことを知っていて手強いのですが、どうも奴は『心』というものをもっていないんですね。かくいう自分も、『心』というのは見たことないですが、それが自分の中にきっとあるだろうということは、子どもの頃からずっと知っています。これこそが究極の『ないもの、あります』じゃないかと思うんです。ぜひともこの『心』というものを大いに活用して、これからもまた新しい本を作り続けていきたいと思います」とユーモアたっぷりに語った。

 今年で22回目を迎えた本屋大賞。今年の受賞作も名作揃いだ。全国の書店員が「この本を読んでほしい!」と自信をもってお薦めしている本なのだから、それらは面白くて当然。書店に足を運んで、気になる作品を手に取ってみてほしい。

取材・文=アサトーミナミ 撮影=川口宗道

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