瀬尾まいこ最新作『ありか』。作中に登場しない「椅子」が目を引く表紙。人気ブックデザイナー名久井直子が明かす、装画誕生秘話【瀬尾まいこ×名久井直子対談】
公開日:2025/6/10

シングルマザーとして、一人娘のひかりを育てる美空。離婚した元夫の弟で、同性が好きな颯斗は、遠慮する美空を説き伏せ、ふたりの世話を焼こうとする。ある日、美空は職場で倒れてしまい、駆け付けた颯斗に、自身の母との複雑な関係を打ち明けて…。
『そして、バトンは渡された』(文藝春秋)、『夜明けのすべて』(水鈴社)の瀬尾まいこさんが、母と娘、そして義弟や周囲の人々とのかけがえのない関係を優しく描く『ありか』(瀬尾まいこ:著、名久井直子:装丁、荒井良二:装画/水鈴社)。本書の発売を記念し、瀬尾さんと装丁を担当したブックデザイナーの名久井直子さんとの対談をお届けします!
――瀬尾さんの最新作『ありか』の装丁は、絵本作家・荒井良二さんの美しい彩色で描かれた庭のような情景と、中央に置かれた椅子の絵が印象的です。

名久井直子さん(以下、名久井) 物語に、具体的な椅子が登場するわけではないのですが、最初に『ありか』を読んだときに、心地のいい居場所、というイメージが湧いたんです。それで、まず書店員さんなどにお配りするプルーフをつくらせていただく際、椅子のイラストをひとつ、表紙に置かせてもらって。書籍にも、それを踏襲しました。

瀬尾まいこさん(以下、瀬尾) まず、そのプルーフが素敵で、びっくりしたんですよね。シックな赤い表紙が、書店員さんたちの目も惹いたようで、少なくない方から「名久井さんの装丁ですか?」って聞かれました。シンプルな造形でも、わかる人にはわかるんだ! と驚きましたね。あと、名久井さんのおっしゃるとおり、椅子が置かれていることで「ここにいてもいいんだよ」と読む人の「ありか」を示してくれているようで、嬉しかった。茶色い椅子の隣に白い小さな椅子が置かれていて、子どもの居場所も用意されていることも。
名久井 荒井さんの作品特有のあたたかみだけでなく、スカッと抜けたような明るさがあるんだけれど、どこかさびしげな雰囲気もあり、一枚の絵にこんなにもたくさんの色と感情を表現することができるのだなあ、と。これまで何度も、荒井さんと絵本の仕事をさせていただいてきたなかで、瀬尾さんの作品と雰囲気が合うだろうとは思っていましたが、想像以上の仕上がりに、圧倒されました。
瀬尾 表4(裏表紙)の絵も、素敵ですよね。
名久井 そうなんですよ。そして、表4にもちゃんと椅子は描かれている。私がはじめて『ありか』を読んだとき、この小説のなかに自分が存在していたい、って思ったんですよね。主人公の美空と娘のひかりちゃんの関係に、優しくあたたかい気持ちに包まれながら、自分もこんな親子であれたらよかったな、みたいにちょっと切なくなったり。読んだ人が思い描く理想の居場所、その心象風景みたいなものを、荒井さんは描いてくれたのだと思います。
――そのイメージは、荒井さんにお伝えしていたんですか。
名久井 いえ、椅子のイメージ以外は、何も。でもよく見てみると、カーテンの位置は不自然だし、草原のような風景が内・外関係なく、こぼれだしてしまっていて、描かれているのが現実でないことはわかりますよね。『ありか』という作品の芯を、よくとらえてくださっているなと、改めて荒井さんのすごさを感じました。