大沢在昌、60歳にしてたどりついた「男女の真実」とは?20億円の車と過去の女を捜し出すハードボイルド小説『晩秋行』が文庫化!【インタビュー】
公開日:2025/6/11
日本中が狂騒に沸いたバブル時代を描く

──作中では、30年前のバブル期についても語られます。当時の狂騒も、興味深く拝読しました。
大沢:僕にとって、バブル時代はついこの間のように感じられるけれど、よく考えたらバブル期を生きてきた人たちももう定年。この時代を書くことで、関心を持ってくれる人もいるのかなと思いました。
──円堂はバブル時代を振り返り、「夢を見ていたようだ」と語ります。大沢さんにとって、バブル期とはどんな時代だったのでしょうか。
大沢:面白い時代だなと思っていました。当時は土地が異常に値上がりしたでしょう。だから、こんな話を聞いたことがあります。高校時代から優秀で、名門大学に入り銀行に就職した人がいたそうです。普通に考えれば、勝ち組ですよね。
でも、高校を中退して、暴走族の先輩に誘われて不動産屋に入った人が、銀行員よりはるかに稼げたのがあの時代。元暴走族の同級生から「この間、俺、1億円のマンション買ったんだよ」なんて言われて、銀行員が「俺はローンを組んでも、山手線の内側に家なんて買えないのに」と悔しがった、なんて。そういう価値観の逆転がバブルの頃にはあったので、これはこれで面白いなと思いました。
僕自身は、バブル時代は鳴かず飛ばず。『新宿鮫』でブレイクしたのが1990年だから、口の悪い船戸与一に「平成の逆バブル」なんて言われましたよ。「みんなはお金がない時期に、お前だけ儲かってる」って(笑)。
──過去のインタビューで、「六本木聖者伝説」シリーズはバブル時代の六本木を嫌悪して書いたとお話しされていました。てっきりバブルに対して嫌悪感を抱いていたのかと思いました。
大沢:あの小説は、バブル時代の六本木が気に入らなくて「潰れちまえ」と思って書きました。豊かさや豪華さを求めること自体は、けして悪いことではないと思う。ただ、ひと皮めくればカネカネカネの時代だから。やっぱりいやらしいし、いい時代ではなかったね。
まぁ、みんなどうかしていたんでしょうね。僕の周りにも、バブルの頃は外車を乗り回していたけれど、バブルが弾けた瞬間に落ちぶれて、一家離散になった人が何人もいましたから。
──作中に登場する二見も、何十億円という負債を抱えて飛んでしまった人物です。
大沢:そういう人はたくさんいましたし、同情に値しないという雰囲気でした。僕はバブルが弾けてから売れるようになったから、「カネを貸してくれ」と泣きつかれたことも何度もあります。貸したはいいけれど、結局会社は潰れ、奥さんとは別れ、行方不明になってしまった人も。風の便りで孤独死したらしい、とかね。そういう話はたくさんありました。
ただ、恨んでも仕方がないし、そういう時代だったんですよね。あの頃の価値観のいびつさは、バブル時代を知らない人には理解できないと思う。当時はまだ身内以外にも保険金をかけられたから、借金を背負った人をフィリピンに連れて行って殺すなんてこともありましたから。
──聞けば聞くほど、凄まじい時代ですね。
大沢:そりゃ、ひと晩で億という金が転がり込んでくるわけですから。夕方に売りに出したものが、銀座で飲んでいる間に億の値段がついた、なんてこともあります。それで「シャンパン持ってこい」と言って、アイスペールにドンペリを入れて回し飲みするような時代ですよ。この小説にも書いたけれど、ホステスが家に帰って着物を脱ぐと万札がポタポタ落ちてきたって話です。
ただ、そういう金がどこへ行ったのかというと、綺麗さっぱり残っていません。明日も明後日もずっとこの状態が続くと思っているから、みんな宵越しの金を持たずに使ってしまうわけです。うまく逃げきった連中も1%くらいはいるはずだけど、そういう人間は口を拭って認めません。「俺も大変だったんだよ」なんて言って、こっそり生きてるんでしょうね。いや、不思議な時代でしたよ。
──二見は20億円もするクラシックカーとともに逃げたものの、処分すれば足がつくため、売ることもできません。カリフォルニア・スパイダーというこの車を、どのような存在として描きましたか?
大沢:バブルの象徴ですよね。とはいえ、別にこの車をテーマにしたわけではなくて。クラシックカーに乗っていなくなった話にしようと思い、何がいいかと担当編集に相談したところ、世界で数百台しか作られなかったカリフォルニア・スパイダーという名車があると知ったんです。
最近も古い車体がヨーロッパで見つかり、オークションで20億円の値がついたと知り、「これだな」と。ただ、実はその後、日本国内でも死蔵されていたカリフォルニア・スパイダーが見つかったらしいんです。まったくの偶然だったので、驚きました。
──カリフォルニア・スパイダーが、過去の亡霊のように円堂の前に現れるのも面白いですね。
大沢:そう。まさに亡霊のように現れては消え、現れては消える。そういうものは、小説の材料としては楽しいと思うんですよ。それから、情けない男の未練。これも小説の材料としてぴったりです。未練心とクラシックカーをセットにしたのが、この小説なんです。