大沢在昌、60歳にしてたどりついた「男女の真実」とは?20億円の車と過去の女を捜し出すハードボイルド小説『晩秋行』が文庫化!【インタビュー】
公開日:2025/6/11
趣味を生かした居酒屋料理の描写

──主人公の円堂は、居酒屋の店主です。この設定も、大沢作品には珍しいのではないかと思いました。
大沢:手に職のない男に何ができるかと考えたら、やっぱり飲食業だろうな、と。かと言って、スナックのオヤジみたいにごまをすることもできません。そうなれば、料理人しかないだろうと思いました。
──大沢さんも、料理がお好きだそうですね。それもあって、円堂が作る料理はどれもおいしそうですね。大根の皮に塩して柚子とあえたものなんて、なんてことのない家庭料理なのに食べてみたくなりました。
大沢:作中に登場する料理は、ほとんど僕が作るメニューです。別荘では、いつも20人分の料理を作っていますから。中華も作ればイタリアンも和食も作る。魚もおろすし、ぬか漬けも自分でつけます。やっぱり好きなんです。みんなまずいとは言えないから、出したものは泣きながら「おいしい」と言って食べてますよ(笑)。
──料理を作るようになったのは、何がきっかけだったのでしょう。
大沢:うちはひとりっ子なのに、夜食も自分で作るような方針でした。食事の時も、僕が「おかわり」とおふくろに茶碗をつき出すと、オヤジが「この家にお前の女中はいない」と言う。だから、自分でご飯をよそって、食べ終わったら食器は自分で流しに持っていく。夜中に腹が減ったら、自分でおにぎりを握って、ぬかみそをかき混ぜて古漬けを出したりしてね。それが原点でしょうね。大学に入って上京してからは、好きで作るようになりました。料理ができると、圧倒的に女子にモテるんですよ。
──料理を作ることと小説を書くことは、どちらもクリエイティブな行為です。どこか似ているところもあるのでしょうか。
大沢:本職の料理人に対して失礼だから、同じ土俵では語れないな。それに、料理を作ってる時は、基本的には料理のことしか考えないんです。釣りもゴルフもゲームもそうだけど、小説から離れさせてくれて、没頭できる遊びが好き。映画なんかは、観ていると「自分だったらこうするのに」と考えてしまうけど、料理やゴルフはそれだけに集中できる。そこがいいんです。
ただ、近いのはどちらも人を喜ばせられることですね。料理は、おいしく作れば食べてくれた人を喜ばせられる。小説も、面白ければ読んでくれた人を喜ばせられる。しかも、小説は反応をもらうまでに時間がかかるけれど、料理は食べてもらった瞬間にわかるでしょう。1時間かけて作ったものを、ほんの10分でワーッと平らげてもらえる。それを見ると、作ってよかったなという気持ちになりますね。
常に目の前だけを見て、ベストを尽くしてきた四十数年

──『晩秋行』は、これまでにない作風でした。大沢さんが、これからチャレンジしたいテーマは?
大沢:先々のテーマなんて考えていませんよ(笑)。ありがたいことに、仕事の注文は数年先まであるから、そこに応えてはいきたいのですが。長い階段を上る時に、階段の先のほうまで見るとうんざりするでしょう?
だから、目の前だけを見て一歩一歩上っていきたい。30年ぐらい前から同じことを言い続けていますが、今のベストを尽くすだけ。そうやって一生階段を上り続けていければ、それで幸せじゃないですか。それはそれで、夏休みの宿題がずっと終わらないような気分ではあるけれど(笑)。
──新作は『晩秋行』ですが、大沢さんの夏は終わらないわけですね。
大沢:そう。僕に、8月31日はやってきません(笑)。先のことは考えないし、来月始まる連載だってまだタイトルすら決まっていません。いつも直前になって、机の前に座って考え始める。締切が来たら書いて、すべての締切が過ぎたら本ができている。その繰り返しで、四十数年かけて100冊以上書いてきました。
いつかは書けなくなるかもしれないけれど、今のところまだ書き続けていられるから、考えたってしょうがない。今がよければそれでいいんです。刹那的でしょう? 書いて稼いで遊べりゃいい。それが本音です。
取材・文=野本由起、撮影=中 惠美子