“ぼっち”の自分を変えた、ひと夏の奇跡。ラジオがつなぐ青春恋愛小説『ぼっちな君が泣いた理由』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/7/9

ぼっちな君が泣いた理由
ぼっちな君が泣いた理由菊川あすか/双葉社

ぼっちな君が泣いた理由』(菊川あすか/双葉社)は、教室でひとりぼっちの高校生男子・瀬山流星と、彼に特別な想いを抱くクラスメイト・月島美月を中心に描かれた青春恋愛小説だ。同小説は2025年春、双葉社より創刊された10代向けライト文芸の新レーベル「双葉文庫パステルNOVEL」の一冊である。甘酸っぱい恋愛を楽しむだけでなく、高校生の等身大の成長物語を追体験できるのも魅力だ。

 高校2年生の瀬山流星は、教室の誰とも仲良くなれず、“ぼっち”で日々を過ごしている。本当は青春を謳歌したいと願いながら、過去に縛られて思うように動けない。そんな流星に声をかけたのは、クラスでひときわ輝きを放つ美少女・月島美月。まるでシナリオのような上手い展開に、流星は「何か裏があるのでは」と身構えてしまう。素直になれない流星と、ひたむきな美月の物語が始まる。

 海沿いの田舎町に建つ高校、季節は夏。青春を謳歌するのにぴったりな環境に、まっすぐ自分に向き合ってくれる人が現れる。すべてが王道だからこそ、読者は自分の青春を重ねやすいのだと思う。「双葉文庫パステルNOVEL」は10代向けのレーベルだが、30代の私が読んでも本書を楽しめた。きっと何歳になっても、青春時代は人生にとっての宝物で、立ち戻りたくなるものなのだろう。

 主人公・流星の葛藤には、おそらく多くの読者が共感するのではないだろうか。周りに“ぼっち”だと思われたくない。できるだけ注目されたくない。自らの存在感を消しながら、教室の一等地で明るい笑い声を上げるクラスメイトを見つめている。一度でもこじらせた人であれば、本書で綴られる“あの頃”の焦燥感や絶望感の解像度の高さに驚くはずだ。

 美月との出会いをきっかけに、暗闇から光を目指す流星の物語。こう書くと受動的な印象があるかもしれないが、彼が明るいほうへ踏み出せたのは、決して美月だけが理由ではない。過去と向き合い、変わろうとする主人公の意思が丁寧に描かれることで、成長物語としての厚みも増している。これだけ重度にこじらせた主人公でも、立ち直れる。そう思わせてくれる展開は、今まさにこじらせている渦中の読者にとっての希望になるだろう。

 また、物語の重要な鍵を握る要素がラジオ番組であることも特筆しておきたい。夜のラジオ番組は、心を閉ざした人にも届く親密さがある。想いを直接伝えられない主人公とヒロインが、届くかわからない間接的なメッセージを綴る。その展開は、実にエモーショナルでロマンティックだった。美月が流星を気にかける理由や、ラジオを通じてメッセージを送ろうとする理由。少しずつ明かされていくその背景が、物語に優しい奥行きを与えている。

 今のあなたでも、昔のあなたでも、自分を変えたい、あるいは変えたかったという後悔を抱いている人に、この一冊はきっと効く。物語を読みながら、あなたと同じように苦しみもがいている流星と肩を並べ、自分自身の青春とそっと向き合ってみてほしい。

文=宿木雪樹

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