「レンタル番犬」の存在が、“ワケあり”な主人公たちの心を溶かしていく。犬の魅力が溢れる5編を収録、大崎梢のハートフル短編集【書評】
PR 公開日:2025/8/20

ペットと暮らす人を描く物語や、動物の相棒が活躍する物語は数多く存在し、動物好きの読書家を楽しませてきた。このレビューを書いている筆者も、そうした物語に心を動かされてきたひとりだ。しかし『リクと暮らせば レンタル番犬物語』(大崎梢/双葉社)は、そんな私が初めて出会う「レンタル番犬」をめぐる物語。番犬をレンタルで飼うに至る特殊な事情を持つ人々と番犬の日々は、新鮮な驚きに満ちていた。
「スマイルペットサービス・マキタ」は、ドーベルマンやシェパードといった、訓練された賢い番犬を貸す「レンタル番犬」のサービスを手がけている。月額は10万円だが、番犬は利用者の家で彼らの身を守り、散歩や医療などの手のかかるケアはスタッフが行ってくれる。番犬のしつけや長期的な飼育が難しいが、防犯を気にかける人や犬と暮らしたい人が、レンタル番犬のサービスを利用する。
本書には、5つの短編が収録されている。表題作の「リクと暮らせば」は、夫に先立たれた84歳の女性・照子が主人公。3人の子どもたちは離れて暮らしており、照子は一軒家でひとり気ままに暮らしていたが、友人宅に不審者が現れたことを聞き、スマイルペットサービス・マキタのレンタル番犬に興味を持つ。照子は、トレーニング施設の見学やトライアルを経て、シェパード犬のリクヴェル、通称リクと暮らすことに。徐々に信頼関係を築いたふたりが暮らす家に、ある夜、不審な音がして――。
そのほか、さまざまな経緯で番犬と出会う主人公が登場する。
高齢の伯父が飼うレンタル番犬の世話をすることになった失業中の里志と、雌のシェパード・アンジェ。苦しい生活の中、娘を連れて引っ越したシェアハウスで雌のドーベルマンのナンシーと暮らすことになった女性・笙子。亡き夫がかわいがった雄のドーベルマン・ランスを中心に、視野が広がっていく75歳の芳子。将来を思い描けずに過ごす中、隣家の番犬になった雄のシェパード・マルグリットに出会う高校生・圭斗。主人公たちは皆、平気そうな顔をしながら、実は孤独を深め心を閉ざしたり、誰にも言えない悩みを抱えたりしている。
番犬たちは、信頼する人に時に甘えることはあるが、あくまで番犬として毅然とした態度で飼い主の周辺を警備する。番犬たちが大切な人を守ろうと奮闘するその姿に、彼女たちは心癒されていくのだ。そして、これまで頑なだった主人公たちが番犬と過ごす中で少しずつ心を開いていくさまに、きっと胸を打たれるだろう。
よく「ペットは家族と同じ」など、人間と動物を同一視したり、比較したりする言い方がなされるが、人と犬の絆は、人と人のそれとはまったく違うものだと本書を読んで改めて思う。大切な人を守り抜く強い意思や、仕事に対する喜びは、大型犬や番犬特有のものだろう。本書の文章から伝わってくる番犬たちの凛々しい姿にも心が震える。犬の魅力が溢れる本書は、大型犬と暮らした経験がなくても、動物からもらったものの大きさを知るすべての人が読むべき、共感と感動必至の1冊だ。
文=川辺美希