話題のブロガー、初の著書『群青のハイウェイをゆけ』を刊行。30代の今だからこそ書ける“旅”の話|きくち×pha
公開日:2025/9/17

旅行記ブログ「今夜はいやほい」で人気のきくちさんが、初の書籍『群青のハイウェイをゆけ』(hayaoki books)を刊行しました。本書に描かれるのは、派手な観光地や有名店のレポートではなく、一人で訪れた地の名もなき風景や、旅をともにした友人たちとの会話。そこに潜む煌めきを、飄々とした文章で掬い取ります。
推薦コメントを寄せたのは、同じく長年ブログを書き続け、『どこでもいいからどこかへ行きたい』(幻冬舎文庫)、『パーティーが終わって、中年が始まる』(幻冬舎)など著書も多数あるphaさんです。二人が感じる旅の魅力や、年齢を重ねるなかで変わる旅の在り方などについてうかがいました。

はてなブログから始まった「地味なのに魅力的」な旅の記録
――お二人とも長くブログを続けられています。ブログを書き始めたきっかけを教えてください。
phaさん(以下、pha):僕は2002年頃、20代前半のときにはてなブログ(当時ははてなダイアリー)で書き始めました。ブログのような新しいサービスが次々と出てきていた時期で、勢いに乗って、自分も書いてみようと思い始めました。
きくちさん(以下、きくち):僕も同じくはてなブログで、始めたのは2016年頃です。他のブログサービスよりも盛り上がっているように見えて、友達と遊んだ話などを記録しようかなくらいの気持ちで始めたんです。2010年代の前半にはphaさんは有名なブロガーだったので僕もよく読んでいました。大きく影響を受けていると思います。

pha:はてなブログはコミュニティ感が強くて、スターを付けたり、コメントし合ったり、ゆるやかに人がつながっているのが心地いいですよね。僕も今回のお話をいただく前から、きくちさんの記事は目にしていましたよ。きくちさんの記事はよく人気記事として表示されていたので。
きくち:ありがとうございます。確かに、はてなブログは実際に会ったことがないとしてもなんとなく顔見知りになっているような安心感がある気がします。
pha:『群青のハイウェイをゆけ』は、ブログ「今夜はいやほい」の記事を元に加筆・修正していますよね。「今夜はいやほい」の記事は写真をたくさん入れているのも特徴だと思うのですが、今回の本では文中に写真が一切入っていませんでしたね。そこは何かこだわりが?
きくち:そうなんです。今回は写真ではなくて、文章で景色を立ち上げるような表現に挑戦してみました。本にするにあたって、写真の代わりに文章で丁寧に旅の情景描写をしたつもりです。
pha:実際読んでみると、写真がなくても、文章から情景が浮かんできて面白かったです。

――『群青のハイウェイをゆけ』は旅をテーマにしています。著者、推薦者としてそれぞれお気に入りのパートはありますか?
pha:「埼玉県の“さいたま”の起源を探しに……」とか、埼玉県に関するエッセイが数本載っていてどれも面白かったです。目立った観光地でもないのに読んでいて妙にワクワクする文章で、こういう旅を突き詰めてほしいと勝手ながら思いました。あと、一番最初の真鶴。僕は行ったことがないのですが、「なんか良さそう」と「意外と行ったらそうでもないかもしれない」を同時に感じました。きくちさんの文章を読んで憧れのままにしておいた方がいいのかな(笑)。
きくち:実際に行ってもいいところですよ! 真鶴は結構前からまちづくり条例のある場所で、開発の方針が細かくまとめられているんですよ。だからか、自然豊かながらも整った美しさがある場所です。でも、実はこの真鶴のエッセイが最初でいいのかは結構迷いました。ちょっと地味すぎるかな? と。
pha:確かに地味ではあるかもしれないけれど、先輩との会話もあって、きくちさんらしい旅の仕方とか視点を象徴する作品だと思いましたよ。
きくち:ありがとうございます。順番については、編集者の意見を聞きつつ考えました。真鶴の次は香港の話なのですが、最後も香港で終わります。この香港旅行の間に10年ほどの時が経っていて、社会の雰囲気の変化のようなものも感じられるのではないかなと思います。
あと香港は、紀行文学の金字塔、沢木耕太郎の『深夜特急』の始まりの地なので、そこへの参照とリスペクトも込めて、香港で始まって香港で終わるような構成にしてみました。
一人で行くか、友達と行くか。チェーン店か地元の店か
――お二人とも旅にはよく行かれる方かと思うのですが、お互いの旅に共通する点や違うなと感じた点はありますか?
きくち:先ほど話に上がった埼玉もそうですが、メジャーな観光地にはあまり行かないのは共通点ですかね。
pha:そうですね。昔から、みんなが行くようなメジャーな観光地は避ける方かもしれません。以前、京都に住んでいましたが、清水寺のような観光スポットは行かなかったです。旅は日常の延長として、ふらっと出かけるのが好きです。

きくち:僕も同じくです。あまりがっつり「旅行だ!」と思っていないというか、週末にふらっと行ける場所を選ぶことが多い。
pha:旅行って面倒だとか簡単には行けないものというイメージがあるけれど、『群青のハイウェイをゆけ』を読むとこんなに気軽に出かけていいんだと思わされますよね。一方で、僕と違うなと思ったことのひとつが、きくちさんは友達と一緒によく旅行に行っていること。僕は他の人と一緒に旅行するのは苦手なので、本を読んで羨ましいなと思ったポイントです。
きくち:誰かに任せて着いて行くと、自分では思いつかない発見があるんです。『群青のハイウェイをゆけ』にも出てくる後輩の加藤なんかは地理に詳しいので、彼がいると自分は何も考えなくていいので楽なんですよ。一緒に行動しているだけでも面白くて。
pha:僕は逆に、人と一緒に旅行するのが苦手で、旅をするときは大抵一人で行っていました。最近は仕事をきっかけに人と遠方に行くこともあって、だんだん気持ちも変わってきましたが。きくちさんが友達と一緒に旅をしている様子は、なんだか青春感があっていいですよね。
きくち:大学生の頃からの友達だからかもしれませんね。逆に、大人になってから彼ら以外に新しい友達が全くできていないという問題もあります。
pha:旅に一緒に行けるくらい強い繋がりのある友達は貴重だと思います。それだけ長く関係が続いているのには何か秘訣があるんですか?
きくち:長い付き合いのなかで、みな心身の調子が悪くなり、お互い助け合う中で、単に友人というか相互扶助組織のようになってきました。良い意味で重く捉えすぎずに「今日はあいつが調子悪いんだな」くらいの感覚で受け止め合っているので、長く関係が続いているのかもしれません。
――お二人にとって旅の目的は?
pha:これも重なる部分と違う部分がありそうですね。きくちさんは割と食がひとつの目的だったりするのかなという印象があるのですが。
きくち:確かに食は旅の目的のひとつでもありますね。せっかくならその場所ならではのものを食べたいのでいろいろ調べます。埼玉県吉川市の隠れ名物であるなまずを食べに行ったり、どうしてもアジフライが食べたくなって千葉県に行ったり……。

pha:僕はこれまで、むしろ気軽さを求めて旅先でもチェーン店に行っていました。最近は流石に飽きたかもと思って、もうちょっと名物っぽいものを食べようかなという気持ちも湧いてきましたが。
きくち:となると、これまでphaさんはどんなことを目的に旅に出ていたんですか?
pha:日常から少し抜け出すことですかね。旅先でもホテルに引きこもって普段と変わらないような生活をしたい時もあるけれど、ずっと家にいると飽きるという気持ちもある。両方の気持ちがあるから、家とは違う場所に旅に出かけることがあります。
きくち:日常から抜け出すというのは僕もそうかもしれません。仕事で忙しい毎日から抜け出して、小さな非日常を楽しみに行くような感覚です。今回、phaさんは「やっぱり旅に出ないといけない。じっとしていると人生に飲み込まれて、何もわからなくなってしまうから」という推薦コメントを寄せてくださりましたが、これも「日常から抜け出す」という点と繋がっていますか?
pha:そうですね。普段の生活や仕事で忙しくしていると、自分が何をやりたかったのか、どういう人間だったのかって忘れてしまいがちだと思うんですよ。そういうときに日常からちょっと離れて、旅に出るといろんなことを思い出せる。『群青のハイウェイをゆけ』に出てくる人たちもちょっと疲れていたり、仕事が大変そうですが、そこから抜け出すために旅に行っているのかなと感じました。
30代の今だからこそ書ける、“青春の終わり”のような旅
――『群青のハイウェイをゆけ』ではきくちさんの約10年ほどの旅の記憶が記されています。お二人は、年を重ねることで旅の仕方は変化しましたか?
pha:この本を読んで、10代20代では書けない内容だろうなと感じたんですよね。30代くらいになると、ちょっと疲れてきて、人生について考えたり過去のことを思い出したりしながら旅をするようになる気がしていて。
きくち:たしかに、ブログ自体は20代からやっていましたが、最初の方は今よりも無邪気なノリですね。
pha:青春っぽさがあるのに、その終わりみたいな雰囲気も感じるというか。僕から見たら30代はまだ若いけれど、だんだん青春が終わっていく時期でもある。そして、40代になると本当に地味です。スズキナオさんの『家から5分の旅館に泊まる』(太田出版)という旅行エッセイが好きなんですが、どこかに行っても新しい刺激を受けるというよりはずっと昔のことを思い出してる、というような内容なんですよね。だからきくちさんの文章はキラキラした20代と地味な40代の間で、30代の今だからこその旅・文章だと感じました。
きくち:また時間が経って読むと印象が変わるかもしれないですね。あと、金銭的な余裕が出てきたことでも旅の仕方は変わってきたかもしれないです。以前はとにかく安い手段を選んでいたけれど、最近は新幹線に乗るようになったり。
pha:自分の稼ぎもだし、社会的な経済状況の変化も旅の仕方には影響しそうですね。昔はビジネスホテルに4千円くらいで泊まれたけれど、今は1万円を超えることも多いから昔より気軽に旅に行こうとは言いづらくなってきたかもしれないです。
――とはいえ、この本を読むと旅に出たくなるひとも多くなりそうです……!最後に改めて、お二人から読者の方へメッセージをください。
きくち:豪華なホテルなどに泊まらなくても、日常の近くにある非日常を旅した記録を残しているつもりです。たとえば、東京からだったら埼玉や千葉は片道千円ちょっとで行けます。意外な場所にも面白さはあるのでぜひ本を手に取って出掛けてみてほしいです。
pha:『群青のハイウェイをゆけ』には、僕が「これこそ旅の面白さ」と思える点が詰まっていると思います。下調べをたくさんして、ハズレのない決まりきった旅をするのも良いかもしれないけれど、何が起こるかわからない旅だからこその面白さもある。そういう旅の魅力を思い出させてくれる本だと思います。

きくち(左)
1991年生まれ。埼玉県在住の会社員。2016年よりブログ「今夜はいやほい」で、夜中にこっそり出かけたりひそひそ酒を飲んだりした遊びの記録を綴る。「ほぼ日通信WEEKLY」「SUUMOタウン」などさまざまなメディアでエッセイを執筆。
X:@zebra_stripe_
pha(右)
1978年大阪府生まれ。文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。著書は『パーティーが終わって、中年が始まる』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)など多数。短歌と散歩と日記が好き。
X:@pha
取材・文=白鳥菜都、撮影=小野奈那子