町田そのこがホラー? 親友の高校退学を機に禍々しい事件が頻発! 新境地となる青春✕スリラー小説『彼女たちは楽園で遊ぶ』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/10/21

彼女たちは楽園で遊ぶ
彼女たちは楽園で遊ぶ町田そのこ/中央公論新社)

「町田そのこさんがスリラー小説!?」――この本の存在を知った時にそう驚いたのはきっと私だけではないはずだ。町田そのこさんの作品といえば、傷を抱えた女性と虐待され声の出せない少年の共生を描いた、本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)や別々に生きてきた母と娘が思いがけず再会し、同居することになる『星を掬う』(同)など、家族の形や愛の形を描いた「救済の物語」のイメージが強い。だから「まさか身の毛のよだつような恐ろしい物語を描くなんて」と感じる人は多いに違いない。だが、安心してほしい。この本は、間違いなく救済の物語だ。その作品の名は『彼女たちは楽園で遊ぶ』(同)。この青春×スリラー小説は、町田そのこさんの新境地。目の前に広がるのは、途方もなく深い闇。だが、その闇に震えた分だけ、私たちをまばゆい光が待ち受けている。

 主人公は、父子家庭で暮らす高校1年生の凛音。夏休みに入る少し前に、親友の美央と大喧嘩をした凛音は、新学期に入り、美央が学校に来ていないこと、そして、彼女が高校を退学するらしいことを知る。彼女たちの地元にある姫塚山に施設を作った新興宗教団体・NI求会。美央の家族はそこに入会し、美央は施設の中で暮らすことになったらしい。やがて凛音の周りではこの世ならざるものの仕業としか思えない禍々しい事件が頻発して……。

 ページをめくれば、ゾクゾクが止まらない。血だまりの中に倒れていたハタチの女性。バイクを運転中「来るな」と叫びながら道を逸れて、民家に激突して即死した19歳の男性。親しい友人たちと食事をした帰りに突然大声で叫び始め、その場で自分の目を抉り出そうとした18歳の女性。——この街の若者に一体何が起きているのか。親友が消えた街で起こる不気味な事件の数々に、私たちも背筋が凍る思いにさせられる。そんな状況の中で、凛音は宗教施設から親友を取り戻すため、そして、この街を危機から救うため、奮闘することになる。新しく出会った仲間たちの存在も心強いが、何よりも凛音の力となるのは、凛音の父親の存在だ。凛音の父親は、凛音の無謀な行動を止めようとしつつも、彼女の「親友を救いたい」という切実な思いを決して否定しない。どうすれば友を助けられるのか、一緒に考え、寄り添ってくれる。それに比べて、NI求会に子どもたちを連れていった親たちはどうだろう。宗教施設で暮らすことを、高校を退学することを、本当に子どもたちが望んだのだろうか。子どもの意思を親が無視していいはずがない。子どもだって、一人の人間だ。「わたしたち、未成年でしょ。親に振り回されて、嫌だと思ってもどうしようもないんだよね」——不気味な宗教施設から聞こえてくる子どもたちの嘆きに胸が痛いほど締め付けられる。

 だが、大人に届かぬ声を抱えたままの彼女たちにも、決して奪えない力が残されている。それが「友を思う気持ち」だ。喧嘩別れのままでは終われない、もう一度笑い合いたい。凛音と美央の友情は、やがて街を覆う闇そのものに立ち向かう力へと変わっていく。

 ああ、なんて美しい物語なのだろう。本を閉じたとき、もうそこには、全く恐怖の痕跡はない。胸に宿ったのは、静かな温もり。どんなに深い闇も、互いを信じて伸ばした手があれば、人は乗り越えられる。過去と現在が重なり合い、人が人を思う気持ちが未来を照らしていく。そんなかけがえのない友情の物語にきっとあなたの心も癒されるに違いない。

文=アサトーミナミ