辻堂ゆめ「報道の裏側には“隠れてしまった事実”がある」デビュー10周年記念作品『今日未明』に込めた思い【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/11/5

『いなくなった私へ』(宝島社)で、第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞しデビューした辻堂ゆめ氏。第24回大藪春彦賞を受賞した『トリカゴ』(東京創元社)では、無戸籍問題について鋭い問題提起を投げかけた。

 そんな辻堂氏が新たに送るミステリーは、短い新聞記事を冒頭に据え、のちに事件の真相を描く新しいスタイルの短編集『今日未明』(徳間書店)だ。これまでニュース記事に抱いてきた違和感、重いテーマを描く際に心がけていること、子育ての経験が無意識に滲み出たエピソードなど、作品が描かれるまでの背景についてうかがった。

第一報だけでは何もわからない。短いニュース記事がもたらす先入観をテーマに

――新刊『今日未明』は、冒頭に置かれた新聞記事と、その後に描かれる真相とのギャップに息を呑みました。本書執筆のきっかけについて教えてください。

advertisement

辻堂ゆめ(以下、辻堂):SNSやニュースサイトで記事を読む際、世間でどのように事件が受け止められているかが気になります。記事のコメント欄やSNSの引用コメント、そこについたリプライなどを読んでみると、少ない情報量のニュースでも、「これってこういう真相だよね」とみんなが想像しがちなニュースがあると感じていました。

 でも、続報で事件の詳細が報道されると、加害者にも同情すべき事情があったり、またはその逆であったりと、みんなが思っていたのとはまったく違う真実が明らかになります。そうなると、最初のニュースの時点で過剰に責められた加害者や、一身に同情を浴びた被害者は、事実とはまったく違う形で世間の声を浴びているわけで、それはとても怖いことだな、と。その思い込みや先入観を作品のテーマとして据えたいと考え、情報量が少ない記事を冒頭に置くアイディアが生まれました。

――辻堂さんがこれまで目にした中で、当初に出たニュース記事と真相とのギャップが大きいと感じた報道はありますか。

辻堂:2021年に、関空橋から一人の女性と4歳の娘さんが転落したニュースが流れてきて。はじめは事故で転落したのかと思ったのですが、どうやら普通なら転落することのない橋から落ちているとのことで、飛び降り自殺かなと予想しました。でも、その後の続報で、亡くなった女性が「和歌山カレー事件」の林真須美被告の娘さんであることがわかったんです。しかも、自宅では16歳の長女が外傷性ショックで亡くなっており、娘たちの父親が自殺未遂を起こしていたことも報道されました。

 最新の記事を検索すると、保護責任者遺棄致死罪で捕まった父親の裁判記録が出てきます。それらを読んでいくと、心中であったことは事実だとしても、事件の背景は当初の報道ではまったく見えていなかったわけです。無理心中をした女性が、“加害者の子ども”としてどう生きてきたのか。なぜもう一人の娘を虐待してしまったのか。今でも、わからない点がたくさんあります。もちろん、当初の記事の見出しに悪意があったわけではありません。ただ、「第一報だけでは何もわからない」と痛感したニュースでした。

――新聞記事とは別に、SNS上ではニュースサイトの見出しだけで物事を判断する人が多いように見受けられます。

辻堂:そうですね。最近は熊に人が襲われるニュースが多く報道されていますが、どなたかがXに投稿している発言を見てハッとしました。熊に襲われた記事が出ると、都会の人たちから「なんでこんなに熊の事件が相次いでいるのに、わざわざ山に入ったりするんだ」と批判が寄せられるけれど、実際は住居や公園があるような住宅街に熊が出るそうです。こういうところにも、決めつけの怖さがあると思います。

あわせて読みたい