もし動物に「命権」が認められたら? 架空法律が施行された世界を描く新川帆立のリーガルSF【書評】
PR 公開日:2025/11/20

たったひとつの法律で世界はガラリと変わる。法律は人々の価値観も常識も塗り替える。それにしたってこの本の世界はかなりヘンテコ。それなのにどうしてだろう、すぐ近くの未来を描いている気がしてくるから恐ろしい。
そんな1冊が『令和反逆六法(集英社文庫)』(集英社)。「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『元彼の遺言状』で知られる新川帆立によるリーガルSF短編集だ。この本に収録されている六つの短編では、架空の法律が施行された、六つの“レイワ”が鮮烈に描き出されている。さすがは元弁護士という経歴をもつ新川。荒唐無稽なはずの法律にやたらリアルな制定過程や理屈が添えられれば、そんな法律もありえなくもないように思えてくる。無茶苦茶な法律に翻弄される人々と、その裏に隠された数々の仕掛けが、読む手を止めさせない。ちょっぴりホラーなパラレルワールドから目が離せなくなる。
たとえば、この本の冒頭「動物裁判」で描かれるのは、動物の権利が今まで以上に保護された世界。ここでは人だけを優遇する「人権」は時代遅れだとされ、全ての動物には生まれながらに命としての権利「命権」があるとされている。そんな世界で、レオという名のボノボが、チャンネル登録者数約50万人を誇る黒猫のココアに性的な行為をしたとして訴えられた。レオは言葉を話すことはできないが、タブレットに登録してある単語で少なくとも4,000語をマスターし、人間でいうと知能は15歳ほど。通常の裁判では動物ではなく保護者が訴えられるが、レオには十分に責任能力があるとされ被告になってしまったようだ。動物裁判を専門とする弁護士の主人公はレオの弁護を担当する。傍聴席には動物連れも多い注目の裁判で、被告のレオはタブレットを使って証言し、原告のココアも猫専用翻訳機「にゃんこトーク」を使用する。……ああ、動物好きからしたら、想像しただけで可愛い。そうやってほのぼのとした気分でのんきに読み進めていたら、きっとあなたも罠にハマる。二転三転する真相と衝撃の展開、驚愕のラストが待ち受けているのだ。
この本の作品はどれもブラックユーモアが効いている。ブラックな後味がクセになり、次々とページをめくらされてしまうのだ。かつて施行されていた禁酒法が原因で、酒は家庭の味として醸造するのが当たり前とされ、うまくいかない酒造りに翻弄される「自家醸造の女」。メタバース空間と現実世界との戦い「シレーナの大冒険」。元ハリウッド女優の過労死をきっかけに労働者の健康管理が徹底されるも、実態は過労死する前に従業員をクビにしている「健康なまま死んでくれ」。世に流通する紙幣や貨幣が感染症媒介の根源として徹底したキャッシュレス化が進められた「さいごのYUKICHI」。認知症予防を建前に賭け麻雀が合法化されている「接待麻雀士」。――動物の権利、労働者の権利、メタバース世界の権利。世の中の配慮が行き過ぎた時、この世界はどうなってしまうのか。現実世界への風刺や皮肉がふんだんに盛り込まれていて、思わずフフッと吹き出す。この本に描かれたパラレルワールドは、現実世界の合わせ鏡。今という時代の闇をありありと見せつけてくる。
現代から少しズレた世界線の物語だから、とっつきやすく、とても他人事とは思えない。主人公と一緒になって、途方に暮れたり、ゾクゾクしたり、切ない気分に浸ったり。「なんておかしい世界なんだ」と思いながら読み進めていたはずなのに、読み終えた今では、もしかしたら現実の方がよりおかしいのかもしれないなんて思えてくる。架空の世界を描いているようで、この物語は現代を痛烈に裁く。笑いながら傍聴し、背筋が凍りながら退廷。そんな現代をシニカルに笑う諧謔に満ち溢れたリーガルSFの衝撃をぜひ体験してみてほしい。
文=アサトーミナミ
