宗教団体に母親が2億円を貢ぎ、事件を起こした男の手記から始まる物語。フィクションとノンフィクションが交錯する、湊かなえ衝撃の新作『暁星』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/11/27

暁星
暁星湊かなえ/双葉社)

 新興宗教団体に母親が2億円を貢ぎ、人生を理不尽に砕かれた怒りと恨みから、団体に繋がりがあるとされる大臣を、公衆の面前で男が殺傷する。Amazon Audibleのために書き下ろされた湊かなえ氏の最新小説『暁星』(双葉社)は、その事件の犯人である37歳の永瀬暁(あかつき)の動機を、彼自身の手記からひもとくところから始まる。

 読みながら、たいていの人は2022年に起きた実際の事件を想起するはずだ。書いていいのか、こんな物語を。そう、戸惑う人も少なくないだろう。だが、読み進めていけばわかる。刊行に際しポスターなどでコメントを寄せているように、湊さんは決して、日本中を震撼させた事件をモチーフにおもしろおかしく書き立てたわけではない。

 人生の主導権は、生きるその人にのみ与えられているはずなのに、望むように道を選ばせてもらえるとは限らない。環境や、愛情という名の檻によって、知らないうちに選ばされている。そんな、誰もが多かれ少なかれ経験している不条理に、押しつぶされそうになりながらもどうにか光を求めてあがき続ける姿を通じて、一筋の光を見出そうとしているのだということが、痛切なまでに伝わってくる小説なのだ。

 宗教団体の名前は、世界博愛和光連合。通称、愛光教会。暁の母親は、次男の輝(ひかる)の病を治したい一心で、いつのまにかその教えにすがるようになっていた。〈博愛の言葉により創生された世界のみ平和の光が降り注ぐ〉という教義と、教会が独自に生みだした文字で悩みや迷いを書きだすことで、そのすべてが消えてうまくいくという「かきけし」というおつとめの儀式や、金を積めば積むほど地位を得て、自尊心が満たされていくしくみは、実在するのではと疑うほどリアリティがある。言葉に通じているからこそ、出版業界にも信者を多くもち、文学賞の選考にも影響しているという一見陰謀論めいた設定も、手記を読めば読むほど「あるかも……」と思わされてしまうのが、怖い。

 暁の父親は作家で、教会を信仰しないために生涯、賞を受賞することができないままみずから死を選んだ。その原因もまた議員にあると語られれば、彼の恨みもしかたがないことのように思える。息子の幸せより教会を重んじるようになった母親が、全財産をもって逃げたとなれば、なおさらだ。点と点が結ばれ、不遇な暁に同情したり、でもやっぱりどこか身勝手な言い分に物申したくなりながらも、納得しながら読み進めていくのだが……。

 そんな、わかりやすい、誰もが納得できる物語で終わらせないのが、湊かなえの小説だ。後半、暁の事件を「フィクション」のかたちで語り直す作家の登場によって、見えていた……見ようとしていた世界がまるで違う真実を孕んでいることに気づかされるのだ。

 選んでいるようで、選ばされている。信じているようで、信じさせられている。同じ言葉でも、使い方によって、使う人によって、響き方がまるで異なるように、私たちは善悪でぱっきり二分される単純な世界を生きているわけではない。それでも、大切な人と自分の幸せを守るために、どんな言葉を世界に捧げるべきなのか――。それは、本書を読んでぜひ確かめてほしい。

文=立花もも

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