Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞『ロッコク・キッチン』――震災後の日常を「食」を起点に綴るノンフィクション・エッセイ【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/12/6

ロッコク・キッチン
ロッコク・キッチン(©川内有緒/講談社)

 『ロッコク・キッチン』(川内有緒/講談社)は、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故後の福島県内、特に国道六号線(通称:ロッコク)沿いの町に焦点をあてた、ノンフィクション・エッセイである。

 東日本大震災、及び福島第一原子力発電所事故は、極めて重大かつ深刻な災害として世界中に報道された。あの日を日本で経験した人であれば、どこで暮らしていようと、強烈な出来事として記憶しているだろう。一方で、実際に避難区域となった場所で暮らしていた人々がその後どのような月日を経てきたか知る人は、それほど多くないかもしれない。あの日から、すでに14年が経っている。避難指示が解除されても、震災前にはほど遠い景色の街並み。それでもなお、そこで生活する人々はいる。

「みんな、なに食べて、どう生きてるんだろ?」

 著者・川内有緒氏のそんな疑問から、「ロッコク・キッチン・プロジェクト」は始まった。ロッコク沿いに暮らす人々の「食」をテーマにしたエッセイを募集し、本にまとめることを川内氏は思い立つ。そのアイデアに賛同した映像作家の三好大輔氏をはじめとしたメンバーと共にチームを組み、同地域に対する長期的な取材を始めた。本書はそのプロジェクトを追い、出会った人々や食事、見た景色を、言葉と写真で綴った一冊である。このプロジェクトを映像で記録したドキュメンタリー映画の制作も、並行して進めていった。

日々を照らす「食」と、その背景にある過去

 地域の人々から寄せられたエッセイを発端として、ロッコク・キッチン・プロジェクトのメンバーは、彼らの生活に触れていく。留学を機にこの地を訪れた女性がふるまう、あたたかなチャイ。その味には、国や文化を超えて通ずる家族への想いが凝縮されている。震災前から長く愛されていた飲食店を、母から受け継ぐ形で再開した女性が作る、サクサクのカツサンド。彼女が誰よりも早く避難解除された地元に戻り、もともと継ぐ気がなかった店を再開させたのは、なぜだったのか。そのほかにも、いくつもの味と、その味にこめられた個人のエピソードが、豊かに描かれている。

 一方で、本書に登場するエピソードを「食にまつわるノンフィクション」という一言ではまとめきれない。そこには、震災があったというくっきりとした事実があり、実際ロッコクを走れば見える福島第一原子力発電所の存在感も大きい。一度すべて壊れてしまった場所で、もう一度生活を取り戻そうと決意する心の奥底には、そこで暮らした過去がくれたもの、自然や環境への愛、家族や身近な人々への想いなど、さまざまなものが絡み合っている。

丁寧な対話の積み重ねから見えてくる普遍的なメッセージ

 川内氏はこれまで評伝、旅行記、エッセイを中心とした作品を世に送りだし、『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』で新田次郎文学賞を、『空をゆく巨人』で開高健ノンフィクション賞を受賞した。そして本作でも、2025年度(第35回)Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞している。

 被災と復興、原発事故にまつわる答えのない大きな問題や葛藤に、「食」という視点で切り込み、人々との丁寧な対話を重ねる。著者ならではの感性で“ロッコク沿い”を捉えたからこそ、さまざまな人の心に響くメッセージが生まれる。最終章で綴られている言葉は、きっと何度も読み返すだろう。この本に出合えてよかったと思える一冊だと、太鼓判を押したい。

文=宿木雪樹

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