同じメニューがなぜ違う味に? 人気料理人・稲田俊輔の東西の食文化を巡るエッセイ集『東西の味』【書評】
PR 公開日:2026/1/26

『東西の味』(稲田俊輔/集英社)は、国内グルメを“東西の味の差”という観点から描いた珠玉のエッセイ集だ。目次には「うどん」「餃子」「ラーメン」といったおなじみのメニューが並ぶ。
本書は日本の食文化の豊かさに着目するところから始まる。私たちは全国各地に足をのばして各所のグルメを楽しむ一方、人生の中で慣れ親しみ「おいしい」と感じる、味覚のアイデンティティのようなものも備えている。だからこそ、たとえ地元でも目にする料理を頼んでも、旅先ではまったく異なる風味に驚くこともある。
こうした味覚の差分をテーマとして、本書は誰にとってもなじみ深い料理を起点としながら、東西においてそれぞれがどのような発展を遂げていったのかを考察する。その考察に著者・稲田俊輔氏自身の個人的な体験談が添えられているのも、本書の魅力だ。日本食の営みを読者に親しみやすい視点で切り出したノンフィクションとしても、食を心から愛してきた人の半生を巡るエッセイとしても読み応えがある。
■うどんはいかにして日本に浸透していったのか?
第一章を飾る「うどん」は、まさに本書を象徴する一品だ。コシと弾力が強い「讃岐うどん」が、いかにして全国に浸透していったのか。その傍ら、独自の発展を遂げた「京都うどん」は、著者が特に感動した味であるという。コシという基準が標準化する一方、やわらかいうどん(やわうどん)の文化も健在だ。福岡には、提供されたあとも汁を吸い込み、やわらかく育ち続ける究極のやわうどんが存在する。
本書を読んでいると、同じ料理であっても実に多彩で、違いを楽しめるのだということを痛感する。鹿児島に生まれ、東へ向かいながら多くの味に出会っていった稲田氏の歩みをたどりつつ読み進めると、今すぐにでも食い道楽の旅へと出かけたくなる。
■「とんこつ遺伝子」の在処
そのほかのトピックも興味深いものばかりだ。餃子につけるタレ、蕎麦のつゆなどを味の違いで細分化してみると、ふだん食べるものに対する解像度も高まる気がする。また、味わいの奥深さの原点には各地で発展した調味料の違いもある。醤油と味噌について綴られた章では、これほど多彩である日本食のベースに触れられた。
なかでも個人的に印象に残ったのは、ラーメンの章で触れられた「とんこつ遺伝子」というフレーズである。九州出身の人には「臭くてうまい」という感覚が遺伝子レベルで備わっている、ということをたとえた表現だ。筆者は北海道出身だが、はじめて九州のとんこつラーメンを食べたとき、そのおいしさに心を動かされた経験がある。ならば私の中にもこの「とんこつ遺伝子」があるのかも、と思いを馳せることができた。
食への愛情と探究心が詰まった本書は、東西で異なる味の違いをテーマとしながら、各地の食の魅力と、そこで育った一人ひとりの「おいしい」を確かめるような読後感を与えてくれる。どんな味に惹かれ、求めるかは、その人自身を映すのかもしれない。本書は食を愛するすべての人にとって、日常的でありながら新たな発見をくれる一冊となるだろう。
文=宿木雪樹
