発見された頭蓋骨は“土産品”だった!? 広島で見つかった死体が語る原爆投下後の真実
公開日:2019/8/5

毎年8月6日になると広島市での原爆死没者慰霊式や平和記念式典の模様がテレビでも中継される。原子爆弾投下によって被爆者やその家族が受けた傷は、どれだけ長い月日を経ても癒えることのないものだろう。しかし、教科書や報道を通じての情報だけを吸収してきた筆者には、その歴史がどこか遠いところで起きた他人事のように思えていた部分があった。
そんな考えを一変させ、原爆は「痛み」という言葉では語りつくせないほどの深い傷を与える衝撃だったことを教えてくれたのが、『風はずっと吹いている』(長崎尚志/小学館)だ。本作は原爆投下という、忘れてはならない歴史上の事実を丁寧になぞりながら描いた重厚なミステリー小説だ。
■広島で発見された白骨死体ともうひとつの頭蓋骨――
物語は、民俗学を学ぶ大学生が広島郊外の山中で遺棄されたひとつの頭蓋骨と、頭蓋骨のついた人骨を一体発見したことから始まる。現場に急行した矢田警部補は、県警一の犯罪検挙率を誇る敏腕刑事。事件の真相に迫るべく、被害者の特定を急いだ。
すると、白骨体のほうは50~70代の白人女性で死後半年以上が経っており、頭蓋骨のほうは1950年以前に生きていた日本人男性であることが分かった。激しい暴力を受けた痕跡がある白骨体と、あまりにも綺麗な頭蓋骨。両者の差や死亡した時期の違いに違和感を抱いた矢田警部補は、白人女性の行方不明者を洗い出し、オリヴィア・ウォーカーというあるアメリカ人女性に辿りつく。
そんな捜査のなかで、東京に住む鈴木スーザンという女性から「オリヴィアは頭蓋骨を持って訪日した」という情報が寄せられる。オリヴィアが自宅から持ってきたという頭蓋骨は、彼女の父の“日本土産”だったと語るスーザンから衝撃的な訪日理由を聞かされた矢田警部補は、頭蓋骨に込められたオリヴィアの真摯な思いと歴史の残酷さを知り、より一層犯人検挙への気持ちを強めながら、オリヴィアの足跡を辿っていく――。
■頭蓋骨に秘められた歴史の“裏側”が明らかになる?
一方、その頃、息子が関係したオレオレ詐欺がきっかけで広島県警を中途退職し警備員となっていた蓼丸(たでまる)は、仕事を通じてその詐欺事件に関与していた土井健司と再会する。彼が秘書を務める、元与党の重鎮・久都内博和の核兵器廃絶のスピーチに胡散臭さを感じ、土井と久都内の裏の顔を探ることで、息子の事件を再調査しようと決意した。すると、土井が久都内の命令で人を殺したという話を耳にし、それまで別に動いていたストーリーは1本の線で繋がることに…。
2つの事件のカギを握るのは、1946年に存在していたという原爆孤児グループ。オリヴィアの痕跡を辿っていく中で矢田警部補に飛び込んできたのは、衝撃的な情報だった。なんとグループの少年たちは、ヤクザや大人に頼らず生き延びていくため、日本人の頭蓋骨を土産品として売ることで生活費を稼いでいたというのだ。
中でも、そのグループのリーダー格は、心を病んだ人への自殺ほう助と殺人で30個もの頭蓋骨を土産として“制作”していた可能性がある。時を超えて次々と明るみにでる真相に、果たして救いはあるのだろうか。
誰が誰を何のために殺したのか――そのことを深く考えさせられる本作は、登場人物たちが歩んできた人生から改めて原爆とその影響の恐ろしさを知ることができる。フィクションとはわかっていても、作中に描かれている原爆孤児たちの過酷な生活を知ると、懸命に生き抜こうとしていた当時の人々に想いを馳せたくなる。「歴史は繰り返される」というが、戦争の歴史は決して繰り返してはいけない。
文=古川諭香