手紙で紡いだ『赤毛のアン』翻訳を書籍化。上白石萌音×翻訳家・河野万里子が語る「言葉の力」

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/28

上白石萌音・河野万里子

 上白石萌音さんが翻訳家の河野万里子さんと手紙のやりとりをしながら、名作『赤毛のアン』の名シーンを翻訳した『翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅』(NHK出版)。2020年度から2021年度に「ラジオ英会話」で行われた連載をまとめた1冊だ。幼少期から英語に親しみ、演技や歌の表現でも英語を使う上白石さんが、初めて文学の翻訳に挑戦。往復書簡を通じて言葉を紡いだこの経験で何を得たのか、おふたりに話を聞いた。

取材・文=川辺美希、写真=山口宏之

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手紙を通じて、上白石さんの硬かった言葉がどんどんしなやかになっていった(河野)

――手紙によるアドバイスや気付きの中でどんどん翻訳が変わっていく様子も、おふたりの人柄が伝わる手紙の内容も、とても楽しく拝読しました。河野さんは、上白石さんの翻訳者としての力を、このやりとりを通じてどう受け取られましたか?

河野万里子さん(以下、河野):最初に上白石さんの翻訳を拝見したときは、「あ、英文和訳がきちんとできる人なんだな。よかった」ということと、「翻訳はほとんど知らないんだな。よかった」という、両方の気持ちがありました(笑)。

上白石萌音さん(以下、上白石):ははは…すみません(笑)。

河野:アドバイスできることがたくさんあるなというのが、最初の印象でしたね。上白石さんは、俳優さんとして拝見していても、本当にいろいろなことを吸収して前に進んで行かれる方だと感じますが、それは、翻訳においても同じでした。私が伝えたことを素直に吸収されるので、最初は堅かった言葉が、どんどんしなやかになっていきましたね。1回目のやりとりの中で、すでにいい表現が出てきたので、それがとても嬉しかったです。吸収力や前向きな姿勢が、翻訳でも力になっていると感じましたね。それに、俳優さんとして、歌手としての活動の中で、いい言葉やフレーズを、無意識のうちにたくさん蓄積されているんじゃないかなって感じます。そんな言葉の一端が英語の原文に触発されて出てくることが素晴らしかったです。

――上白石さんはそんな河野さんの評価を、自己評価やご自身としての手ごたえと比べていかがですか。

上白石:連載を終えてから第1回を読み直すと、本当に文章が硬くて(笑)。まさに受験英語っていう感じでした。でもきっと、そういう方は多いと思うんですよね。学校では、入学試験で出るような和訳の訳し方しか習わないので。そんなところから、河野先生にどんどん、固定観念や凝りをほぐしていただいて(笑)。変われた実感は、ありますね。でも、言葉がどんどん出てくるようになったのは、先生のおかげでもあるんです。言葉のストックは先生の翻訳からも、たくさん蓄えました。こんなに素敵な言い方があるんだって感動して、どんどん「メモ、メモ」みたいに心に刻んでいって。河野先生の素敵な言葉に触れ続けられたという意味でも、すごく豊かな時間だったなと思います。翻訳だけではなく、お手紙のひとつひとつの言葉も、本当に素敵でした。心から憧れて、私もお手紙を書いてました。

河野:そんなふうに言っていただけて嬉しいです。私にとってもすごく幸せな、楽しい豊かな時間でした。

英語の教科書は苦手。好きな音楽や映画を通して英語を学ぶのが肌に合います(上白石)

――大人になってから実用的な語学を学ぶことにハードルを感じる人は多いと思うんですが、そういう人が語学を学ぶおすすめの方法はありますか?

上白石:私、教科書が苦手なタイプだったんです(笑)。特に英語は大好きだったので、教科書に窮屈さを感じていて。私の肌に合っていたのは、洋楽の歌詞や、映画の字幕や音から英語を学ぶことでした。音楽や映画は私の興味の対象でもあるので、この曲を知りたい、この映画を知りたいと思うと、後から英語がついてくるような感覚です。音楽や映画を通して、気付いたら英語が身についてることがあって。翻訳も一緒です。文学を楽しむために、英語を勉強したいんです。最終目的が英語にとどまらないほうが、幅があって楽しいかなと思いますね。

河野:言葉は手段なんですよね。目的のための地図のようなものですから、その地図があると新しい世界に行けるよ、もっと面白いことが広がるよっていう、そういうものと考えてもらうと良いですよね。たとえば旅行好きな方で、イタリア語を学びたいという人は増えていますし、その国の映画や食べ物、カルチャー、建築への興味も、語学を学ぶきっかけになります。韓流ドラマや映画、音楽などへの興味から、韓国語を学ぶ方も増えていますしね。語学を学んだ先に広がっている世界というものを想像しながら、好きな世界を目指すための道具として、言葉をとらえると楽しいと思います。

――言葉は、より人生を楽しむためのものなんですね。

河野:そうですね。言葉によって、人生に新しい窓が開いて、新しい景色が見えるようになるかな、と。

――上白石さんは、映画で語学を学ぶときは、具体的にどのように学ぶのでしょうか?

上白石:まずは、英語字幕付きで観ます。それから、日本語の字幕付きで観て、英語と照らし合わせるんです。好きな映画を繰り返し、そうやって観ます。繰り返し観るというのも、とても大事ですね。

河野:自分も一緒に台詞を言ってみたりすると、いいですよね。演技の勉強にもなりますし。

上白石:本当にそうですね。言い回しも勉強になります。たとえば、怒ったときって、こういうふうに言ったらいいんだとか。あ、こうやって口説くんだ、というような(笑)。

河野:(笑)。

いつまでも学び続けたいという思いや希望を、上白石さんからもらいました(河野)

――おふたりは2年間の往復書簡を通じた翻訳を経験して、進歩した部分や、語学への向き合い方など、大きく変わったものをひとつ挙げるとしたら、何ですか?

上白石:私は本当に、たくさんの変化が起きたな、と思います。学問としての学びや、人間として想像力を働かせることの大切さとか、たくさんのものを得ました。一方で、質問とは逆になってしまうかもしれませんが、2年の間、変わらずに興味を持ち続けて、ひとつのことを続けられたのが、私にとって一番大きかったなと思います。私、何事も長続きしない性格なので(笑)。その経験を、書籍という目に見える形にできたことで、ひとつ、自信がつきました。学びと同時に、そういう心境の変化が生まれましたね。

河野:私は、俳優である上白石さんならではの言葉の豊かさを目の当たりにして、世の中にはまだまだ素敵な表現や面白い物語がたくさんあることを改めて知って、もっともっと学び続けたいし、言葉の豊かさを追求していきたいなっていう気持ちになりました。それにこの2年は、世の中でもいろいろなことがあって。私自身、疲れを感じたことや、前向きになれないこともありましたけど、破竹の勢いで伸びていく上白石さんとの翻訳を一緒に体験することができて、やっぱり人間、いつまでもこうありたいなって思いました。それがどんなに魅力的なことであり、人生を豊かにしていくことなのか、上白石さんに気付かせてもらいましたね。希望や明るさを、いっぱい、いただいています。

上白石:いやぁ……恐縮です。本当に、ありがとうございます。お手紙のやりとりや翻訳を通じて、河野先生のような、素敵な大人になりたいと思いました。

スタイリング(上白石):嶋岡隆、北村梓(Office Shimarl)
ヘアメイク(上白石):冨永朋子(アルール)
衣装(上白石):パフスリーブブラウス ¥60,500(Sea New York/BRAND NEWS 03-3797-3673)、中に着たワンピース ¥68,200(leur logette/BRAND NEWS)、イヤリング本人私物

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