「BOOK OF THE YEAR 2022」ランキング1位 担当編集者インタビュー/コミック部門 『SPY×FAMILY』担当編集・ 林 士平

マンガ

更新日:2022/12/10

『ダ・ヴィンチ』2023年1月号の特集は、本年の「本のランキング」を投票で決める「BOOK OF THE YEAR 2022」。ダ・ヴィンチWEBではこの特集に連動し、ランキング1位に選ばれた作品を担当する編集者へのインタビューを実施。
 コミックランキングで1位を受賞した『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)の担当編集、林士平さんにお話を伺った。

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(取材・文=許士明香)

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「BOOK OF THE YEAR 2022」のコミックランキングで頂点に立った『SPY×FAMILY』。『少年ジャンプ+』で連載され、瞬く間に多くの読者の心をつかんだ本作は、TVアニメ化でさらなる注目を集め、発行部数2650万部を誇る大人気作品となった。担当編集者の林士平さんは、この現状を「運がよかった」と語る。

「もちろん遠藤達哉さんの紡ぐ物語の面白さや、圧倒的な画力が大きな理由です。でも、それは僕が遠藤さんに出会った頃からあるものなんです。遠藤さんはネームの端々にまで気を遣うし、キャラクターをデザインする力が凄まじい。その凄さはマンガ家の間では周知のことで、ヒットしていないのがおかしいと言われるような人でした。不思議なもので、面白くても売れない作品が世の中に山ほどある。そんな中で世間に見つけて頂いて“運がいいな”と」

今の時代とリンクするからこそ物語と真摯に向き合う

 現在、単行本が10巻まで刊行されている本作。既刊のカバーイラストにはすべて登場キャラクターが座っている姿が描かれているが、10巻は1〜9巻と少し毛色が違う。10巻で描かれているのは、瓦礫に囲まれて座りこむ、幼き〈黄昏〉の姿だ。

「遠藤さんからイラストを受け取って、ぐっとくるものがありました。10巻は、〈黄昏〉が抱える忸怩たる思いの起点が描かれています。それは偶然にも、今の時代とリンクしているように感じて」

 幼い頃、戦争で多くのものを失った〈黄昏〉。惨状を前にただ泣くことしかできなかった自分のような子どもを、もう生み出したくない――〈黄昏〉がスパイを生業とするのは、そんな思いが根底にあるからだ。

「連載が始まったばかりの頃、僕が生きている間にこんな大きな戦争が起こるなんて思ってもいませんでした。もちろんこれまで世界では紛争はずっとあって、僕らからすれば紛争でも、現地の人からすれば戦争なのですが……。なので戦争はなかったとは言えませんが、こんなに大きな規模で起こるとは想像もしなくて。結果、今の時代に合った内容となりましたが、そのぶん怖さもありましたね。この題材には、今まで以上に真摯に向き合わないといけない、と。きっと、丁寧に描ききることができたはず。いつかこの話もアニメ化されて、世界中の人に観ていただくことができたら」

雑談の中から生まれるアイデア

 林さんが遠藤さんの担当を務めるようになってから、15年以上になる。遠藤さんが連載を抱えていない間、担当する作家のアシスタントに入ってもらうことも多かった。

「遠藤さんに限らず、担当作家がアシスタントとして参加し合う、みたいなことは多いですね。先輩後輩関係なく、手が空いている人が手伝い合う文化があると思います。作家にとって学びの機会にもなるので、今は遠藤さんの元に若手の担当作家を送りたいのですが……大人数だと遠藤さんも教えるのが大変でしょうし、悩ましいところです」

 現在も遠藤さんと打ち合わせをする際は、基本的に顔を合わせてじっくり……だが、話す内容はほとんど雑談なのだとか。

「雑談の延長線上で思いついたアイデアを出し合ったり、矛盾点を潰したり。そしてまた雑談に戻ったり。この時間が楽しいんです。『SPY×FAMILY』が始まってしばらく経った頃、ボンドのデザインについて話し合うため、世界中の美しい犬が載った写真集を持っていったことがあるんです。喫茶店で男二人が犬の写真を眺めながら語らう姿は、はたかた見れば少し怪しかったかもしれません。15年も一緒にいると、お互いに対する心理的負担もなくなるんですよね。遠藤さんが引越しする際には、内見からご一緒させていただいたりもして。ちなみに緊急連絡先は僕。『僕でいいんですか?』と聞いたら、『林さんが一番連絡とれるでしょうから』と(笑)」

「最近はコラボ商品の確認などもあり、雑談ばかりではいかなくて」と林さん。『SPY×FAMILY』は現在100社以上とコラボをしており、そのすべてを監修するのも林さんの仕事だ。林さんが担当する作家は100人超、現在の担当連載は10本と、すでにかなりの仕事量だが……。

「遠藤さんには作品づくりに向き合っていてほしいので、コラボ監修などは基本的にお任せいただいています。僕に判断できないときは、遠藤さんにご相談していますが。確かに仕事量は多いけれど、辛くはないんです。むしろ、朝起きたらすぐに仕事をしたいし、寝るまで仕事をしていたい。もちろん仕事の中には苦手な作業もありますが、本気で“遊び”をしている感覚です」

 高い熱量を持ち、林さんと遠藤さんのタッグはまだまだ続いていく。最後に『SPY×FAMILY』の今後について聞いた。

「アーニャの過去も詳しくは描かれていませんし、この先も面白いエピソードが目白押しです。アーニャはイーデン校で星(ステラ)を8つ獲らねばならないのに、まだ一つしか獲っていないですしね。〈黄昏〉の目的が達成できるのか否か、もし達成できたとしてもそれまでに時間がかかるかもしれませんが、ゆっくりやっていければと。僕が生きている間に完結すると嬉しいですが(笑)、遠藤さんには体に無理のない程度に描き続けてほしいです」

(次回、文庫部門は14日(水)公開予定です)

 

林士平
りん・しへい●2006年に集英社に入社。『月刊少年ジャンプ』『ジャンプSQ』を経て『少年ジャンプ+』編集部に所属。担当作は『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』等。