佐渡島庸平×柴山浩紀――真逆に見えて実は似ている!?マンガ編集者と人文編集者のガチンコ仕事論

文芸・カルチャー

公開日:2023/1/17

佐渡島庸平さん、柴山浩紀さん

 新時代のエンタテインメントを模索し続ける佐渡島庸平さんと、人文・ノンフィクション分野で数々の話題作を編集している柴山浩紀さん。対照的なようでいて実は似ている――かもしれないお二人に、編集者の仕事論をめぐって対談していただきました。

取材・文=皆川ちか 写真=種子貴之

わかりやすく多くの人に伝えるか、わからなさを大事にするか?

佐渡島:僕は『ダ・ヴィンチ』で毎月1冊、気になる本と、その担当編集者を取り上げる「編集者の顔が見てみたい‼」という連載をしているんですが、2月号で柴山さんが編集を担当した『家(チベ)の歴史を書く』(朴沙羅/筑摩書房)を紹介しました。その際、ここ最近気になって手に取っていた本のことごとくを柴山さんが編集していると知りまして……。まさに僕のつくりたい本をつくっている編集者である柴山さんに、ぜひ一度お会いしたいと思っていました。

佐渡島庸平さん

柴山:大ヒットマンガを手がけてきた佐渡島さんが、人文書畑の僕にそんなふうに感じているなんて不思議な感じです。でも僕も、佐渡島さんの著書を拝読すると、共感する部分がたくさんあるんです。たとえば『観察力の鍛え方』(SB新書)で “あいまいさ”や“わからなさ”を受け入れるようになったと書かれていますよね。僕も編集者として、「わからない」という感覚は重要だと思っていて。

佐渡島:ちょっと前までは、あまりそう思ってなかったんですよ。20代の頃に『モーニング』編集部で、井上雄彦さんや安野モヨコさんという凄いマンガ家さんと出会ったんですが、お二人は非常に複雑なことを考えて考えて、100万人の読者に届くようなストーリーにするために苦しみ抜いているんです。その姿を間近で見ていて、どうやったら複雑なものごとを、わかりやすく多くの人に伝えられるんだろうと猛烈に思うようになって。それを方法論として身につけるのが自分の仕事で、新たな描き手にも伝えていくんだとずっと思っていた。でも40歳あたりで、そのせいで見落としてきたものがいっぱいあるかもしれないと考えるようになって。

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柴山:見落としていた、というと……?

佐渡島:わかりやすく伝える技術を磨こうとする一方で、ものごとの“あいまいさ”“わからなさ”のほうをちゃんと見られていなかったなと。だから今は、世界全体の複雑さを内包しつつも多くの人に伝わる、そんな物語をつくりたいです。

「おもしろいです!」の真否は実はバレている!?

柴山:佐渡島さんの編集した本って、著者と編集者が一緒につくっている感じがとてもします。僕はどちらかというと――「待っている」感じなんです。

柴山浩紀さん

佐渡島:待っている?

柴山:書き手に対して、「思いっきり投げ込んでこい!」というふうに待っている感じというか……。原稿をいただいたら、まず「おもしろい」と伝えるんですけど、どのくらいおもしろいと思っているか、わりとバレているらしくて(笑)。

佐渡島:『宇宙兄弟』の小山宙哉さんもそうなんですよ。ネームに対する僕の「おもしろい」の言い方で、本当のところどれくらいおもしろがっているのか気づかれる。それで描き直してきてくれることもしばしばで。

柴山:こちらが言わなくとも書き直してくれるケースもありますね。これはどういう方法論なのか……。やっぱり「待っている」というのが一番しっくりくるかな。

ビシバシ介入する北風的編集か、じっと待っている太陽的な編集か

佐渡島:編集において「待つ」ことって、『北風と太陽』でいえば太陽的行為ですよね。特に新人作家の場合、結果を早く出そうと編集者が積極的に介入して、ひとまずヒットが生まれることはある。でも本人に気づきがなかったとしたら、それは意味がないんじゃないかと僕は思うんです。まあ北風的編集のほうが成功とされやすい気もするけど。

柴山:僕は、見守るというか、中腰で待っているかんじです。北風っぽくはないかなあ。

佐渡島:ただ太陽的編集行為って傍目にはわかりにくいし、時間もかかる。子育てと似てますね。子どもは親が待ってくれていることになかなか気づかなくて、それに気がつくのは自分自身が子どもを持ったときだという。

柴山:たしかに、子育てと通じるものはあるかもしれませんね。著者の力を信じる、みたいな感覚は強いです。

佐渡島:でも編集にしても子育てにしても、待っていることに相手が気づいてくれるだけで、じゅうぶん「太陽」になれるんじゃないかと思うんです。今は北風よりも太陽的な編集者になりたいかな。

つまるところ、編集者は何のために本をつくっているのか!?

佐渡島庸平さん、柴山浩紀さん

柴山:編集者の目指すところって色々ありますよね。本を買ってもらうこととか、著者のファンになってもらうこととか、会社の利益を上げることとか。佐渡島さんにとっては何でしょうか?

佐渡島:僕――コルクの目標は、「物語の力で、一人一人の世界を変える」ことなんです。本を入り口に、その作品のファンコミュニティのなかで、読者の人生をよりよく変えていく手助けをする。そうすることで、徐々に社会を変えていきたいという。たとえば『宇宙兄弟』のなかの台詞「ちょっとだけ無理なことに挑戦してこーぜ」をふとしたときに思い出して、挑戦しようという気持ちになってくれたらと。自分の意志で頑張り続けるのって難しいけど、そんなふうに好きな物語を助けにしたら可能になるかもしれないじゃないですか。読者がそんな気持ちを起こしやすい場と、ストーリーを差し出していく。それがたぶん僕の「編集者として目指すところ」です。

柴山:ストーリーを提供することなんですね。僕は逆というか、書き手から出てくるストーリーに興味があって。たとえば『当事者は嘘をつく』(小松原織香/筑摩書房)という本で、小松原さんが自分自身の体験について、あれはどういう話だったのだろうと自問しながらストーリー化していくのですが、そうやってひとが何かを語るところに興味を惹かれるというか。佐渡島さんのように、物語の力で読者の世界を変える発想は、あまりなかったです。ちょっとびっくりしました。

佐渡島:いる場所と時期の違いだけかもしれないと思うけどな。柴山さんが今後、場を変えたらどうなるんだろう。僕は「この人は並行宇宙にいる自分なんじゃないか?」なんて思うほど、勝手に親近感を抱いていたんです(笑)。違う仕事のように見えて、かなり似ているんじゃないかな。これからもますますの活躍を期待しています!

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
講談社を経てクリエイターのエージェント会社コルクを創業。作品編集・著作権管理・ファンコミュニティの運営などを行う。コルクスタジオで、新人作家たちと縦スクロールマンガの制作に挑戦中。

柴山浩紀(しばやま・ひろき)
太田出版を経て2017年に筑摩書房に入社。最近の編集担当作に朴沙羅『ヘルシンキ 生活の練習』、東畑開人『聞く技術 聞いてもらう技術』。岸政彦『東京の生活史』に続く『大阪の生活史』を現在準備中。