自殺志願者たちが赤ちゃん誘拐犯に!? 炎上騒動を逆手に取った逆転サスペンス!『四日間家族』川瀬七緒インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/7

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年4月号からの転載になります。

川瀬七緒さん

 「これは、悪意を使って悪党を倒す話なんです」
 川瀬さんの言葉どおり、『四日間家族』に登場する4人は到底善人とは言いがたい。主人公の夏美は、町おこしにかこつけて田舎町に入り込み、地域の男たちをたぶらかすサークルクラッシャー。あちこちで恨みを買い、今やヤクザに追われる身だ。長谷部は、骨の髄まで男尊女卑が染みついた60歳。経営していた町工場が潰れ、借金まみれになっている。スナックを営む千代子は、強欲な老女。コロナ禍でもこっそり店を開け、常連の老人たちを感染死させたとして遺族から賠償金を求められている。高校生の陸斗は、何も語ろうとしないが、生意気でつかみどころがない。そんな4人がネットで知り合い、集団自殺を企てるところから物語は一気に加速していく。

取材・文=野本由起 撮影=冨永智子

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「彼らは悪人とまでは言えないものの、不愉快な人たち(笑)。年齢はバラバラですが、社会に馴染めず生きづらさを抱え、他人に本心を触らせない人たちの集まりです。特に夏美なんて、人を陥れることに喜びを感じる嫌なタイプ。とにかく自分が中心でなければ安心感を得られないという、承認欲求を超えた何かを抱えています。やり直そうと思えば他所の土地でしれっと新しい生活を始められそうですが、それができないような精神状態に追い込まれている。この4人の中では、一番深刻な状況かもしれません。とにかく最初はいざこざばかりで相性も最悪な4人ですが、そこから信頼関係を築くまでを急激ではなくじわじわ書きたいと思いました」

 そのトリガーとなるのが、赤ちゃんだ。死に場所を探して車で山奥に向かった4人は、電話で何者かの指示を受け、真っ暗な山道を登る女の姿を目撃する。女が立ち去ったあと、森からはか細い声が。そう、女は何らかの組織に命じられ、山に赤ちゃんを捨てに来たのである。4人は赤ちゃんを見捨てることができず、一時的に保護しようと考える。

「とはいえ、彼らは弱いものを救おうという正義感から赤ちゃんを助けたわけではありません。赤ちゃんはとにかく無垢で、自分を映す鏡のようなもの。自分が生きてきた道のりを否応なく振り返らせる存在です。もう死ぬしかないというところまで追い詰められていた4人がそんな無垢な存在と対峙したのですから、最初は赤ちゃんをだしにして何とか窮状を抜け出したいという利己的な思いもあったでしょう。発端は自分が救われたいという気持ちでしたが、赤ちゃんを保護して4人で行動する中で、自分自身が満たされ、もう一度生き直すチャンスをつかんでいくんです」

悪知恵でネット民を味方にし悪の組織を退治する

 しかし、赤ちゃんを保護して間もなく、1本の動画により4人の運命は急転する。赤ちゃんの母親を名乗る女が動画をネットに投稿し、「赤ちゃんを森に捨てたが、後悔して連れ戻しに行った。しかし、ハイエースに乗った人たちが子どもを連れ去ってしまった」と虚偽の告白をしたのだ。おそらく事件の背後にいる組織のしわざだろう。このままでは誘拐犯にされてしまうため、夏美たちは赤ちゃんを警察に届けるべきか頭を悩ませることになる。

「確かに赤ちゃんが捨てられていたら、警察に届けるのが常識的な行動です。でも、ここで警察に引き渡せば、赤ちゃんはまた組織の元に戻され、死が確定してしまいます。今まで普通の生き方をしてこなかったからこそ、夏美には物事の裏側がわかるんですよね。こうした機転が、物語の駆動力になっています」

 動画は一気に拡散され、夏美たちは義憤に駆られた一般市民から追い回されるはめに。夏美たちは正義の鉄槌を振りかざす人々から逃れつつ、赤ちゃんを捨てた組織を突き止めようと知略を巡らせていく。

「ネットでひとたび炎上すると、あとはどうあがいても燃え広がるだけ。大勢から『こいつは叩いてもいい』という認定を受けてしまったら、もう歯止めが効きません。よってたかってターゲットを追い込むのは、もはや娯楽のひとつです。それに対し、夏美たちは得意の悪知恵で形勢を逆転させ、ネット越しの不特定多数の力を利用して反撃します。相手は悪党とはいえ、どうすれば人を陥れる過程を清々しく書けるか悩みました(笑)」

 ネットでは、一度“悪”だと認定した相手を徹底的に叩き潰す傾向がある。ターゲットの個人情報を特定し、ネットに晒して悦に入る。その裏側には、どんな思いがあるのだろう。

「ネットでは、多くの人にとって関心のある情報を投下した人が“神”のように扱われますよね。人は誰しも、自分が認められることを無意識に渇望しています。ネット炎上に加担するのは、そういった承認欲求が働くからではないでしょうか」

自分を認める存在がいれば生き方も変わるはず

 ネットの向こう側にいる人々を時に敵に回し、時に味方につけながら、4人は徐々に組織に近づいていく。その過程で、彼らの心にも少しずつ変化が生じはじめる。

「自殺を考えていた頃の4人は、自分が何によって満たされるのかわかっていませんでした。例えば千代子には1億円を超える貯金がありましたが、だからと言って幸せではなくどこか満たされない。それが生きづらさにつながっていたんです。でも、今まで接点がなかったような人間と関わったことは、この先の人生にプラスに働くはず。本質は変わらないけれど、少なくともものの見方は変わるんじゃないでしょうか。何か行動を起こす時に『夏美だったらどうするだろう』と、一歩引いた視点を持てるようになるかもしれません」

『四日間家族』というタイトルどおり、共に過ごした時間は短くても、赤ちゃんを救う過程で4人は疑似家族のような関係を築いていく。そもそも川瀬さんは、“家族”とはどんな関係だと捉えているのだろう。

「安心できる場所を提供してくれる人たちが家族だと思っています。ですが、誰もが家族に恵まれるとは限りません。今は“親ガチャ”という言葉もありますが、生育環境が生きづらさにつながり、傍から見ると『なんでこんなことをするんだろう』という行動原理に結びつくことも。この4人も、きっと『自分はここにいていいんだ』と承認を与えてくれる人が家にはいなかったんでしょう。そんな彼らが、4日間を過ごす中で、互いを認め合う家族のようなチームになっていったのだと思います」

 夏美たち4人も、ネットで正義を振りかざす人も、根底では「他者から認められたい」という承認欲求を抱えている。SNSの普及によって誰もが手軽に注目を集められるようになったからこそ、承認欲求との付き合い方もますます難しくなっているのではないだろうか。

「承認欲求は誰にでもありますが、人によって強弱が激しすぎると常々思っていました。とにかくあらゆる面で承認されたい人もいれば、一部で満足する人もいる。女性の場合、若さで承認欲求を満たしていると、年齢を重ねるにつれ行き詰まってしまいますよね。夏美なんてまさにそう。若い頃はサークルクラッシャーとして各地を渡り歩いてきましたが、それができなくなるともう潰しが効かない。自分には何もないと思い知り、先行きは真っ暗です。手っ取り早く承認欲求を満たすなら、SNSでかわいい写真をアップすればいいですが、それも長くは続きませんし、本当に難しい問題だと思います。ただ、この4人の場合、自分を絶対的に認めてくれる存在ができました。そういった人や場所を得ることで、自分の芯ができるように思います」

川瀬七緒
かわせ・ななお●1970年、福島県生まれ。2011年『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。『ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』が第75回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門候補作となる。「法医昆虫学捜査官」シリーズの他、『革命テーラー』『クローゼットファイル』など著作多数。

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