人生は、“ひとり旅”の時間でもっと豊かになっていく。『50歳からのごきげんひとり旅』山脇りこさんインタビュー

暮らし

公開日:2023/5/22

 人生の折り返しを迎える50代。なんかちょっと人生に疲れちゃった……という方は、もしかしたら「ひとり旅」に出ると思いっきりリフレッシュできるかもしれない。このほど登場した『50歳からのごきげんひとり旅(だいわ文庫)』(大和書房)は、そんなひとり旅の魅力を等身大で伝え、「初めてでも大丈夫!」とやさしく背中を押してくれる一冊。著者である料理研究家の山脇りこさんに、50歳からはじめる「ひとり旅」の魅力をうかがった。

山脇りこさん

山脇りこ
料理家。テレビ、新聞、雑誌、WEBなどで和食をべースにした季節感のある家庭料理を紹介している。⻑崎市の観光旅館に生まれ、山海の幸 に囲まれて育つ。子どもの頃から食いしん坊で、旅好き、列車好き、宿好き。国内外の市場や生産者をめぐり、食べて作る旅を最上の愉しみとしている。『明日から、料理上手』(小学館)、『食べて笑って歩いて好きになる大人のごほうび台湾』『いとしの自家製』(ぴあ)など著書多数。旅・食・生産者をテーマに取材・執筆も行う。本書は初めての旅エッセイ。

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気分は「はじめてのおつかい」

――本、とても楽しく読みました。読者の反響もいいそうですね。

 こんなに反響があるのに正直びっくりしています。自分でも「楽しぃー! よかったー!」みたいなことだけを書いたので、読者のみなさんから「読んでいて楽しかった!」と言っていただけるのがすごくうれしい。タイトルに「50歳からの」っていれていますけど、私も50歳になるというときによく自己啓発本みたいなのを読んだりしたんですね。でも読んでいる間は楽しくなくて……読んでいるその瞬間が楽しいほうがいいと思って書いたので、それが伝わってすごくうれしいです。

飛行機からの景色
飛行機からの景色

――楽しくなかったのは、どこか「教えられる感」があったからでしょうか?

 どうなんだろう。私じゃない人、しかもスゴい方が書いてる本で、あんまり「そこを目指さなきゃ」みたいに思うとだんだん凹んできちゃったんですよね。それで読まなくなって、結果的に小説とか楽しい本、面白い本に戻ったというのがありましたから。

――50歳になる頃って、なんか迷子になりますよね。似合う服がなくなるとか。

 そう! いろいろなんか、すべてが沈んでいくというか。体もだんだん下垂していきますからね。

――そんな中で見つけたのが「ひとり旅」の喜び。「ひとり旅」をするようになって一番変わったのは何でしょうか?

 へんな言い方ですけど「ひとり旅ができるようになった」ってことですね。ひとり旅が「できない」ということで落ち着いていたのを、「できる」になったという。めちゃくちゃささやかな自信みたいなものが生まれました。小さな子どもじゃないですが、なんだかテレビの「はじめてのおつかい」みたいな気分で。

長崎の叔父や叔母が眠る菩提寺
長崎の叔父や叔母が眠る菩提寺

長崎・愛する饅頭屋さん、3月に登場する桃饅頭
長崎・愛する饅頭屋さん、3月に登場する桃饅頭

――そういう能力ってかつてはあったはずのものなのに、わからなくなってしまっていたみたいな……。

 そうだと思います。読者からの感想に「お母さん、旅の計画たてなよ」っていざ家族から言われたら、急にできなくなっていたというのがあって。やっぱりブランクになってるんですよね。長く自分を最優先にしてなかった結果、そうなってしまっている。「自分のためにやる」とか「自分でなんでも決める」とか、そういうのがなくなってしまうんですよね。

――確かに50歳くらいまではパートナーだったり子どもだったり「誰かのため」に生きることになりがちですよね。「旅」というのは、それを自分軸に強制的に戻す力を持ってるわけですね。

 そうですね。やっぱり仕事が休みで家にいてもなんかやっちゃうじゃないですか。ちょっとした片付けとか、お昼ご飯作ったりとか……そういうのを全部やめようと思ったら、「旅」に出るしかないんですよね。しかも家族と行くとまたそこでも、洗濯物こっちにいれてくれとか旅行の準備とかいろいろやらなきゃならなくて。そういうのを全部なしでまるっと休むにはひとりで行くしかないわけです。それでやっと「久しぶりに完全に休んだな」みたいになる。

特急ひだ
特急ひだ

――“家族へのうしろめたさ”みたいなものが、なかなか抜けない人もいそうです。

 私も結婚してからの旅行はずっと夫とばかりで、10年目に初めて友達とソウルに行ったことがあったんです。私が九州人だからかもしれないですが、そのときは「夫を置いて妻がひとりで旅行に行っていいのかな?」ってずっと気になって……。でも行ってみたら楽しかったし、夫も全然気にしてなかったんです。そのあと母の具合が悪くなって実家の長崎に帰らなければならなくなったんですが、そのときも私には「夫を1週間置いていくこと」にうしろめたさみたいなのがあったのに、やっぱり気にしていたのは私だけでした。なので、そういうのを繰り返すうちに慣れていった感じですね。たぶん昔の私と同じような感覚を持つ方というのはいると思いますが、そういう方こそ思い切って1日でもひとり旅してみると変わるかもしれない。きっと自分が気にしているほど家族は気にしていないと思いますよ。ちなみにうちの場合、最近はカレーさえ作っておけば大丈夫です!

ビビりでいい。旅慣れしなくていい

――本にはたくさんの旅の記録がありますが、最初はどちらにひとり旅されたんですか?

 実家から戻るときに京都に一泊したのが初めてですね。なんか東京の仕事に戻る前に気持ちを切り替えたくって行ったんですが、結局京都をぐるぐる回ったけれど、夜ご飯のお店には入れずに寂しく宿に帰る感じでした。何回も京都には行っていたくせに本当にビビりで……そのときのことはめちゃくちゃよく覚えてます。

京都
京都

京都「志る幸」。一人でも入りやすい老舗
京都「志る幸」。一人でも入りやすい老舗(下記も同じく)

京都「志る幸」。一人でも入りやすい老舗

――ひとりご飯はどのくらいで大丈夫になりましたか?

 だんだん慣れてきている感じですが、今でもダメなときはよくありますよ。私はいつも目星をつけた店にまず行ってみて、まわりを3周くらいしてみて、それで入れそうだったら入るようにしてるんですけど、「ああ、やっぱり無理」と思ったらあきらめて帰ります(笑)。パリではそもそも2人じゃないとレストランの予約自体できない店が多いので、そこをポジティブにとらえて、デパ地下三昧しました。誰かと一緒だとデパ地下のお惣菜を買ってホテルで食べるってなかなかできないので。

パリのキッチン道具屋さん
パリのキッチン道具屋さん

パリ地下鉄、ひとりだったけどいろいろあって撮ってもらった貴重な1枚
パリ地下鉄、ひとりだったけどいろいろあって撮ってもらった貴重な1枚

――そういう感覚、なんかすごく安心します。

 すごくビビりなんですが、それは何回旅をしても全然克服されてません。本にも書きましたけど、用心のために今も靴に20ドルいれてますからね(笑)。でも、旅をする上では一生ビビりでもいいんじゃないかとも思うんです。負け犬の遠吠えじゃないですけど、私は旅慣れた人になりたいわけじゃないんですよね。最大のミッションは「安全に帰ってくること」なんで、旅慣れしないほうがむしろいいんじゃないかと開き直ってます。やっぱり家族を置いていくわけだし、仮に自分ひとりだとしても、無事に帰ってこないと楽しくない旅になっちゃいますから。

――本にはビビりだからこその持ち物リストからグーグルマップの賢い使い方、おすすめのお店情報とかいろいろあって、若い世代にも参考になる人がいそうです。

 私はビビりだし、バックパッカーだったこともないし、旅の達人でもないし、そんなんで旅の本を書いていいのかって最初は思ったんですけど、編集の方から「むしろそこを書いてください」って言われて。「それでいいんだー」って、割と素直にそのあたりを書きました。最初は「泊まれない」と思ったら日帰りでもいいと思います。自分が楽しいのが大事なのであまり無理なことに挑戦しなくていいんです。いわゆる旅行みたいにしなくても、まるっと休んでみる。まずはできる、楽しめるところからでいいんじゃないかな。

バンコクのナイトマーケット
バンコクのナイトマーケット

バンコクにての一枚。ひとりなのでこうなる
バンコクにての一枚。ひとりなのでこうなる

「ごめんねー」って後まわしにして大丈夫!

――とはいえ50歳にもなると、介護や病気など、なかなか行けない事情も出てきたりしますよね。

 そうなんですよ! 突然やってくるので、だからこそできるうちにやっておかないと、いつ行けなくなるかわからなくなっちゃうので、ぽかっと1日とか2日休みとかできたら行くみたいなこともあります。「時間ができたらまずこの部屋を片付けなきゃ」とか思っている方もいると思いますけど、家が片付いてなくても死なないですから。「ごめんねー」って後まわしにしてリフレッシュしに行ってもいいんじゃないですかね。

――「ごめんねー」って言える余裕も年の功かもしれませんね。

 私も母から「家をちゃんとしなければ」と言われて育ったので、ずっと家のことを後回しにはできなかったんです。でもこの数年、周囲が本当に病気になったりするのを見て身につまされたというか……旅行はいつでもできると思ってたんですけど、そうでもない。だから「もうちょっと落ち着いたら行こう」と思うのは、やめました。

――何事も「今」が大事ですね!

 そうそう。そういう年になりました。そして自分を後まわしにしないで最優先にしたほうが、結果的に家族も幸せになると感じています。家でイライラしてるのが一番ダメで、それだと家族もかわいそうだし、仕事だってきげんよくできなくなったり。本にも書きましたが、50代って、鬱々としたり、きげんが悪くなってしまうことが増えるんですよね。だからこそ、自分がごきげんでいることがなにより大事で、それを最優先にしたほうがうまくいくと気がつきました。それに若い時の旅にはキャリアのためとか、新しいことを覚えるとか、運命的な出会いとか、いろんなことを求めたかもしれませんが、今はそういう期待はゼロ、いらないんです。ずーっとおまんじゅう作ってるおばあちゃんを見て、「ああ、いろんな人生があるな、いいな」ってやさしい気持ちになったりする、ただそれだけでいいんです。

台湾・包仔的店
台湾・包仔的店

台北で出会ったチマキ
台北で出会ったチマキ

台北で料理教室へ
台北で料理教室へ

――もしひとり旅に行ってなかったら、今の自分とだいぶ違っていたと思いますか?

 どうなんだろう。夫との旅も楽しいのでそこまで変わったかはわからないけど、ただどのみち行ってたような気がします。ひとりで映画に行くとか美術館に行くとか、そういう「ひとりでやること」の延長線上にあるのが旅だと思うので。最近の旅では誰とも知り合わなくていいと思っているので、気がついたら朝から誰とも話してないこともありますけど、それもまたいいんです。この本にはそのとき考えたことなんかもいろいろ書きました、そういう「ひとりで考える」時間も心地よいです。

――余白の多い旅が面白くなってくる年頃かもしれませんね。

 そう、それがいいんですよね、無欲で。もうスタンプラリーみたいに観光地まわったりしないですから(笑)。気持ちに余裕もあるので、塩対応のお店や人に会うと「この人を最後までに笑わせたいな」と思って、そんなゲームをひとりでやったりしています(笑)。本に「50代は旅の最高の適齢期」って書きましたけど、ホントにあらゆる面でひとり旅に向いてる年頃だと思うんです。危ないこともわかるし、いざとなったら走って逃げられる体力もあるし、使っていいお金の限度額もわかるし、いろんなことが適切なんです。

パリ・クリニャンクールでお買い物したお店のムッシュと
パリ・クリニャンクールでお買い物したお店のムッシュと

――お話ししていたら、早速私もどこかに行きたくなってきました!

 よかった! この本で自分のための旅は自由でいいんだって感じてもらえたらうれしいです。そこから近所でもいいし、どこかちょっと離れたところ、非日常に自分を置いてみたらなにか変わるかもしれなくて。自分を後まわしにするのをやめたら楽しくなったし、わがままって思わなくても大丈夫だし、帰ってきたら自分の機嫌がよくなっていて、たとえ持続期間が1日でも、相方にも優しくなれますし。それが結果的にみんなを幸せにするかもしれない。だからお気楽に、ひとり旅してみましょうよー、って思います。

パリ・オルセーでの朝ランで見た景色
パリ・オルセーでの朝ランで見た景色

文=荒井理恵