吉澤嘉代子「恋する気持ちを抽出したかった」作品と向き合い続けた1年で得たもの。映画『アイスクリームフィーバー』主題歌「氷菓子」インタビュー

エンタメ

公開日:2023/7/11

吉澤嘉代子さん

 芥川賞作家・川上未映子さんの短編小説「アイスクリーム熱」(講談社文庫『愛の夢とか』収録)を原案にした映画『アイスクリームフィーバー』が7月14日より全国ロードショーされる。わずか10頁ほどの短編をもとに、4人の女性たちの思いと人生が交錯する新感覚のラブストーリーとなった映画とはどんな世界なのだろう。このほど映画公開に先駆けて吉澤嘉代子さんによる主題歌「氷菓子」が2023年7月12日にリリースされる。主題歌にどんな思いを込めたのか、吉澤さんにお話をうかがった。

取材・文=荒井理恵 撮影=水津惣一郎

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「あ、私の曲だ!」一番いいシーンで流れた「氷菓子」

――完成した映画をご覧になっていかがでしたか?

吉澤嘉代子(以下、吉澤):自分の曲を劇中の一番いいシーンで使っていただけたのがうれしくて。映画を壊してしまったらどうしようと不安だったんですが、自分でも「いいシーンだなー」って思えました。ただ試写会で緊張しすぎてお腹が痛くなってしまったので、完全には見てないんです(笑)。途中で出て、また入って…「氷菓子」が流れるシーンには間に合ったんですけど、あせりました。

――自分の曲が流れたとき、どんな感じがしましたか?

吉澤:イントロで「あ、聞いたことがある!」って思って、「あ、私の曲だ!」みたいな(笑)。ラジオでもテレビでもそうなんですが、自分の曲を何かを通して見聞きする衝撃っていつもあるんです。手を離れた感じというか。

――映画の世界はだいぶ原作と違うようですね。

吉澤:数年前に千原徹也監督から川上未映子さんの「アイスクリーム熱」を映画にしたいんだよねというのは聞いていて。正式なオファーとかじゃなくて、そういう夢があるというのを聞かせてもらいました。それですぐに本を手に入れて読みました。映画って100分くらいの長さになりますけど、ほんとに数ページの短編だったので「ここからどう映画にするのかな?」とずっと思っていました。

――川上未映子さんの「アイスクリーム熱」にはどんな感想を持ちましたか?

吉澤:書かれていないことがいっぱいある、余白を感じる物語でしたね。主人公が好きな人とふたりで過ごした夜から朝にかけて何があったかは書かれてなくて、自分で想像して楽しめて、でもぎゅーっと切なくなる。少しだけすれ違っただけの出会いでしたけど、それはそれで忘れられない恋になるんだろうな、と。

自分の全身を投じて曲に寄り添いたい

吉澤嘉代子さん

――主題歌を担当することになって、どんな曲を作ってほしいなどの要望はあったのでしょうか?

吉澤:フェイ・ウォンの「夢中人」(ウォン・カーウァイ監督の映画『恋する惑星』の挿入歌)みたいな疾走感のある曲がいいっていうのはあったんですが、どんなふうにしてほしいとか具体的なことがあったわけではなくて。なので小説の「アイスクリーム熱」を何度も読み返して、脚本も繰り返し読んで……。今回の映画は千原監督にとって初監督作品なんですが、これまで監督にはミュージックビデオとかアートワークでずっとお世話になってきたので、監督へのプレゼントのつもりで書こうと思って、監督の書かれた本もひたすら読みました。

――歌詞が先に生まれたのですか?

吉澤:そうですね。いつも作るときは大体、タイトル、歌詞、メロディの順が多いんですが、今回は「あれから何時も舌を火傷してるみたい」っていうフレーズから作っていきました。自分の中に「アイスクリームっていうのはなんだ?」という思いがあったので、1日に2、3回アイスクリームを食べて、「アイスクリームを食べたい気持ち」を探ったりもしました。もともと甘いものはそんなに好きじゃなかったんですけど、だんだん糖質依存みたいになって、「朝起きたらアイスクリーム食べないといけない」体になってしまって…。朝一のアイスが一番おいしいんですよ。脳にビリビリくる感じなんです。

――糖質爆上がりな感じなんですね!

吉澤:まさにそれです! そんなふうにして、「アイスクリーム熱」ってタイトルもそうですけど、「冷たさの中にある熱さ」っていうのを理解していきました。

――体で理解したんですね! けっこう時間がかかったのでは?

吉澤:そうですね、けっこうかかっちゃいました。その間、ずっと映画のこととか物語のこととか、監督のこととかを考えてました。

――いつも時間をかけて作られるのですか?

吉澤:うーん、どうだろう。締め切りがないと終わらない感じで、ギリギリまで直してしまうほうなので。ただいつも「自分の全身を投じて曲に寄り添いたい」という思いがあるので、本気で作らないと作れないんです。だから勝手に自分で追い詰められた状態になってしまって。

――いつもは吉澤さんの歌はどういうところから生まれてくるのでしょう。伝えたいメッセージ、あるいはキーワードなどがあるのでしょうか?

吉澤:自分自身が何かを伝えたいっていうのはまったくないんですけど、ただその曲の主人公の一番の味方というか、その主人公自身になりたいっていう気持ちがすごく強いので、その情景とか、心情というのを、どこまで切り取れるか、作り手としての欲望に導かれている感じです。

――まるで小説を書くようですね。そこにメロディがのって歌になる、と。

吉澤:言葉が生まれると、メロディはついてくることが多いですね。言葉にひっぱられてついてくる。

――普段、歌詞はどんなふうに書いていくんですか?

吉澤:机に向かってノートを広げて絵とか図とか書きながらです。「どんな子かな」って主人公像を描いたり、自分でよくわかんなくなってきちゃうんで「これは対比だ」とか図にしたりして。必ず活字で確認したいんでパソコンも開きます。

――吉澤さんの曲を聴いていると、すごく具体的に登場人物が浮かんでくるのは、そういう作り方にも秘密がありそうですね。

吉澤:ありがとうございます(笑)。

「恋をする」という気持ちを抽出したかった

吉澤嘉代子さん

――吉澤さんの作品には自分自身ってどのぐらい投影されているんでしょう。たとえば今回の「氷菓子」はいかがですか?

吉澤:最終的には、様々な登場人物から誰かに向けた矢印が交差しあっているという関係図ができていたんですね。「じゃあ、誰の気持ちを書こう」って考えたときに、やっぱり監督へのプレゼントという思いがあり、監督を思い浮かべて書くことにしました。なので自分というのはゼロといえばゼロですし、自分が書いてるので100といえば100というか…。

――てっきり主人公の彼女の視点なのかと…。

吉澤:「恋をする」という気持ちを抽出できたらと思ってみんなの矢印をかき集めて作ったので、「この人の話」というのはないんです。ただ、ひとりの部屋でひたむきに「編む」姿が浮かんできて。たとえば私だったら歌だし、アートディレクターならデザインを「編む」わけですけど、作っているものが届かなくても、作っていることが報われなくても、それでも編み続けることを大切にしたいと思いました。

――「僕は魔法使いじゃない」っていうフレーズも印象的です。ちょっと唐突な感じもありますが。

吉澤:監督めがけて書いているので唐突さがあるのかもしれません。これって監督の言葉なんですよ。監督が大好きな桑田佳祐さんの「がらくた」ってアルバムのジャケットを手掛けられたことがあって、そこから「宝もの=がらくた」っていうのも生まれました。

 実は以前、監督と対談をさせていただいたときに、「千原監督ってどんな人ですか?」って質問されて「魔法使いみたいな人です」って答えたことがあったんですね。自分のビジュアルをさまざまなものを変化させてお客様に届けてくださるのでそう思ったんですけど、監督の本には「僕は魔法使いなんかじゃない」って唐突に書かれていて、「ああ、あのときの答えだな」って。いつも飄々としていて、鉄人みたいに仕事をしてる方なんですけど、「すごく人間なんだ!」ってハッとして、歌に入れたいと思ったんです。

――監督には曲についてなんて言われましたか?

吉澤:ちょうど監督が静岡に行かれている帰りのタイミングに届いたみたいで、「ちょうどサービスエリアで聞きました」って泣きながら電話をくれました。うれしいって喜んでくれたのでよかったです。

――ちなみに映画にも出てらっしゃいますよね。

吉澤:一瞬、あ、二瞬(笑)。「私も出たーい」って出してもらいました。すごく簡単に終わって「映画ってこんなにすぐなんだ」って思ったら、主役の吉岡里帆ちゃんが「こんなにすぐ終わんないよ、この現場は早かった」って言ってました。

――監督も演者も親しい方たちなので作品への愛着もなおさらですね。公開が楽しみです。

吉澤:なんというか「みんなの夢」のような感じでした。里帆ちゃん主演作で曲を書くのも夢でしたし、千原監督と映画を作るのも夢でした。そういう場をいただけてほんとに幸せだと思っています。なんだか不思議な気持ちですね。

ヘアメイク:扇本尚幸 スタイリング:田中大資

▼プロフィール
吉澤嘉代子
1990年6月4日生まれ。埼玉県川口鋳物工場街育ち。2014年デビュー。2017年にバカリズム作ドラマ「架空OL日記」の主題歌「月曜日戦争」を書き下ろす。2ndシングル「残ってる」がロングヒット。2021年1月にテレビ東京ほかドラマParavi「おじさまと猫」オープニングテーマ「刺繍」を配信リリースし、3月に5thアルバム『赤星青星』をリリース。同年6月には日比谷野外音楽堂での単独公演を開催。9月に初のライヴブルーレイ「吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂」をリリース。2023年7月14日公開の映画『アイスクリームフィーバー』主題歌に書き下ろし曲「氷菓子」が決定。7月12日にリリース。