『ジョジョの奇妙な冒険』を小説で読む!『クレイジーDの悪霊的失恋 ─ジョジョの奇妙な冒険より─』上遠野浩平インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/6

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年8月号からの転載になります。

 その破格のオリジナリティゆえに、無限の想像力を掻き立てる「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズ。先月発売された上遠野浩平さんによる『クレイジーDの悪霊的失恋─ジョジョの奇妙な冒険より-』をはじめ、これまで多くのノベライズ作品が生み出されている。上遠野さんのインタビューを交え、「ジョジョ」の世界とノベライズの魅力を掘り下げる。

取材・文:松井美緒

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本編と小説が補完し合う半永久的世界観

『ジョジョの奇妙な冒険』は、第1部から現在『ウルトラジャンプ』で連載中の第9部「The JOJOLands」に至るまで、読む者の想像力を掻き立ててやまない。キャラクターたちには、きっとまだまだ私たちの知らない物語があるはず。その渇望に応えてくれるのが、ノベライズ作品の数々だ。1993年に出版された第3部のスピンオフ『ジョジョの奇妙な冒険』(山口宏、関島眞頼)が第1作であり、現在まで「岸辺露伴」小説シリーズを含め11作(映画ノベライズ以外)が発売されている。

 ノベライズには、上遠野浩平、乙一、西尾維新(『JOJOʼS BIZARRE ADVENTURE OVER HEAVEN』)、舞城王太郎(『JORGE JOESTAR』)といった大ヒット作家が参加。第4部に登場する杜王町の人気漫画家・岸辺露伴を主人公に、荒木飛呂彦自身が描いた「岸辺露伴は動かない」シリーズを原作とする短編小説集も話題を呼んでいる。

 いずれの小説作品も「ジョジョ」本編へのリスペクトはもちろん、それぞれの作家性が表れているのが魅力だろう。「ジョジョ」の世界をどう解釈し、新たな物語に昇華させるのか。小説と本編が互いに補完し合う化学反応がそこにはあり、私たち読者は半永久的に物語を楽しむことができるのである。

ノベライズ作品をpick up!

【最新刊】ホル・ホースと仗助が出会う第3部と第4部の狭間の物語

第4部後の杜王町に起こった“本”を巡る殺人事件

ジョルノたちと決別したフーゴの終わらない物語

杜王町の漫画家・露伴が奇妙な事件の数々に遭遇

幸福の箱、シンメトリーの謎 露伴が追う4つの怪異

毎年6月に住人が蒸発!? 紐解かれる3つの奇譚

スピンオフマンガも発売中!

上遠野浩平インタビュー

「なんとなくみんながうっすら失恋している。失恋的小説だと思いながら書いていました」

 上遠野さんは、6月に上梓したばかりの『クレイジーDの悪霊的失恋─ジョジョの奇妙な冒険より─』について、こう語る。

「第3部のエピローグ」と上遠野さんが位置付けるこの小説の主人公は、自称「世界一女に優しい男」、ホル・ホース。第3部においてDIOの支配下にあるスタンド使いだった彼は、空条承太郎らと戦い、敗れていた。10年後、かつてコンビを組んだボインゴを連れてM県S市へと向かい、そこで第4部の主人公・東方仗助と出会うのである。

「第3部では、承太郎らに倒されたキャラクターたちの多くが、死ぬのではなく“リタイア”という形になっています。“リタイア”した彼らは、その後どうなったのか。一度挫折した者は、その挫折をどうやって抱えて生きていけばいいのか」

 もう1人のメインキャラクターは花京院涼子。「ジョジョ」本編には登場しない上遠野さんオリジナルの人物である。第3部屈指の人気キャラクター・花京院典明の従妹であり、DIOとの戦いで死んだ典明をいつまでも忘れることができない。

「ヒーローたちは自己実現して物語から消えていく。彼らはそれで満足かもしれません。でも、彼らに置いていかれた者たちは途方に暮れてしまう。残された者たちはどうすればいいのか? それが、この小説に通底する一つのテーマです」

東方仗助は“助ける”ヒーロー

 たくさんの第3部のキャラクターの中から、上遠野さんはなぜホル・ホースを主人公に選んだのか。

「もちろん僕自身が好きだからですが、加えて仗助といいコンビになるのではないかと思いました。2人ともちゃらんぽらんな性格だから(笑)」

「ほぼ漫才」と上遠野さんが言う通り、出会った瞬間からホル・ホースと仗助の会話は、噛み合っているのかいないのか、とにかく思わず笑ってしまう。

「ただこの小説の描写では、ホル・ホースより仗助のほうが明らかにヘンなやつです(笑)。ホル・ホースはむしろツッコミ役」

 というのも、そもそも「ジョジョ」本編の仗助が、空条承太郎の言葉にあるように「わけのわからん性格」の持ち主なのである。象徴的なのは第4部の最初、仗助と承太郎が殺人鬼アンジェロから彼のスタンドのルーツを聞くシーン。承太郎は信じるが、仗助は“ホラ話”と一蹴する。

「仗助は“謎”に興味がない。第4部では一貫してそう描かれています。彼はどこかで壁を作っているように思います。ここからは自分の感性として受け入れない、というように」

 仗助はただの主人公ではない。

「仗助は“ドラマ”を背負っていないんです。自分に起こった悲劇を悲劇と思わないというか、仕方がないことと割り切っています」

 でも、だからこそ仗助は強い。

「オーソドックスな少年マンガの展開ならば、主人公自身の“ドラマ”が終われば、そこで主人公も退場なんです。でも「ジョジョ」第4部では、ドラマを背負った別の登場人物を、仗助がいつも助けに行く。そういう意味で、仗助はずっとヒーローであり続ける。名前に『助』が入っている通り、彼は“助けるヒーロー”なんです」

呪いから自由になろうとする者たちへの“人間讃歌”

『クレイジーDの悪霊的失恋』において仗助が助けるのは、ホル・ホースであり花京院涼子だ。

「DIOの呪いをどう解けばいいのか、足掻く者たち」と上遠野さんは言う。例えばホル・ホースは、小説の中でも回想しているが、一度DIOを殺そうとする。しかし彼の圧倒的な力の前に、なす術もない。

「ホル・ホースは元来、自分の心の中の自由が一番大切な人間です。でもDIOを殺せなかったときに、その自由と自分自身を見失ってしまった。小説ではそう解釈しています」

 DIOは承太郎らに敗れ消滅したのだから、その支配はもう存在しないはず。なのにホル・ホースは、S市でDIOの声を聞いてしまう。

「DIOの因縁と呪いがずっと続いている。直接的、間接的に彼に関わった人々に影響を及ぼし続ける。“人間をやめた者”が陥る邪悪とその呪い。影響を受けてしまった者は、そこからどう自由になるのか。これは、荒木飛呂彦先生が「ジョジョ」で一貫して描いてこられたテーマではないかと思います。だから「ジョジョ」は“人間讃歌”なのではないか。僕は個人的にそう考えていますし、僕自身、「ジョジョ」の核にあるこのテーマ性に深く共感します」

 小説には、花京院典明がなぜDIOに肉の芽(洗脳のため植えつけられるDIOの細胞)を埋められるに至ったのか、仗助と警察官の祖父・良平との関係など、ファン心を大いに刺激するエピソードの数々も登場。かつてDIOの支配下にあったジャン・ピエール・ポルナレフのその後も少しだけ描かれる。

「本編に描かれていない、とくに第3部の空白部分を埋めるような作業には燃えてしまいました」

 一方で、「マニアックな表現を避けたり、キャラクターを丁寧に説明したりと気を使った」と上遠野さんが言うように、「ジョジョ」を知らない読者にとっても確実に面白い。

 上遠野さんにとって、「ジョジョ」のノベライズとはどのようなものなのか。

「できるだけ本編に合わせながら、同時に本編から外れようという意識もあります。乱暴な言い方になりますが歴史小説に近いかもしれません。歴史上存在する人をどう解釈するか、というような」

 最後に、改めて「ジョジョ」の魅力を聞いた。

「常に変わり続けて同じことは二度と描かない。その進化には圧倒されます。先ほどお話しした“呪い”も、第7部では“運命”、第8部では“呪縛”というように変化している。第4部と第8部は杜王町が舞台ですが、視点が動かされている。前者の恐怖の対象が町の異物である殺人鬼・吉良吉影なのに対して、後者は一般の人々、群衆が怖いという描写になっている。荒木先生の世界の見方がより俯瞰的になっていると感じました。だから、今連載中の第9部『The JOJOLands』で先生が何を描かれるのか、まったく予測がつきません」

主な登場人物

上遠野浩平
かどの・こうへい●1968年、千葉県生まれ。98年に『ブギーポップは笑わない』でデビュー。同作のほか、主な作品に「製造人間」シリーズ、「しずるさん」シリーズなど。

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