がんばる姿は、だれかの応援になる。『エール!主人公なぼくら』 室賀理江さんインタビュー (文研出版)

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/11

ぼく、市橋大地は真面目で目立たない人間。それなのに、人気者の斉藤陽介から応援団に推薦され、うっかり引き受けてしまう。なんでぼく?と戸惑う気持ちを変えたのは、川べりを走る義足のランナー、モロハシさんの姿だった。

エール!主人公なぼくら

作:室賀 理江絵:ふるり

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(編集担当)インタビューにお答えいただきありがとうございます!『エール!主人公なぼくら』は2021年に原稿をいただいてから出版までおよそ2年かけた物語。当時弊社は作品投稿を受け付けていて(*現在停止中)、それをきっかけに原稿を送っていただき、当時受付係をしていた幸運な私が拝読することになりました。人物描写がとてもリアルで、自分を見る視点、他者を見る視点が交差していく展開がもうほんとうに面白い!ぐんぐん読んじゃいました!この物語はどうやって生まれてきたのでしょうか?

(室賀さん) まずはこの作品を好きになってくださって、そして完成までの日々を伴走してくださって、本当にありがとうございます! この物語の原型は、子ども向けの物語を書くようになって二か月程経った頃に書いています。娘を乗せたベビーカーを押して近所を歩いていたときに、映画のワンシーンのような光景に出くわしたのですが、当時はその感動を共有してくれるような相手がいなかったんです。それならば書いてしまえ、というわけで生まれた物語です。

(編集担当)おお!ちなみにどんなシーンだったんですか…?

(室賀さん)夏の日の午後で、舗装された歩道からはゆらゆらと陽炎が立ち昇っていました。車は走っていましたが、歩いているのは私ひとり。そんな中、こちらに向かって歩いてくる人がいたんです。

 ちょうど小さな橋に差し掛かるところで、何故か欄干にも平行して走る水道管にも、びっしりとハトがとまっていました。何かがおかしいなあとぼんやり眺めて、あっと思いました。ハトたちが全く逃げないんです。その人が掠めるみたいにしてそばを歩いてゆくのに、微動だにしない。ハトなんですけど、直立不動というか、背すじを伸ばしてるって感じなんです。
 
で、何者なんだろうと人の方に注目して、スポーツ義足に気づきました。それが、とてもかっこよかった!義足を含めた全身のバランスが端正で、何やらSF的というか近未来的というか。私が呆然とその人を見送って、気を取り直して再び歩き出したとたん、ハトたちが一斉に飛び立ったんです。

(編集担当)モロハシさんを見かけるシーンと重なってきますね。

(室賀さん)はい。そこから、橋の欄干にびっしりととまったハトと、そこをモロハシさんがスポーツ義足で歩いてくる、というシーンが生まれました。しかしそのシーンはご存じのように、『エール! 主人公なぼくら』には出てきません! 最初の設定では、大地とアラタはそれぞれちがうタイミングでそのシーンを目にして、「なんかよくわからないけどかっこいい!」となって、そこから物語が展開しました。カットしてしまったけれど、おそらくアラタは作者と同じくあのシーンを目にしているはずです。

義足は、地面に着くと男の人自身の重さで、わずかに曲がった。――グンッ。

それから、ビン、と元の形にもどる。まるで、バネみたいに。

――グンッ、ビン。 

男の人は、そのくり返しで前に進んでいた。

(編集担当)物語を読んでいて共感できるのが、人同士のやりとりに微妙なズレがあることです。クラスで篠田さんの「袋みたいなポーチ」がなくなって騒ぎになり、一緒に探そうとした男子が非難され…という経緯を男子が怒る気持ちはよ~く分かる。でもそれが女子側の視点に立つと、「あ、なるほど。それは騒ぎにするよね」と納得するんです。モロハシさんとおばさんのバスでのやりとりもそうですが、どちらがいいとか悪いとかじゃなくて、その人の生活はその人自身の視点でしか語れないのだということが各所で描写されている。四人の語り手がいるこの物語の大きな特徴ともいえますが、こういったリアルな日常描写には、室賀さんの経験談も含まれているのでしょうか?

(室賀さん)経験……そうですね。この年齢になると苦い経験もたくさんあります。そのときは心から正しいと信じていたことが、数日後、数年後に思い返してみると自分よりも相手の言い分が正しかったと思えることや、逆に、あのときもっと怒ってよかったのに! と悔しくなることも。物事の見方は時代によっても変わるはずなので、よい方向に変わって、例えば生理用品の落とし物も、一目で判って「大事な物を落としてるよ」「ありがとう」で終わってしまう子どもたちの時代がもう来ているんじゃない? と期待しています。

男子と女子のあいだで問題が起こったとき、どうすればよかったのか――? これからどうすればよいのか――?先生が意見をもとめて静まり返った教室で、最初に手をあげたのは大地でした。胸が熱くなるこの場面にも注目です!

(編集担当)すてきなイラストを描いてくださったふるりさんは、室賀さんからの紹介でした。もともとweb漫画のファンだったとか!

(室賀さん)ふるりさんは、noteで連載されている『晩酌日和』がとても好きで。共働きの夫婦と保育園に通う娘さんという、すぐそこにいそうな家族が、「今日一日お疲れさま」とお互いを気づかいながらごはんを食べる(晩酌をする)シンプルな漫画なのですが、この世界観は児童文学にも通じる! と勝手に見込ませていただきました。

(編集担当)さいごに、読者の方に一言お願いします。

(室賀さん)物語の中に書いたことが全てです! と言えたらかっこいいのですが、うーん。

……この物語の中に『推し』が見つかった人も、見つからなかった人も、『推せる』人や本や物事との出会いを通して、自分の物語のかっこいい主人公になる、『ベシ』!

大地、アラタ、陽介、佳南の視点で語られる運動会までの約一か月間は、一見なんでもない日々。でも主人公たちの視点に立つと、こんなにもさまざまな他者とのやりとりがあり、変化のキッカケになっていく。「自分がいい方向に、ちょっと変わってきている」ときの嬉しさや、大きな勇気と悔しさは、きっとだれもが共感できること。読者にとっても、大地からエールを送られるような作品です(編集担当より)

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