原田ひ香が「亡くなった作家の蔵書が見れたらいいな」という想いで描いた『図書館のお夜食』を語るインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/5

原田ひ香さん

 ドラマ化された『三千円の使いかた』(中央公論新社)や『一橋桐子(76)の犯罪日記』(徳間書店)の著者・原田ひ香さんの最新作『図書館のお夜食』(ポプラ社)。舞台となるのは東京郊外にある「夜の図書館」で、亡くなった作家の蔵書を集め有料で公開しているその場所は、人生に迷い疲れてしまった本好きの人々を癒す場でもあった。元書店員の20代女性を中心に描かれる、本と食事の物語。いったいどのような想いをこめたのか、原田さんにお話をうかがった。

(取材・文=立花もも)

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――入場料千円はちょっと高いですが、夜の7時から夜中の12時まで、軽食や地ビールなどを楽しめるカフェもあって、何より亡くなった作家たちの蔵書が楽しめる。こんな図書館、本当にあったらいいのに……!と思いました。

原田ひ香さん(以下、原田):大阪の司馬遼太郎記念館や実践女子大学の向田邦子文庫など、一部の作家さんの蔵書は今も残されていますけど、管理には手間とお金がかかるから、よほどの大作家でない限りは難しい。でも、今ご存命の作家さんだって「あの人の本棚を見てみたい!」という方はたくさんいますし、残しておくことはその後の文学研究にも絶対に役立つはずだと思うんですよね。そもそもの興味として、好きな作家さんが、蔵書のどんなところに付箋を貼っていたのかとか、知りたくないですか?

――知りたい! ですが、知られたくない作家さんも多そうです(笑)。

原田:「こういうところチェックするんだ」とか見られたくないですよね(笑)。逆に、「『夜の図書館』にだけは寄付するな」って言う作家さんもいそう。そのまま全部燃やしてくれ、って。まあ、そこまで強固に言い残してくれたらご遺族の方もラクだと思うんですが、たいていは扱いに困ると思うんですよ。故人への愛情があればあるほど、大事にしていたものを簡単に処分したくない、でも管理することもできない。そういう方たちにとっても、「夜の図書館」みたいな場所があったらいいよな、と。

――本好きにとっては夢のような場所ですけど、ただ理想的に描くのではなく、書店の仕事に疲れ果ててしまった主人公の樋口乙葉をはじめ、本に関わる仕事を続けていく難しさを現実的に描いているのも、よかったです。

原田:先日も、Twitterで書店の閉店のお知らせを見かけましたが、今、街の本屋さんが生き残っていくのは本当に大変な状況で。経営が持続していても、そこで働き続けることもまたどれほど大変なことかというのを、少なからず耳にします。ある種のやりがい搾取というのかな。「本が好き」という書店員の気持ちに甘えてどうにか成り立っている部分もあると思うんですよね。もちろんそれは書店に限ったことではなく、どんな業界でも少なからず起きていることでしょうが、そこで働く人たちがどんな想いを背負っているのかということも、読んだ方に伝わればいいなと思いました。

――実際に、本にまつわる仕事をされている方に取材したんですか?

原田:はい。あと、この仕事をしていると自然と耳に入ってくることも多いんですよね。書店員にしろ図書館員にしろ、アルバイトや非常勤といった、非正規のかたちで雇われることが多いのに、求められる仕事が膨大であることも、気になっていました。とくに書店員のみなさんって、本当に熱心にゲラ(出版前にすべての内容をチェックする校正紙)を読んで感想をくださったり、売るための取り組みをしてくださるんですよ。

 これもまた業界に限った話ではないのですが、やる気のある方から疲れて潰れていってしまうのも気になっていました。20代の乙葉が、自分はこのままでいいのかと人生そのものにも迷う、揺らぎの視点を通じて描けるものがあったらいいなと思いましたし、そんな彼女が「夜の図書館」に採用されて、心を癒していく過程を通じて、読む人が少しでもホッとしてくださったらいいなと思いました。

――不器用に頑張りすぎてしまう人、というのはこれまでの小説でも多く描かれてきたと思うのですが、原田さんにとって一つのテーマでもあるのでしょうか。

原田:そうですね。でも、それは私自身が頑張りすぎるタイプだから、というわけではないんですよ。もともと秘書の仕事をしていたので、細かく気を配れる方々ばかりに囲まれていました。そんななか、私はどちらかというと落ちこぼれというか(笑)、先輩にも後輩にも助けてもらってどうにか頑張れていた。そのことを、今になってふと思い出すんですよね。気づいてやってしまえる人たちのことを、もう少し気遣うことができていればよかったんじゃないのか、と。そんな反省も少なからずこもっている気がします。

――乙葉が採用される経緯も、いいですよね。Twitterのつぶやきを見て、乙葉の頑張りと能力に気づいてくれた人が「あなたこそ」と求めてくれる。なかなか日常で、そんなふうに報われることはないので……。

原田:現実にはなかなかないけれど、あったらいいなと思いますよね。頑張りすぎて疲れてしまった人たちが集まって、ただ好きな本の話だけをしていられる、そんな場所があったらいいなというのも、夜の図書館の設定を考える時に意識していたことでした。

 これも秘書室にいた時の話なのですが、女性ばかりの職場なので、大変そう、怖そう、と思われることも多かったんですよ。でも、年配の女性上司を中心に、わきあいあいと過ごせる職場だったし、一緒に映画を観に行ったり、歌舞伎に連れていってもらったり、いろんなことを教えてもらえるのも、とても楽しかった。職場で見せている顔がすべてではなく、みんなそれぞれ抱えているものはあるけれど、お互い適度に気を遣いあいながら居場所を大事にしているその感じも、描きたかったことの一つですね。

――夜の図書館でも、乙葉以外の職員の視点を通じて、それぞれが背負っているものが少しずつ明かされていきます。それを、しいて共有しようとしない感じもよかったです。

原田:もちろん、事情を話して共有することで解決していくものもあるとは思うんですが、図書館じたいがそもそも静かな場所で、本を読む行為も、個人的な秘められた行為じゃないですか。だから、今作の場合は、みんなが自分の事情を秘めたまま、「この人にも何かあるのだろう」と察しながら関わりあうことでうまくいくものがあるんじゃないかなと思いました。

――なかには「みんなほど本に対する情熱がない」「本が読めなくなった」という人たちがいるのもよかったです。今「好きを大事に」みたいな流れが強くなっているなかで、しんどい思いをしている人もいる気がするので。

原田:「好き」の延長線上にあるような仕事をしているくせに、と言われてしまいそうですが、そればかりを重視する必要はないとは思うんですよね。好きなことは余暇で楽しむだけ、という人がいてもいいし、そもそも特別熱中するものがなくたっていい。名前のある“何か”になれなくても、自分が日常に喜びを見出していればそれで十分だとも思いますし……。

 重複になりますが、頑張りすぎて、好きの気持ちが大きすぎて、潰れていってしまうこともたくさんあるので、仕事をするうえでも人生を歩んでいくうえでも、感情によっかかりすぎないことは大事なんじゃないでしょうか。みんなほど本が好きじゃない、そもそも読めなくなってしまった、ということを肯定してくれる人がいることで、気がラクになることもあるんじゃないのかな、と書きながら思いました。

原田ひ香さん
撮影:喜多剛士

――そんな職員たちの癒しの瞬間が、やはりみんなで囲むお夜食の場です。しろばんばのカレーや、赤毛のアンのパンとバタときゅうり。森瑤子の缶詰料理。どれもおいしそうで、食べたくなっちゃいました。

原田:しろばんばのカレーや赤毛のアンのパンは作中に出てくる料理ですけれど、私が若い頃は、小説家の方が出す料理の本というのが、わりとメジャーなジャンルとしてあった気がするんですよね。橋本治さんも『男の編み物、橋本治の手トリ足トリ』という本を出していますけど、料理に限らず、人気作家さんの私生活をうかがい知れるような本が人気だったんです。いろんな意味で、余裕のある時代だったんだなと思いますが……。

「夜の図書館」みたいな場所で、本にまつわるお夜食が毎回出たら素敵だな、というのもありますが、そういう、今は廃れてしまった文化を取り入れてみたらおもしろいんじゃないかと思いました。

――ご自身でも作ってみたんですか?

原田:もちろん、作中に出てくる料理はすべて試作しました。森瑤子さんの、オイルサーディン缶にほんのちょっとお醤油を垂らしてごはんにかける、というのはけっこう昔からやっていて、おいしいのはよくわかっていたんですけれど、しろばんばのカレーは、何度も読んでいたものの、作るのは初めてでした。

 意外と簡単に作れるので、驚きましたね。書かれたのが戦後まもない時代ですから、油は凝ったものを使わず、野菜はサラダオイルで炒めるだけ。そこで焦げたとしても、いい味わいになるから、よしとする。そこに大さじ一杯くらいの小麦粉とカレー粉を入れ、お水と缶のコンビーフを入れればしっかり味が決まるんですよ。意外と、とろみもつくんです。

――料理が苦手な人にも簡単に作れそうですね。

原田:『しろばんば』が連載開始したのは昭和35年。あの頃、田舎でも作りやすい家庭の洋食だったのだなということが、自分で作ってみてよくわかりました。『口福のレシピ』を書いた時も思ったのですが、戦前にも意外と洋食文化は広まっていたんですよ。

 もちろん東京近郊とか神戸とか、栄えた地域に限ったことではあるんですけれど、現代の食文化の土台がわりとしっかり形成されていたりする。私たちが想像するほどには貧しくもないし、何もない時代ではなかったんだなあと思います。

――そんな理想的な図書館に、癖のあるお客さんが次々とやってきて、小さな事件が起きるわけですが……。謎めくオーナーの存在も含め、ミステリーのような読み心地もあって、おもしろかったです。続編のご予定はあるんですか?

原田:今のところは、とくに。この図書館じたいは、物語を終えたあとも存続していくだろうという希望は抱いているんですよ。働いている人たちも、乙葉をはじめ、この先も苦難はあるだろうけど、みんなそれぞれ幸せになっていってほしいし、なるだろうとも思っています。だからひとまずはここでおしまいと思っているんですが……先のことはわかりませんからね。

 またどこかでお会いできる日があるかもしれませんが、まずはこの作品が、読んでくださった皆さまのお心が、少しでも休まるものであってくれたらいいなと思います。

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