人体の「弱さ」を伝えたい。豊かに生きられる考え方を『すばらしい医学』著者の外科医・山本健人先生に聞いた

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公開日:2023/11/30

「外科医けいゆう」として、ブログ累計1200万PV超、X(旧Twitter)フォロワー10万人超の外科医・山本健人先生。現役の臨床医として日夜多くの患者と向き合い、手術をこなしながら、18万部突破の『すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険』(2021年 ダイヤモンド社)に続き、このほど『すばらしい医学 あなたの体の謎に迫る知的冒険』(ダイヤモンド社)を出版された。「多くの人に医学に関心を持ってほしい」という山本先生に、本のこと、医学のこと、いろいろお話をうかがった。

(取材・文=荒井理恵)

山本健人先生

今までなかった「医学」の教養本

――前作の『すばらしい人体』と合わせ、シリーズ累計20万部突破とのことですが、反響の大きさをどう思われますか?

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山本健人先生(以下、山本):僕は数学や物理、歴史、宗教など、さまざまな分野の教養本で知的好奇心を満たすのが好きなんですが、「医学」に関してはそういう教養本が意外と少ないことに気がついて、この本を書いたんです。「自分だったらこんな本が読みたいのに、そういう本がない。誰かが書かないといけない。それなら自分が書こう。」そう思って書きました。テーマは、僕が長年書きとめてきたネタ帳の中から選んでいます。日々、医師として手術や診療を行う中で、誰もがきっと面白いと感じるはず、というテーマを思いつくたび、ネタ帳に書き溜めていたら数年で200個を超えました。医学に限らずどの学問分野でもそうだと思いますが、伝え方次第で誰もが楽しめる本が作れると思っています。重要なのは、どんなテーマを、どんな順番で、いかに上手に伝えるか、その戦略です。

――確かに門外漢にも面白かったのですが、ネタ帳があるんですね。どんな基準でネタを集めているんですか?

山本:まずは、医学部生のときに「すごく面白い!」と感動したことがベースになっています。医学を学ぶと、人体の「正常」と「異常」をサイエンスの言葉で説明することができます。体内で起こる現象や、病気によって失われる機能を「科学的に説明できる」というのが本当に面白いんです。医師になると、今度は患者さんからさまざまな症状について話を直接聞くわけですが、それによって「機能の異常がどういう症状となって現れるのか」もリアルに理解できるようになります。

――確かに医学に関してこうした本は読んだことがなかったかも…。逆になぜなかったんでしょう?

山本:専門的な知識を多く学ぶにつれて、かつて何がわからなかったのか、何を面白いと感じたのかがだんだんわからなくなってしまうからではないでしょうか。以前、同僚の医者から、「確かにこれって僕らには当たり前の知識だけど、こういう書き方をすれば読者が楽しめる本になるんだね」と褒められたことがあります。この本は、書店にたくさん並んでいる「健康本」のような即効性や実用性はあえて狙わず、ひたすら読者の知的好奇心を満たし、思わず没頭して読んでしまう本を目指しています。でも結果的に、いつの間にか「医学知識」が身についている。そのくらいで十分だと思って書いています。

――実際、教養として知ったことで「安心」な感じがしました。防災知識的というか。

山本:そう言っていただけると嬉しいです。「防災」と言っても、私が本に書いたのは「病気を免れる知識」ではないんですね。「病気」や「死」についての知識を身に付け、そのメカニズムを適切な言葉で「説明できる」ことが大切だと思っています。まったく得体のしれないものと相対しているより、不安がずいぶん軽くなると思うからです。最近は、インターネットやSNSで医療に関する誤った知識、科学的根拠のない情報が広まるケースが多いのですが、医学知識を身につけることで、そういう情報の海に溺れる心配もなくなります。

――ある意味で「予防医学」ですね。

山本:前面に打ち出してはいませんが、そういう「予防」の狙いは確かにありますね。

「人は脆い」と知ることが心の準備になる

――本を読んで「人体はタンパク質でできた有機体でとても脆弱」なのだと実感しました。そうした事実を「自覚」するのはすごく大事なのでは?

山本:医師の仕事をしていると、実はいつ何時、自分の家族や友だちが病気で倒れて命の危機に瀕するか分からない、という事実をクリアな現実感を持って知ることになります。「人体がいかに弱いか」を毎日のように実感するわけです。

人体は本当に素晴らしくよくできているのですが、その一方で、実は目に見えないほど小さな微生物や、自然界にある様々な化学物質によってあっという間に壊れてしまうものです。この現象を、医学という学問的な側面からメカニズムとして冷静に見つめ直すことは大切だと思っています。

――死や命というものは「どう捉えるか」という心の問題として語られることも多いですが、この本のように客観的なメカニズムとして捉えると、逆に事実に救われることもあるように思います。

山本:紀元前の昔から何千年もの間、人体は神秘的な存在と見なされてきました。ですが、近年になってようやく人体のメカニズムを自然科学の言葉で理解できるようになり、体内で起こっている現象が、実は自然界で普遍的に起こる化学反応の連鎖に過ぎないという、ある意味ショッキングな事実に人類は気づきました。医学の進歩が明らかにしたのは、人体が身近な物質でできた有機物に過ぎない、という事実だったわけです。

私たちは、人体を何か特別なものと見なしたくなりますが、実は自然界のあらゆる有機物と同様に、傷んだり、経年劣化したりするものです。医学的な知識を背景に、日頃からそのくらいドライな見方をしておくことが大切なのかもしれません。逆説的ですが、こういう心地よい「諦め」が人生観を豊かにしてくれる気がするからです。

――「そういうものなのだ」という諦めを持つことで、逆に救われるわけですね。

山本:そうだと思います。人には必ず寿命という「耐用年数」があって、必ず一定の割合で病気という不調や故障が起きるものなのだと、頭のどこかで準備しておくということですね。

――実際、医者という仕事の現場では「死」は日常ですよね。どのようにマインドセットして受け止めているんでしょう。

山本:患者さんはそれぞれが唯一無二の存在で、それぞれに固有の人生があります。ですが、医師は科学者として、個別の視点に傾きすぎてもいけません。たとえば、「ある病気に対してこの薬が何パーセントの割合で効果を示すか」「ある病気が何パーセントの確率で再発するか」というようなデータを武器に、適切な治療選択をする必要があるからです。つまり、病気を個人として見ることと、個体の集合として見ること、その両方の視点が必要です。こういう一歩引いた視座から、ある意味ドライな気持ちで日々の仕事に向き合っているのかもしれません。

「現役の外科医」が書くことのこだわり

――ちなみに先生はどうして「医者」を目指されたんですか?

山本:「医学という学問」が、一生学び続ける価値があるほど面白いと思ったからです。医学部に行けばひたすら医学のことが学べますよね。医者になっても日々、最新情報にキャッチアップするために学び続けることになります。自分の好きなことを生涯にわたって学び続けられるのは、幸せな仕事だと思います。

――執筆はどういうバランスで?

山本:日中は手術や診療で忙しいので、執筆の時間は家に帰ってからの夜だけです。ただ、家でも論文を書いたり学会発表の準備をしたりと色々な仕事があって、当然こちらが優先です。その中で何とか捻出できた時間で執筆します。とはいえ、昔から書くことが好きなので、本の原稿を書くのは苦にはなりません。何より、現役の医師、外科医が、現場の目線で発信することにこだわりを持っています。現場で診療に携わる医師が何を語るかを知りたいと思う人が多くいるはずだからです。誰かがやらねばならない、それなら自分がやる、という使命感もありますね。

――現役外科医の撮って出しネタもあるとは、「納得感」が段違いです。

山本:手術に使うデバイスなどは、テクノロジーの進歩と相まって、とてつもない速度で進化しています。今まさに外科医がどんな手術器具を使っているかを知っていただき、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。第4章の「すごい手術」は見どころです。

それから、第5章の「人体を脅かすもの」は、以前から書きたいと思っていたテーマです。タバコや放射線、致死的なウイルス、毒ガスなどの脅威が、どのようなメカニズムで人体を脅かすのか。正しく知ると、これがまた面白い。ちなみにタバコは、二十世紀の中頃まで、健康に良いと宣伝されてきました。これが、今や多くの病気を引き起こす危険なものだと周知されています。医学の歴史上、どのようにしてタバコの地位がこんなふうに転落したのか。ぜひ本を読んで知ってほしいと思います。

――この本で知的好奇心が刺激され、医学に興味を持つ若者も増えそうですね。

山本:実際、私の本を読んで医学に興味を持ったという中高生から連絡をいただくこともあります。医学という学問を一緒に学べる、自分が楽しいと思うものを同じように楽しいと思ってくれる、そんな仲間が増えると嬉しいなと思います。

――確かに。医者の仕事に「面白い!」は大事ですね。

山本:そうですね。『すばらしい医学』を読んでいただければ、私が日々感じているその「面白さ」を、きっと理解していただけるはずです。

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