脚本家・平松正樹自らが追憶する『空の境界』の記憶(3)

アニメ

公開日:2013/9/8

○あっというま、の
 『空の境界』の記憶も第3回になりました。脚本家の平松です。最後は第六章、第七章に触れつつ、全般的なお話をできればと思います。もうしばし、お付き合いください。

○第六章『忘却録音』のこと


 第五章の死闘で、すべての元凶、魔術師・荒耶宗蓮を倒し、ようやく両儀式に訪れた平穏な日々。そんな中、蒼崎橙子さんに母校・礼園女学園より「不可解な事件」の調査依頼が舞い込みます。人畜無害とはいえ男の黒桐幹也が女子校に潜入するわけには行かず、式が転入することになります。でもって、そこには式を恋敵とする幹也の妹・鮮花がいて──というところから物語は始まります。
 女子校、妹、式の制服姿、妖精、最強の魔術師──と、盛り上がる要素満点な第六章なのですが、実はとてもアニメにしづらい章でした。というのも、印象以上に章が長い! そして、とても削りにくい! 『記憶』や『記録』『忘却』についての認識説明や、事件の説明、その他もろもろ、1つ削ると意味が通じなくなる要素ばかりなのです。
 しかも──プロデューサーからは、「第六章の尺は30分! 『萌え~』で押すんだ! 名探偵鮮花、みたいな──と、オーダーされていたのです。
 三浦貴博監督、そして作画監督の小笠原篤さんは、アニメーターとして活躍されている方たちで、中でも女の子を可愛く描くのがとても上手いのです。ゆえに、可愛さを押し出す1本にしたいんだ、というオーダーはとても明確だったと思います。  とはいえ、あの内容を30分でまとめるのはもう不可能でしかなく、トライして30分ぐらいのシナリオにまとめたものの『空の境界』の世界観にハマらない……となってしまい、結果、原作の奈須きのこさんのアイデアやアドバイスをいただきながら、シナリオやコンテが修正され、約60分のフィルムとなったのでした。
 見どころは、色々あるのですが、黒桐幹也と鮮花の幼い頃の記憶を描いた場面の美しさ、鮮花vs先輩・黄路美沙夜のラストバトル、この2つを押したいと思います。
 美沙夜の「良くってよ、黒桐さん!」から始まる礼拝堂でのラストバトルは、何度見ても熱いです。
 また、浅上藤乃のゲスト出演、橙子さんの学生時代の顔が拝めたり、瀬尾静音&愛犬アキラが出ていたりとファンサービスもたっぷりですので、見直してみると新たな発見があるかもしれません。

○第七章『殺人考察(後)』のこと


 全七章の最後ということで、これまでに回収していない部分が色々とあって、それを入れ込んでまとめるのが大変でした。
 この章では、シナリオとして自分があまり貢献できなかったと言いますか、あまり語れることがない、というのが正直なところです(汗)。
 絵コンテの段階で、各パートの担当の演出さんが素晴らしい表現を次々と生み出されていき、それを傍から眺めつつ、情けないというか、もっとシナリオでがんばれたのではないかと、感じていたのを覚えています。
約2時間の全編に、ラストエピソードとしての見どころが詰まっているわけですが、中でも自分が「これを自分がシナリオで書けていたら良かったのに……」と猛省したのは2つの場面。
 ひとつは、姿をくらました式と、式を探しつづける幹也が電話で話す場面。ネタバレになるので原作からどうアレンジされたのかはここでは伏せておきますが、式と幹也の相手を思う強い気持ちを状況だけで描いた素晴らしい演出だと思います。
 ちなみに、第七章制作の頃には、劇場版『エースをねらえ!』(出崎統監督)を勧められて見ました。岡ひろみと宗方コーチの電話の場面のあの大人な空気感に通じるものが、式と幹也の電話シーンにあると思います。こちらも素晴らしい作品ですので、機会があればぜひご覧あれ。
 もうひとつの場面は、物語中盤以降、囚われの身となり、某ストーカー的な敵によって、唾液でベタベタにされた式が「私が帰るべき場所」に帰るために、復活するところです。
 全身にまとわりついていた粘液を蒸発させ、迷いを吹っ切る式を、これまたセリフではなく状況で描いています。
 この他にもたくさん見どころはあります。どうぞお見逃しないように、オンエアチェックしてください。

○たくさんの、ありがとうございました
 アニメ脚本のキャリアが浅い自分が、運良くこの『劇場版・空の境界』に参加でき、完走できたのは、多くの関係者、スタッフの力添えあってのことでした。
 プロデューサーさんや監督さん方とは、シナリオが行き詰まる度に打合せさせていただきましたし、原作のままのセリフやモノローグを使わず、映像として状況で伝えたいものを描くことが、原作モノのアニメ化の意味であることを学びました。
 また、原作者の奈須さんには、シナリオを作成するにあたって様々なアイデアをいただいただけでなく、細々とした設定や原作では触れられていない街や学校などの名称を考案していただいたり、魔術の呪文を教えていただいたりしました。ファンの皆さんよりも先にそういう細かいネタを知ることができたのは、シナリオライターとしてお得な感じでした。
 奈須さんによる素晴らしい原作があり、物語もセリフもキャラも、自分が生み出したものではなく、脚本担当として作品を語ることには多少の心苦しさはありましたが、それでも自分がどう関わっていたのかを書くことで、原作がどのような意図を持って、アニメに変わっていくのか(の一部)を伝えられたらと3回に渡ってお届けして来ました。

 劇場版『空の境界』は素晴らしい作品で、作業とかモロモロ苦しいことはたくさんありましたが、それでも楽しかったな、と今は思います。
 間もなく、劇場版『空の境界』の新作『未来福音』が公開になります。こちらには自分は関わっていませんが、間違いなく素晴らしい作品になることと思います。
 テレビで見て『空の境界』を好きになった方も、見逃してしまった回がある方も、当時、全章をご覧になられた方も、もう一度、原作&劇場版に触れて、『らっきょ』をおさらいして、劇場に足を運んではいかがでしょうか? 自分も、いちファンとして楽しみに待ちたいと思います。

 最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。また、いつか。

(文=平松正樹)