人と人、人と社会、過去と今──「橋」を渡って僕らは大人になる 『GOSICK PINK』桜庭一樹インタビュー

新刊著者インタビュー

公開日:2015/12/4

 「シャーロック・ホームズやディクスン・カーのようなヨーロッパの古き良きミステリーを、日本の少年少女向けに書いてみたくて。ホームズが美少女でゴスロリの服を着ていたらどうだろう? それならワトソン役は日本人の男の子がいいなぁ、なんて。編集さんとのそんな会話から始まったシリーズなんです」
 主人公は天才的頭脳と悪魔的な毒舌を持ち合わせるヴィクトリカ。彼女を支えるのは真面目でまっすぐな青年・久城一弥。2003年に発表された第1作からはや12年。『GOSICK』は外伝を含めると計16冊にものぼる人気シリーズとなった。

桜庭一樹

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さくらば・かずき●鳥取県出身。2000年デビュー。03年開始の「GOSICK」シリーズ、04年『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』で注目を集める。07年『赤朽葉家の伝説』が日本推理作家協会賞を受賞。08年『私の男』で直木賞を受賞。『ほんとうの花を見せにきた』など著書多数。

 ゴシック・ホラーに彩られたヨーロッパから1930年代のアメリカへと舞台を移し、新シリーズとしてスタートを切ったのが13年冬のこと。1作目『RED』ではニューヨークに探偵社の看板を掲げてからのヴィクトリカたちを、2作目『BLUE』では時間軸を遡って2人がアメリカに到着した日に巻き込まれた事件を、そして本作『PINK』ではその翌日の物語が描かれる。

「『RED』は私立探偵として街中を縦横無尽に活躍するお話。『BLUE』は上陸初日に街の象徴たる塔に上り、経済的女王の悪事を暴き、新しい住人としてニューヨークから受け入れられるお話。三作目では、仕事と家、つまり生活を得るために横移動して橋を渡ります。〈塔〉がお金や権力など欲望の象徴だとしたら〈橋〉は人と人、個人と社会、街と街を繋げていくものなのでは、と考えたからです」

 そう、3作目となる『PINK』は「橋を渡る物語」。主要な舞台となるのは現在もニューヨークの観光名所であり、マンハッタン島と本土を繋ぐブルックリン橋だ。

「『BLUE』のヴィクトリカと一弥は〈塔〉に上って新世界の悪の権化を倒しましたが、今回の二人は、自分たちの居場所を求めて街をてくてく横に移動していきます。一弥が新聞社での仕事を、ヴィクトリカが探偵事務所を手に入れ、二人で〈橋〉を渡ってクランベリーストリート14番地の家に着くまでの長い1日を描いています」
 

アメリカ人がヒーローを欲しがる理由

 故郷を離れた貧しい人間が新天地ですべきこと、それは昔のニューヨークも今の日本も変わらない。ジョブ&ホーム、仕事と家を見つけることだ。

「今日からぼく、君を守るために猪突猛進で走り回ることにするからね……。それでね、父上にきちんと報告するんだ……。君とぼくが! この街で! 立派に生活してるって!」。一弥がそんな風に意気込んでいた矢先、ヴィクトリカは街中で忽然と姿を消してしまう。迷子、誘拐? それとも?

 一方その日、ニューヨークの街ではブルックリン橋を貸し切って屋外ボクシング戦が開催されることになっていた。元市長の息子でエリート育ちの全米チャンピオンに挑戦するのは、南部で貧しい少年時代を送った孝行息子。「伝統的な家庭に育った坊ちゃんたちはチャンピオンを、貧乏人や移民は挑戦者を。年寄りは世話になった元市長の息子を、若者は成りあがろうとする南部の男を応援し、盛り上がるってわけだ」という新聞社の編集長の言葉通り、街は試合の噂でもちきりだ。

「この時代のアメリカには数々のスターが生まれ、大衆から注目されていました。野球選手、ボクサー、ハリウッド俳優、冒険家。ギャングでさえある種のダークヒーローとして憧れられた。それはアメリカがとても若い国だからじゃないでしょうか。民族や土地に根付いた英雄神話も昔から続く王家もないため、自分たちの手で神話を作ろうとしている」

 アメリカのヒーロー伝説は自然発生するものではなく、みんなで協力しあって作り出すもの。そのために役立ったのが、一弥が勤めることになる「汚くて臭くて給料も安い地獄の三丁目」ことデイリーロード新聞社のようなメディアだ。

「記者がボクサーの台詞を面白おかしく書いて試合を盛り上げていく。ヒーロー本人が真面目な人でも、新聞や雑誌が破天荒な人物像を作っちゃうんです。当時の資料を見ると、対戦するボクサーたちのものすごい口喧嘩をじつはどっちも同じ記者が書いてたり(笑)。それと、ラジオや新聞のようなメディアの発達によって、アメリカ全土に同じ情報が行き渡る時代になったことも影響したのかも」
 

橋を渡って、架け橋になる それが探偵になる儀式

 もうひとつ、物語中のボクシング戦が注目を集めた理由がある。それは挑戦者とチャンピオンが世界大戦中に同じ部隊にいた旧知の仲で、未解決のままの〈クリスマス休戦殺人事件〉の関係者だという噂だ。戦争中、橋の上で起きた〈クリスマス休戦殺人事件〉で仲間を撃ち殺した犯人は誰なのか?

 当時の関係者の証言を集め、ヴィクトリカは〈探偵〉として推理を巡らせる。

「『戦場にかける橋』『遠すぎた橋』『レマゲン鉄橋』など、橋がタイトルになっている戦争映画がたくさんあるんです。敵は橋を渡ってやってくる。だから阻止するために橋を爆破したり、守ったりする。そういう戦争映画を観ながら、人間や社会にとって橋ってなにかなぁと考えました。人と社会、過去と現在、この世とあの世を繋ぐものなのかな。ヴィクトリカは今回、大戦中の橋で起きた事件を素人探偵として解決することで、人と社会とか、過去と現在の架け橋になれる。それによって本物の〈探偵〉になる決意をする。そんな内的な変化も、今後のお話に影響してくるのかもしれません」

 クリスマス休戦とは、第一次大戦中、敵同士であるドイツとイギリスの兵士たちが一時的に停戦し、クリスマスの夜をともに祝ったと伝えられている史実である。明日からはまた殺しあう者同士が、「きよしこの夜」を一緒に歌い、酒を酌み交わし、サッカーをする。今から101年前、西部戦線で実際に起こった出来事だ。

「その年は世界にとって初めてのグレートウォー、世界大戦だったので、兵士たちもまだ個人としての意識が強かったのかもしれません。科学やメディアなどさまざまなものの発達によって世界が急激に狭くなっていった過渡期の時代。とはいえ事件の当事者たちの、社会的な立場と個人の思いとのあいだで板挟みになる苦悩は、現代の私たちにも共通する普遍的なものでもありますね。あ、そういえばSEKAI NO OWARIのヒット曲『Dragon Night』もクリスマス休戦がモチーフだと聞きましたがどうなんでしょうね」

 知恵の泉の主たるヴィクトリカが、混沌の欠片を再構成して突き止めた真実とは? ヴィクトリカが〈橋を架ける者〉になったとき、過去の謎を解き明かす「生者と死者と橋架者の夜」が幕を開ける。

「新世界の名探偵とは何者なのでしょうか? たとえば、ホームズやポアロのようなヨーロッパの黄金時代の名探偵は、伝統ある旧世界からはみだす変わり者タイプが多い気がします。でもアメリカはちょっと違う。たとえばエラリー・クイーンが描くニューヨークの名探偵ドルリー・レーンは、老シェイクスピア俳優。つまり旧世界の知恵を知っていて新世界で一目おかれている人物です。まだわかりませんが、ヴィクトリカもアメリカで探偵としてやっていくとき、あんなにか弱い獣だったのが、旧世界の知恵を持つからと敬意を持たれる存在になっていくのかもしれない。ともあれ、この一日を通して、ヴィクトリカと一弥の生活がどう変わったのか。読者のみなさんにも、一弥になって迷えるヴィクトリカを手助けしてあげたり、ヴィクトリカになって新世界にすこしずつなじんだりと、二人と一緒に歩んでいただけたらと思っています」
 

取材・文=阿部花恵 写真=川しまゆうこ

 

『GOSICK PINK』書影

紙『GOSICK PINK』

桜庭一樹 KADOKAWA 1100円(税別)

グッモーニン、アメリカ。クランベリーのピンク色の花が歓迎する新世界で、ジョブ&ホームを求めて奔走する一弥。だがその途中でヴィクトリカが行方不明に!? 一方、街はその夜に予定されていたボクシング戦の話題でもちきりで……。「BLUE」の翌日から始まり、「RED」に繋がっていく新シリーズ第3弾。

ゴシックロマン薫るミステリー

『GOSICK』文庫版書影

『GOSICK』文庫版
桜庭一樹 角川文庫 552円(税別)

ヨーロッパの架空の小国を舞台に、天才的頭脳を持つ美少女ヴィクトリカと東洋の島国からの留学生・一弥が不思議な事件を解決する人気シリーズ。外伝含め全13冊が刊行中。

N.Y.を舞台に移して新章開幕!

『GOSICK RED』書影

『GOSICK RED』
桜庭一樹 KADOKAWA 1100円(税別)

新天地ニューヨークで〈グレイウルフ探偵社〉を開業したヴィクトリカ。新聞記者見習いとなった一弥と共に、血なまぐさいギャング連続殺人事件の謎を解くべく動き出すが?

ヴィクトリカVS.新世界の女王

『『GOSICK BLUE』書影

『GOSICK BLUE』
桜庭一樹 KADOKAWA 1100円(税別)

ニューヨークに降り立ったヴィクトリカと一弥。だが上陸初日から高層タワーで起きた爆破事件に巻き込まれてしまう。背後には新世界で成功した“女王”の過去が関係していて?