あのベストセラー感動作がマンガに!『虹の岬の喫茶店』

マンガ

公開日:2017/10/11

マンガから岬に吹く風が伝わってくる

モデルになったのは、千葉県南部に位置する明鐘岬のカフェ「岬」。「え、ここを?」と心配になるほど細い道を入ると、建物が見えてくる。2011年に火事で焼失したが再建され、現在の建物に。外観、内装は作中とは違うが、岬の風景は作品そのままだ。

――コミック化にあたっては、森沢さんからどんなアドバイスを送ったのでしょうか。

森沢 ほとんど丸投げです(笑)。原作で僕が伝えたかったことが、天沼さんにきっちり届いているんですよね。もう何も言うことはない。むしろ「原作を変えちゃってもいいですよ」とお伝えしました。

――確かにマンガオリジナルの設定もありますね。

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天沼 基本的には、原作に忠実に描きたいと思っています。ただ、小説とマンガでは見せ方が違います。小説の流れをそのままマンガにするとわかりにくくなることがあるので、そんな時はマンガ特有の表現でわかりやすくしています。オリジナルの設定を加えないとうまく構成が成り立たない時には、やむを得ずプラスαの要素を足すことも。積極的に改変したいわけではなく、原作を壊さず、マンガとしてうまく馴染ませるためにどうすればいいかと調整した結果、設定が足されていきました。

森沢 そのさじ加減が絶妙なんですよ。原作者なのに、ハートをわしづかみにされてしまう。ストーリーはわかっているのに、泣けますからね(笑)。

天沼 そう言っていただけるのは、本当にうれしいです。

森沢 原作をマンガに翻訳しただけでなく、より良くなっていますから。例えば1章なら、シーツを握りしめる手だけで妻を亡くした夫の気持ちを表すとかね。

天沼 森沢さんのご指摘は、いつも鋭いんですよ。「ここを汲み取ってもらえた!」ってうれしくなります。

森沢 小説では、感情を言葉にせずに行動を描写するじゃないですか。「僕は悲しかった」ではなく、行動を書いたほうが読者に心情が伝わります。マンガもきっとそうだろうなと思っていて。天沼さんは、マンガならではの表現力が素晴らしいんですよ。スーッと読者の視線を誘導するようなコマ割りで、いちばん見せたいコマにフォーカスしている。それに、人物が想像どおりなんですよね。僕が原作を書いている時に、頭の中で思い描いていた雰囲気の人たちがきちんと絵で表現されているのに驚きました。

天沼 それは、森沢さんの文章の表現力ですよ。読んでいると頭に浮かんでくるので。

森沢 ほかのマンガ家さんが描いたら、違うイメージになっていたと思う。原作者がこんなに違和感なく読めるなんて、すごいことだと思いますよ。それに、読んでいるとコマから風を感じるんです。

天沼 うれしいです! 空気感と風感は表現したかったので。

森沢 すごく感じますよ。なんだろう、この風感とキラキラ感は。

天沼 夢のないことを言えば、髪がなびいたり、葉っぱが飛んでいたりすると風が吹いている雰囲気が出るんです。

「描いていて楽しいのは、2章のイマケン」と天沼さん。小説家志望という設定やみどりのセリフは、天沼さんが付け加えたアイデアだ。

森沢 煙草の煙がたなびいていたりね。人物の表情もすごくいい。顔を見れば、心情がわかりますから。天沼さんは、マンガを描きながら泣いちゃうことってある?

天沼 めったにないですけど、表情を描く時は自分も引っ張られます。笑顔を描く時は私もニコッとしているし、悲しい表情の時は私も悲しい顔に(笑)。森沢さんは?

森沢 僕はある(笑)。「悦子さん、こんなこと言っちゃうんだ。大変だったもんね……」ってうるうるしながら書いてるんですよ。

天沼 だから読者も泣けるんでしょうね。そういう時、森沢さんは登場人物を第三者として外側から見ているんですか?

森沢 というより、キャラクターが僕の頭の中に〝いる〟んです。例えば悦子さんと甥っ子の浩司がいるとしますよね。ふたりが喫茶店の椅子に座っているとしたら、僕は透明人間になって取材ノートを片手にふたりのやりとりを近くで見ている感覚なんです。それを「浩司がこんなことを言ったな、その時悦子さんがため息をついたな、窓からこんな風が吹いてきたな」と書き留めていく。時には下から見たり、ドローンのように上から見下ろしたりしながら情景を描写して。透明人間の五感で味わったものを文章にしているんです。僕の小説を映画化してもらえるのも、頭の中に映像ができているからかな。映画監督もプロデューサーも口をそろえて「読んだ瞬間、映画になるとわかった」と言いますから。

天沼 わかります。画がバーッと浮かぶんですよね。

森沢 それが僕の特徴なのかな。

天沼 私、森沢さんには物語を最初から最後まで作る流れも聞いてみたかったんです。どうやって物語を組み立てているんですか?

森沢 最初は設定が降ってくるんです。1章だったら、「お母さんを亡くした小さな娘とお父さんが、虹を探して旅に出る。娘の直感にまかせて行く先を決めない旅に出たら、ふたりはどうなるんだろう」って設定ですね。そこから、「この子は何歳ぐらいかな。お父さんはどんな仕事をしているかな」とキャラクターを作っていって。「旅する途中の車内ではスピッツの『春の歌』が流れたらいいな」「娘が自分の宝物だと気づく話にしよう」「それに合う曲は『アメイジング・グレイス』だな」と考えていきました。そして「悦子さんとどのように出会って、彼女の言葉と曲でこのふたりをどう救おうか」と考える。救い方がわかればオチが決まるので、あらすじができるんです。

悦子さんがお客に合わせて選ぶ音楽も、物語の大きなカギとなる。「歌詞の書体や吹き出しの形、♪の量で曲のイメージを表現しています」と天沼さん。

天沼 設定が降ってきた時にはオチはまだ生まれてないんですね。

森沢 そう。最初の時点では「悲しみや問題を抱えた人たちが、音楽と悦子さんの言葉で救われて、新しい未来が少しキラキラする」ということしか決まっていません。そこから人物を動かして、オチを模索していく感じですね。オチまで決まったら、きっちりあらすじを書いて、あらすじを肉付けしながら本文にしていきます。逆に僕からも聞きたいんだけど、このマンガを描く時ってほかのマンガを描いていた時となにか違うところはあるのかな。

天沼 描いている時のテンションが違います。以前、別の名前でマンガを描いていた時は、シリアスな内容だったんですね。描いていて、気持ちが落ち込むシーンも多くて。それで、以前はマンガを描く=つらいというイメージがついていました。でも、森沢さんの作品は温かいシーン、涙するシーンが多くて、心が穏やかなまま描けるんです。マンガに対する負のイメージもなくなり、平穏な気持ちで描けるのがすごく幸せです。

小説とマンガと音楽を同時に楽しんでほしい

原作小説は、2014年『ふしぎな岬の物語』として映画化。1章に登場する虹の絵が映画の小道具として作られ、そのレプリカが店内に飾られている。

――コミックスの見どころについて教えてください。

森沢 原作ファンは、今のところ100%大満足しています。原作者が満足しているんだから、そりゃそうだよね(笑)。

天沼 いや、そんな……。

森沢 原作ファンだけでなく、それこそ小説が苦手な人でも原作と全く同じ温度感で作品を味わい、感動してもらえると思うんですよね。マンガならではの敷居の低さだと思います。

天沼 マンガを描いたいちばん大きな理由が、それなんです。森沢さんの小説を読んで感動した時に、「私はなぜ今まで小説を読まなかったのか」「小説を読まない人は、人生を損している。私は人生を損していたんだな」とさえ思いました。でも、小説を読まない人に「おすすめだよ」と言っても、絶対に読まないじゃないですか。「だったらマンガで描くしかない!」って思ったんです。だからこそ、原作に忠実に描きたいという気持ちが強いのかもしれません。

森沢 単行本だとおまけのマンガもついてるよね。それがまたいいんですよ。

天沼 4ページの短いものですが。

森沢 1章の希美ちゃんとお父さんがその後どうなったのか。心配している人たちが見るとうるっとくると思います。

天沼 2巻以降もおまけはつけたいですね。

森沢 3巻では、特別編も収録されますよね。先日「ダ・ヴィンチ」で番外編を書かせていただいて(17年10月号)。それがコミック化されて最後の3巻に載ります。

天沼 Webにも発表していない特別編なんですよね。いちばんのお楽しみかもしれません。

森沢 あと、作中に出てくる音楽の紹介も入るんじゃなかった?

天沼 私がCDジャケットとアーティストをイラストにして、短めの紹介文を添えています。マンガを読んで音楽に興味が湧いたら、聴いていただけるとうれしいです。小説とマンガと音楽、3つを同時に楽しんでいただければ。

森沢 僕にとっても、このマンガは絶対的な自信作です。それに、コミック化はひとつの夢でした。映画化、ドラマ化されたことはたくさんありますが、初のコミック化なのでとてもうれしいですね。原作は韓国でもベストセラーになったので、コミックも韓国に進出できたらいいなあ。

天沼 多くの方に、森沢作品の魅力が伝わればうれしいです!

取材・構成・文:野本由起 写真:川口宗道

 

原作