「閉店が近いのでは?」現実の百貨店の厳しい状況から、街の人びとに愛されてきたデパートを守ろうと奮起する『百貨の魔法』

新刊著者インタビュー

2017/11/6

ずーっと前から、「コンビニたそがれ堂」シリーズや『海馬亭通信』を書いていた頃から、村山さんのなかには、舞台である〝風早〟の街の地図に、一軒の百貨店が刻まれていたという。古い歴史を持つ、ちょっと不思議な、海辺にあるその街の西側。太平洋戦争末期に空襲を受け、かつて焼け野原となってしまった辺りに。

「けれど、今回の舞台である星野百貨店が、私のなかではっきりと姿を現してきたのは、まだ3年くらい前のことなんです。〝百貨店〟を書いてみない?と、編集担当の方に言われて。〝なぜ私が百貨店の話を?〟と戸惑いつつも、〝面白い変化球だな〟と感じました」

著者・村山早紀さん

村山早紀
むらやま・さき●1963年、長崎県生まれ。『ちいさいえりちゃん』で毎日童話新人賞最優秀賞、第4回椋鳩十児童文学賞を受賞。『シェーラひめのぼうけん』『カフェかもめ亭』『ルリユール』『その本の物語』『竜宮ホテル』『かなりや荘浪漫』『天空のミラクル』、「本屋大賞2017」ノミネートで話題になった『桜風堂ものがたり』など著書多数。

 

その存在自体は新しくとも、読者のなかで星野百貨店は、すでに有名百貨店だ。「本屋大賞2017」にノミネートされた『桜風堂ものがたり』に登場する銀河堂書店がテナントとして入っていた、あの百貨店。本を万引きした少年が駆け下りていった吹き抜けのなかのエスカレーター、彼を追う主人公の書店員・一整が見つめた天井のステンドグラスから降り注ぐ光、昭和に建てられたクラシックな輝きを持つ百貨店。

「『桜風堂ものがたり』のほうが刊行は早かったのですが、書き始めたのは『百貨の魔法』のほうが先で。だから読んでいると、〝あれ?もしかしてこの人は……〟ということが、二作の間には起こってきます」

第一幕から終幕まで、6つの物語で奏でられるストーリーは、インフォメーションのリーダー、資料室のスタッフ、創業家の人々……と、お客様と真摯に向き合う人たちに次々とやさしい光を当てていく。

「私は物を売る人やサービスをする人への思い入れがすごく強くて。東京に来たとき、いつも泊まるホテルで働く人、普段の暮らしのなかで接するスーパーやコンビニの人、そして書店員さんたち。以前、書店員の方たちとご飯を食べに行ったとき、大雨が降ってきたことがあったんですね。すると〝何か起こったら、まずお客様の安全を確保しないとね〟という話がその方々の間から自然に出てきて、〝接客のプロだなぁ〟と感じ入ったんです。私たち、客側は、その方々のそうした意識に守られていることを知らなかったんだな、とも。そして、この接客のプロのエッセンス、その美しさを書かずにどうする?とも」

そんな意識が登場人物のなかに毅然と存在する物語は、エレベーターガール・いさなの話から幕を開ける。

現実の百貨店の厳しい状況 そこで働く人に寄り添って

「彼女は最初に思いついたキャラクター。百貨店の資料を見ていくと、やっぱりエレベーターガールは、百貨店がきらめきを放っていた頃のひとつの象徴的な存在なんですよね」

創業した50年前から稼働している手動式の美しい箱を操るその人が思いを巡らせていくのは〝閉店が近いのでは?〟という噂のこと。

「私が子どもの頃、日曜日に家族みんなで百貨店に行くというあの喜びといったら。この物語では、そうした昭和の頃の、百貨店全盛期時代の郷愁みたいなものも描いてみたかったけれど、それより今、ニュースが告げているような閉店や業界再編など、現在の百貨店の危機的な状況に寄り添いたかったんです。リアルタイムでその場にいて、なんとかしようとする人々を通して」

だが経営状態を、営業数字を、ということに奔走していく百貨店復活物語ではない。たとえば焦げたテディベアを抱え、肩を落とす異国の娘に、どんな声を掛け、そのお客様のためにどんなサービスを尽くすのか――。そんな人と人との間に流れるものから、傾きかけた星野百貨店復活への夢を叶えていこうとする物語なのだ。そしてそこには……。

「〝にゃあ〟と(笑)。店の象徴である朝顔の花の群れが描かれた天井のステンドグラス、その真ん中にいる白い子猫が、本作のファンタジー要素の核ですね。私が子どもの頃はまだまだ戦後児童文学のようなものがたくさんあって。そうしたものを読み、育ってきたことによって、自然と血肉になり、出てきたものですね」

星野百貨店は戦災孤児たちがつくりあげた夢と希望の結晶。物語では、その哀しい成り立ちも明かされていく。白い子猫の姿がなぜ店の象徴として描かれているのかということも。そして、その子猫は時々、ステンドグラスを抜け出し、店内を歩くという。子猫に話を聞いてもらえれば、願い事を、なんでもひとつ叶えてくれるという。

「この物語は、元来、ファンタジー作家である自分の本領を注ぎ込んだ、大人のためのファンタジーです。けれど夢物語ではない。だから登場人物たちも、猫にどうにかしてもらおうとは思っていなくて。そして、そういう人たちが、私は愛しくて」

ファンタジーと現実の絶妙な塩梅。それが本作の最大の魅力のひとつだ。さらに重ねられるのが、この百貨店に初めて席が用意されたコンシェルジュの存在。やってきた芹沢結子はどこか不思議な女性。いつのまにかそこにいたり、新任なのに、この店を知り尽くしていることから、ステンドグラスの猫の化身とも噂される。

「どこから通ってきているのかもわからない、さらに〝以前、会ったことがあるような……〟と、幾人かの人が首を傾げる結子は、現実から浮いているようなロマン側のキャラクター。こうしたファンタジーと現実の匙加減は、これまで培ってきた皮膚感覚に依っています。物語というひとつの建物を建てるように、そのバランスを崩さないように」

結子はいったい何者? すべての章をつないでいく、ひとつのミステリーが着地するところとは――。

ここに出てくる人々はあなたであり、私でもある

「夢は叶っても、叶わなくても夢。私は、その部分に関してはシビアで、漠然と憧れるような夢は、物語のなかでも叶っていないんです。ただ、夢って叶っても、叶わなくても、みんな幸せに生きているでしょう?」

かつて抱いていたステージへの夢、破れたその夢が刺した棘が今も抜けないテナントショップの咲子、哀しい別れ方をしたある人に、もう一度逢えたら、というかすかな夢を見る宝飾品売り場のフロアマネージャー・健吾……ストーリーは、お客様に夢を与えるこの場所で働く人の、それぞれの夢の在り処、そして抱え持つ事情もこまやかに掬っていく。

「いつもニコニコしている人でも、なにか抱えていたりしますよね。私はそうした普通の人、善良なる人というものを書きたかったんだと思うんです。時々、泣き言とかも言うけど、人に寄りかかることもなく、心に凛としたものがある人々を」
それはずっと舞台として描いている風早の街の〝風土〟のようなものにも思える。村山さんにとって、その街とは――。

「風早は、父が転勤族だった私が、中学校の2年間を本当に楽しく過ごした千葉県の市川なんです。今も思いを馳せてしまう大好きな場所。大きな団地があって、バスが走って……という、あの街の雰囲気が基盤となり、高校から暮らす長崎の要素も若干混じり、風早という理想郷をつくってきた感じですね」

そんな地に足の着いた世界の上に成り立つ物語から、村山さんが伝えたいのは――。

「ここに出てくる人々は〝あなたであり、私でもある〟ということ。世界は無数の脇役で構成されていて、主役っていないと思うんです。物語で主役となっている人はライトを浴びているかもしれないけど、それはたまたま光が当たっただけ。みんなこうなのよ、みんなこうしてキラキラ輝いているんだよ、と、この物語が伝えられたらいいなと思います」

取材・文:河村道子 写真:冨永智子