「28歳から、女性が活躍できる時代が始まる」 加藤ミリヤが小説『28』に込めた思いとは?〈後編〉

文芸・カルチャー

2017/12/1

■ずっと空間を共有していたいと思うような女の子同士の美しい瞬間を書きたかった

――女友達って不思議ですよね。人生を背負ったり、考え方を変えたりすることは絶対にできないんだけど、恋人以上にどこか頼りにしているところはある。

加藤ミリヤ(以下、加藤) 人の話、あんまり聞いてませんしね(笑)。相談するときにはもう自分の中で答えが決まっているから、アドバイスなんてほとんど受け入れない。でも友達と一緒にいるときに、帰りたくない、ずっとこの空間が続いていてほしいと願うときはあって。その瞬間の大事さみたいなものは私もこの歳になってようやく気づいたような気がします。

――小説終盤で、事件を起こしたさくらを囲みながら全員が集合したときにある、〈誰も帰りたくない夜だった。〉という一文は、大人の女性同士が醸し出せるあたたかさと愛おしさが溢れていて、とてもよかったです。

加藤 あのシーンは私にとってもとても大事。いろいろ悩みをぶつけあったり、ちょっとした見栄をはりあったりしていたみんなの気持ちが、初めてぎゅっと一つになった瞬間なので。トピックスの中心はさくらだけど、たぶんそれぞれが自分自身にも想いを馳せている。友達を通じて、自分を見る。友達のことも自分のことも、大切に想う。そんな場面があったら、美しいじゃないですか。さして広くもない部屋に、ソファはあるけど床に座って、壁に背をくっつけてお茶を飲んでる子もいて、っていうのを想像したら、すごく些細で微笑ましくて人生にとってとても意味のある瞬間だよなあって。

――やはり「28歳」というのも重要な気がしますね。大人にとっての思春期のような時代。加藤さんがおっしゃったように誰にとっても分岐点になりうる歳だからこそ、誰と一緒に過ごすかが重要になってもくる。

加藤 結婚・出産する子がすごく増えますしね。なんでだろう、と思う反面、精神的にも肉体的にも、そういうタイミングなんだっていうのもなんとなくわかる。だけどやっぱり、一番適したタイミングが全員同じであるわけがないっていうか、仕事や環境によって変わってくるじゃないですか。28歳なのにまだ結婚していないとか、いい人がいないのか、とか。年齢によって私は他人を評価したくないし、私だってされたくない。大きなお世話だよって思っちゃう。そんなのは自分で決めることだし、自分の人生に自分で責任をもって生きている女の子たちを、私はやっぱり、チアアップしていきたいなあと思うんですよね。それは「私はこれで生きるんだ! それでいいんだ!」って決めつけるのとは違って、そうやって私たちは生きているよね、それでいいよね、って徐々に確認できていくことが大事なんじゃないのかな。だって、日常でそうそう事件なんて起きないじゃないですか。衝撃的な出来事が起きて何かが決まることって、あんまりない。普段のあたりまえの生活があって、積み重なっていくうちに気づけばそうなっていく、っていうのがたいていだし。だから今すぐ何か答えが出なくても焦る必要はないし、自分の価値観と違う人がいてもそれはそれで普通なんだって思う。そう思うように気づけば私もなっていました。

■自分に生まれてよかった、と女の子たちが思えるようにチアアップしていきたい

――12月に新曲「新約ディアロンリーガール feat.ECD」がリリースされますが、この曲の冒頭には5人の名前もラップされますね。2005年、加藤さんが17歳だったころにリリースされた「ディアロンリーガール」との対比にもなっています。

加藤 10年近くの月日が経って、私自身、変わったところもあれば全然変わらない部分もある。女の子って10代の頃からわりと自分の意見をしっかり持ってるし、そのころ確立されたものってやっぱりなかなか変えられないんですよね。でも、「ディアロンリーガール」では涙を流しそうになっているのを風がまぶしいせいにしていた「私」が、「新約」では、風がまぶしかったら泣いてもいいよねって、涙を流す自分を受け入れられるようになっている。私はそういう大人になったんだなって、はっとさせられました。

――同じ「さみしさ」を歌ってはいても、孤独と孤立は違うのだと知った、というような印象を受けました。10年、涙をこらえ続けてきたからこそ、弱い自分を許せるようにもなったのかな、とも。

加藤 そうですねえ。あと、冒頭のラップは10代の自分と会話しているつもりで歌っていて。あの頃、こういう大人には絶対なりたくないと思った怒りや悔しさをずっと抱え続けてきたし、大人になったらわかるよって言われるのが一番きらいだった。だけどそういうことを言いたくなる大人の気持ちがちょっとわかるようになる自分が残念で、実際、言いそうになることもあるんです。「大人はうるさいんだよ!」っていう怒りと、「でもまあわかるよ」っていう受け入れと、そのあたりをバランスよくちゃんと持っていけたらいいなとは思っていますね。

――今回の小説はそのバランスがとてもとれているからこそ、大人の女性の心に響くんだと思います。

加藤 だと嬉しいですね。今、自分の表現におけるすべてにおいて、女性のエンパワーメントっていうのがテーマなんです。私はデビューしたのが早かったので、13歳くらいからずっと、20歳以上年上の人たちと仕事することが多かった。だけど28歳くらいから、スタッフやディレクターさん、編集者さんに同い年の人たちが増えてきたんですよね。女性が仕事で評価される年代なんだなというのが実感できたし、自分たちの時代はここから始まるんだという喜びもあった。だけどやっぱり、みんなバリバリ働いて頑張っているのに、女性というだけで立場が弱かったり悔しい思いをしたりしていることがたくさんある。そういう子たちに、女に生まれてよかった、自分に生まれてよかったって思ってもらえるようなものを私は生み出していきたいです。いろいろ考えすぎちゃう日もあるし、それはそれで大事なことかもしれないけど、毎日楽しいなって単純に思えて、一日の終わりに女友達と白ワイン飲みながらおしゃべりできたら最高じゃないですか。シンプルに自分の人生をエンジョイできたらそれが一番じゃない、って。

――その中で、加藤さんにとって歌ではなく小説で表現していくことの意義はどんなところにあるのでしょう。

加藤 単純に、詳細に気持ちを書けるというのが嬉しいですよね。それがしたくて小説を書きはじめたので。歌詞は音楽があってのものだから、文字数が限られているし、メロディとあわなかったら違う言葉に変換しなきゃいけない。そうじゃない、言葉だけを見つめて書くことができるのはとても幸せです。その形で伝わるものもきっとあると思うし。

――今後、どんなものを書いていきたいですか。

加藤 もともと私は自分の内側に向けた小説しか書いたことないし、それしか書けないと思っていたんですよ。でも今回はそうじゃなく、広く外側に向けて書く小説だったから、自分でも大きな挑戦だったし、編集者さんに「これで大丈夫? 面白い?」っていちいち確認しながら書いていたんですよね。できあがった今、書いてよかったなあと思うし、これからもそういうものを書いていけたら嬉しいですね。やっぱりライトに楽しめてみんなが元気になるものって偉大だと思うから。あとは、エッセイを書いてみたいです。これまであんまり他人に積極的に興味を持つタイプじゃないと思っていたんだけど、余裕ができたせいか、自分以外のことに目を向けられるようになってきたんですよね。私の書くものってどうしてもメッセージ性を求められるし、それはそれで大事な私の役割だから続けていくつもりなんですけど、徒然なるままに感じたことを自由に書く、っていうことをやってみたいです。

【前編】マウンティングとも違う…加藤ミリヤの“ガールズトーク小説”『28』は、5人の女性たちがそれぞれの人生と闘いながら、ともに歩む姿を描く!

取材・文=立花もも 写真=山本哲也