筒井康隆も大ファンの“大泉洋”に騙された!?『罪の声』以上の傑作と絶賛!『大いなる助走』の“それ以後”を描いた 筒井康隆×塩田武士『騙し絵の牙』対談【前編】

エンタメ

2017/12/7

 小説のジャンルとスタイルの改革者・筒井康隆。出版界を舞台に、実在の俳優をあてがきした『騙し絵の牙』を8月31日に発表し、その新感覚小説に話題沸騰中の塩田武士。奇跡の作家対談が実現!


――お二人が初めて会ったのは、山田風太郎賞の選考会だと伺っています。

筒井 私は今、文学賞の選考委員を二つやっているんです。谷崎(潤一郎)賞ではその年の最先端の純文学を候補作として読んで、それから風太郎賞のほうでその年の最高のエンタメの作品を読んでいるんですが、去年の風太郎賞に推挙したのが塩田君の『罪の声』でした。

塩田 山田風太郎賞にノミネートされた時点でまず何が嬉しかったかというと、僕の小説を筒井先生に読んでいただけることだったんです。僕も先生と同じ関西の人間ですし、生まれた時からずっと「筒井康隆」という大きな存在を感じ続けて生きてきたので……。選考会のパーティーでお会いして「読みましたよ」と言ってくださった時は、感動に打ち震えました。さらにまた、新作までお読みいただけているというのはまったく想定外で。

筒井 前作以上の傑作ですよね。面白いし、巧い。(『騙し絵の牙』の表紙を指差して)これに騙されましたね。大泉(洋)君がいつ出てくるんだろう、いつ出てくるんだろうと思っていたら、なかなか出てこない。

塩田 そうですね(笑)。大泉さんを主人公・速水のモデルにしていますが、小説の中に「大泉洋」は出てこないです。ただ、出版界を含む日本のメディア産業の現在を描こうとした作品でもあるので、出てきてもおかしくなかったかもしれません。

筒井 メタフィクションなのかな、と思ったんですよ。大泉君に気を取られていたからね、まさかこういうどんでん返しがあるとは予測していなかった。

塩田 この企画自体は、もともと大泉さんと親しい編集者が持ってきた話なんです。「主人公に大泉洋を“あてがき”した小説を書きませんか?」と。当初から映像化を視野に入れた企画でもあったので、編集者やマネージャーさんの意見を聞いて、「どんな大泉洋が観たいか?」とみんなで話しながら作品を作っていったんです。

筒井 僕ね、大泉君の大ファンなんですよ。彼が出ている『真田丸』は全部観ました。コマーシャルに出ている時の、コミカルな演技も好きですね。

塩田 実は今回、大泉さんとも何度か打ち合わせをさせてもらったんです。そこではプロット上のアドバイスをいただいたんですね。大泉さんは「万人性」をテーマにされている方なので、多くの人に受け入れやすいものを意識してほしい、と。そこからプロットを立て直したおかげで、よりエンターテインメント性の高い作品を完成させることができたと思っています。

■「助走」と「巨船」とそれ以後を描く「騙し絵」


筒井『騙し絵の牙』にはメタフィクション的なところがあるでしょう。今の出版業界のことが、新聞記者をされていた塩田君らしい社会派的な筆致で書かれている。「いくらなんでもこれほどのことはないだろう?」と若い編集者に聞いたら、「この通りです」と言う。こんなに大変なのかと、びっくりしました。

塩田 出版業界のリアルな現状を書きたい、この機会に厳しい現実をちゃんと見つめ直して、今までは通用してきた「雛形」を疑いたいなという気持ちがありました。

筒井 僕の『大いなる助走』(1979年単行本刊)は出版業界をネタにした小説で、『巨船ベラス・レトラス』(2007年単行本刊)ではその当時までの状況を新たに総括したんだけれども、「それ以後」の状況の変化が『騙し絵の牙』に書かれている。

塩田 そう言っていただけると本当に嬉しいです。この本は完成まで4年かかっているんですが、その間はとにかく徹底的取材をしたんです。取材方法としては、実際にアポを取ってインタビューすることもありつつ、「『騙し絵の牙』を書いています」ということを一切黙って、出版業界に関するあれこれを相手から聞き出して、それをそのまま書くという非常にひどいこともしています。

筒井 僕の『大いなる助走』の時とおんなじだ。

一同 (笑)

筒井 モデルにした人から文句は来なかったの?

塩田 主人公の速水を大泉さんでイメージした以外は、登場人物に厳密なモデルがいるわけではないんです。一人の登場人物の中に、現実の何人分かのエピソードを盛り込んでいる形ですね。

筒井 それは賢い。それは新聞記者的ズルさでもある。僕の場合は誰か分かるようにはっきり書いちゃうから、『大いなる助走』を連載していた出版社に怒鳴り込んできた人がいるよ。「あの連載をやめさせろ!」って……唇の分厚い人が。

塩田 恐ろしい話ですね!(笑)この本を読んだ出版関係者から、「あの登場人物が喋っていることは、何々社のあの編集者がモデルでしょ?」って言われることは多いです。でも、僕はまったくその人のことを知らないんですよ。しかも、同じ一人の登場人物に対して、出版社も異なる別人の名前が挙がるんです。

筒井 それは面白いなぁ。

塩田 各出版社で同じ悩みを抱えているんだと思いましたね。自分は普遍的なものが書けたんじゃないか、という自信にもなりました。

――塩田さんは『騙し絵の牙』を執筆するうえで、『大いなる助走』の存在は意識されましたか?

塩田 これを書く前にもちろん、読み直しましたね。調べてみたら、僕が生まれるちょっと前に発表されているんですよ。

筒井 そうでしたか。

塩田 にもかかわらず今読んでも面白いし、いろいろと衝撃的で……。やはり僕は先生の笑いの部分に影響を受けたんだな、と感じました。僕は高校の時に事務所に入って漫才をしていまして、ずっと台本を書き続けていたんです。舞台の笑いを経験してきたんですが、活字による笑いはまたまったく違う。そこを筒井先生の作品を通して、ひたすら勉強してきたんです。

筒井 妻はね、会話が多くて読みやすくて面白いって言っていた。一生懸命読んでましたよ。彼女が「3日で読んじゃった」なんて言うのは、珍しい。亭主のいる業界の話だから、興味もあったんでしょうね。

塩田 今、この小説を書いて良かったなと心から思っています!

【後編に続く】

取材・文:吉田大助 写真:干川 修

■プロフィール
筒井康隆(つつい・やすたか)

934年、大阪府生まれ。1960年、作家デビュー。「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と謳った『モナドの領域』で2016年度毎日芸術賞受賞の他、賞歴多数。『時をかける少女』『虚人たち』など膨大な著作を持つ。

塩田武士(しおた・たけし)
1979年、兵庫県生まれ。神戸新聞社在職中の2010年、『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。12年より専業作家に。16年『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞し、17年本屋大賞3位に輝く。