ひとつひとつの検証の積み重ねが、『スロウスタート』のあたたかみを形成する――橋本裕之監督インタビュー(前編)

アニメ・マンガ

2018/2/17

 現在放送中のTVアニメ『スロウスタート』とは、どのような作品なのか? それを簡潔に表現するなら、「ものすごく丁寧に、愛情を込めて作られているアニメーション」という言葉こそふさわしいと思う。原作は、「まんがタイムきらら」に連載中の、篤見唯子による同名コミック。高校受験の日におたふく風邪を引いてしまい、「中学浪人」という秘密を抱える一之瀬花名と、彼女を取り巻く友人たちのあたたかな日常を描写した4コマ作品だ。ショートエピソードを重ねながら、花名が友人たちと少しずつ近づいていく過程をじんわりと読み手に浸透させていく原作は、4コマならではのテンポがとても心地いいのだが、ことアニメーションにするとなると、「完全再現」をするだけでは、原作の魅力を十分に伝えるのは難しい。読み手の想像を補完し、映像ならではの楽しさを引き出すために、TVアニメ『スロウスタート』で監督・橋本裕之が選択したこととは、『ご注文はうさぎですか?』の監督も務めた「日常系」の名手に、創作におけるキモを聞いた。

みんなで、やわらかいガードレールを敷いている状態です。当たっても大丈夫(笑)。

――この取材の時点で、TVアニメ『スロウスタート』は3話まで放送されていますが、現時点で監督が感じている手応えをお聞きしたいです。

橋本:観てくれている人たちに、『まんがタイムきらら』が持っているあったかさみたいな感じは伝わってはいると思います。ただ、この作品の主人公には中学浪人っていう属性があって、そのあたりを自分たちが思っている以上に不安に感じてる人が多いのかな、とも思ってます(笑)。それは、ある程度想像していたところでもありました。3話で、花名のお母さんのプレゼントのスノードームをもらったところは、グッときてくれている人が多かったのかな、と思います。

――設定について、お客さんが思った以上に不安になるかもしれないと想定した上で、具体的に何か事前に手を打ったりしたんですか?

橋本:そうですね。花名に対しての言葉遣いは、アニメではちょっと変えています。たとえば原作ではたまてしか花名に寄っていかないシーンで、冠や栄依子も寄っていったり、お母さんが「志温のところでひとり暮らししなさい」って言うシーンも、漫画で読むといろいろ「こういうことなのかな」って考えるタイミングがあるんですけど、アニメだと30分で流れちゃうので、オリジナルのセリフを入れておかないと補完できないかも、ということで、セリフを足しました。お母さんの誕生日プレゼントも、アニメで観てると「お母さんは花名をほったらかしにしてるんじゃないか」と気になる部分があるだろうな、と思って入れてますね。

――映像を観ていると、今おっしゃったことと似た印象を感じます。それは、ものすごく丁寧に作られているアニメなんだな、ということで。

橋本:みんなで、やわらかいガードレールを敷いている状態です。当たっても大丈夫(笑)。でもそれは必要だろうと最初から思ってました。以前『まんがタイムきらら』の他の作品をやらせてもらったときにも感じたんですけど、『きらら』に対して持っているみんなのイメージって、優しくてやわらかい世界なんですよね。どこか、自分のまわりにない温かい世界を求めて観ていると思うんですよ。『スロウスタート』が面白いのは、そこに踏み込んで少し暗い部分も入っているところで、「なかなか挑戦的だな」と思いました。アニメ化するときにはそこも描きたいと思ったんですけど、TVアニメの難しいところって、1話を観て「イヤだな」と思ったら、そこで観るのをやめる権利もあるんです。だから、いかにキャラクターが面白い、しかも話も面白いのか、ということを最後まで見せ続けなきゃいけない。優しさを求めて観た結果「つらい」みたいなことになってはいけないので、キャラのセリフはすごく気を遣ってますね。一方で、『スロウスタート』特有のリアル感もあって、それを全部なくしてしまうと違うものになってしまう。そのさじ加減が難しいと思います。

――原作の味を大事にしつつ、観た人が最も気持ちいい映像にするには、必ずしも完全再現が正解ではない、ということですね。ひとつひとつの検証の積み重ねが大事になってくるというか。

橋本:そうです。それでいて、「こんなに考えたんで、これを観てください」みたいな感じだと、またちょっと違ってくる。「いいお肉を使ってるんですよ」じゃなくて、「食べたらおいしいね」くらいでないといけないところが、難しかったりしますね。

――ここまで放送された回の中で、「ここはうまくいったな」「いいところに着地できたな」と感じてるシーンは、たとえばどこになるんでしょうか。

橋本:12話まで終わってみないとわからないところはありますけど、キャラの魅力という部分では、作画さんが頑張ってくれて、ものすごくかわいく動かしてもらってると思います。志温は別として、原作は4コマなので、四角い枠の中から出られない部分があるけど、「たぶんこうやって動くんだろうな」というところで、キャラの動きは違和感なく見られると思います。冠だとこういう動きしそう、栄依子だとこういうポーズしそう、っていうところは出せたんじゃないかな。4コマの場合、顔のアップでつないでいく感じになるので、見えてないキャラの立ちポーズなどは漫画としてなかなか描ききれない部分ではあります。そこは伝えられているんじゃないかな、という感じはしてます。

みんなで楽しく作っていきたい。面白ければ採用、みたいな感じです。

――この作品のメインキャラクターは4人ですけど、この前演者さん4人で座談会をしてもらったときに、「最初はすごくおずおずしてた」っていう話があって。

橋本:してましたね(笑)。

――最初は探りながら一緒の時間を過ごしていて、今はとてもいいチームワークができている。監督は、彼女たちの関係性の変化ってどうご覧になってましたか。

橋本:経験豊富な人たちではなくわりと新人寄りの人たちを起用しているので、4人がどうなっていくのかはほんとうに未知数な部分がありましたね。演技としてもそうだし、4人が仲良くなれるか?っていうこともそうだし。でもみんなでいるとすぐ仲良くなっていきました(笑)。演技に関しては最初は「うまくやらなきゃいけない」みたいなところがあったと思うんです。こちらからは「そんなのいらないから」「このキャラはこういうことしか言わない、とは考えないでほしい」と伝えました。たまて役の伊藤さんは、特に大変だったと思います。キャラとしてセリフも多いし、常にテンションも高い。最初は「テンションが低すぎる、もっともっと高くしてくれ」みたいなことを伝えてました。そんなたまてに他の人もつられて、「ここまでやっていいんだ」みたいな感じで、みんなもノッてきてる感じがします。だから、最初と今とでは、だいぶ違いますね。みんな堂々としてきてまるし、ブースのこっち側が笑ってれば正解なんだなっていうこともわかってきて。自分や音響監督の(明田川)仁さん、原作の篤見さんとかが笑ってる、それってやっぱり楽しいっていうことなんですよ。アニメを観たら楽しい気分になってほしいので、現場が楽しいことは正解なんだろうなって思います。最初の頃は、わざとキャストの中に自分も入って話を広げたり、会話してたんですけど、最近はもう入れないですもん。4人で仲良くなりすぎて、4人だけでわーっとしゃべってるから、自分は遠くから見てるお父さんみたいな感じになってきました。

――それがちょっと寂しかったりもする、と。

橋本:最近はもう4人でしゃべって、4人で完結して、みたいなこともありますから(笑)。いや、全然いいんですけど、若干花名のお父さんに似た寂しさを感じたりしますね(笑)。それに対して、志温と榎並と大会(M・A・O、沼倉愛美、内田真礼)の3人のお姉さん勢の感じが面白ったりもします。アフレコのとき、こっちにお姉さん3人が座って、その隣にメインの4人が座ってるんですが、「なんか壁あるよね(笑)」って言ったら「緊張してます」って(3人に)言われて。「緊張すんのかい」と思わずツッコんでしまいました(笑)。そんな中で、お母さん役の日笠(陽子)さんだけが、遠くからガンガン飛んでくる(笑)。

――(笑)。

橋本:「ちょっと一回黙ってもいらっていいですか(笑)」って言ったら、「なんで⁉」って(笑)。日笠さんは、オーディションから面白かったですね。「わたし、花名もやりたい」って言い出して。仁さんとふたりで「いいけど録らないよ」って言ったんですけど、「一回だけ花名やらせてください」ってことで一応やってみたんですが、やっぱりうまいんですよ(笑)。あと日笠さんがいてくれると、場の空気もいい感じになるので、ぜひお母さん役を、とお願いしました。これから、STARTails☆がさらに仲良くなって、日笠さんを交えてイベントをやったりすると、「うるさいよお前ら!」みたいな感じで軽快にツッコんでいただけることになると思うんですよ(笑)。そういうところも、花名のお母さんと似てると思うんですよね。言葉遣いが強いところもあるけど、根底にある優しさが見えるというか。

――演者さんと直接コミュニケーションを取っていろいろディレクションするのは音響監督さんの仕事、というイメージがあるんですけど、橋本さんはわりとそれをやるほうなんですか?

橋本:自分はわりとやりますね。もの作りをしてるのは向こうもこっちも同じなので。もちろん、音響監督にも的確な指示を出してほしいんですけど、それ以前に、こちらが思ってることを理解していてほしいって思ってます。「このシーンってこういう意味なんですか」っていうのが聞きやすい感じになってるほうが、現場的にはいいだろうと思っているので、できるだけ話しかけるようにはしてます。もちろん現場にはある程度の緊張が必要だし、仕事だからなあなあで終われるわけではないけど、笑いがないと堅苦しいだけになってしまうし、みんな遠慮しちゃうので。遠慮を越えたところで自分たちのアイディア、「こういうこと考えてみたんです」「こういうことやってみたいんです」っていうものも入れてほしいな、と思っていて。それが試せるような現場じゃないと、どんどん気分が重くなっちゃいますからね。だから、自分はわりとアドリブも入れてます。花名のモノローグの画面外に“アドリブ”を入れておくんですよ。そうなると、もうキャスト当人同士で話し合わないとしょうがないじゃないですか、「どうする?」「とりあえずなんか言ってみる?」って。相手の空気を読まないといけないし、セリフじゃないキャラの気持ちを読まないといけない。そこで、「このキャラってこういうことを言うんだな」という感じで、キャラの心情や相手キャストの心理もだんだんわかってくるんですね。

――なるほど。お互いの理解を深まるために、アドリブがいいヒントになる、と。

橋本:そうですね、決められたセリフを読むだけだと、それ以上のことをするのはなかなか難しいですけど、「自分たちも考えて参加しました」みたいな感じが入ると楽しいと思います。

――現場が職人的じゃない感じがありますね。ファミリー感があるというか。

橋本:そうですね、みんなで楽しく作っていきたいので。面白ければ採用、みたいな感じです。

――『スロウスタート』のような作品を作るときには、その空気が特に大事になるんでしょうね。

橋本:自分は、そういうところが大事と考えてますね。「これしか正解がない」ってなっちゃうと、やっていてもみんな疲れちゃうし、そういう気持ちって画面に出ちゃうんですよ。アニメって、観ているときにできあがった映像以外の何かを感じるときがあったりするじゃないですか。「このアニメ観てて楽しい」って思ったときに、それって絵の枚数が多く入ってるから楽しいわけではなくて、雰囲気がすごく楽しそうだったり、作品を好きで作ってるのが伝わってくることがあると思うんですよ。絵コンテやシナリオをちょっと出た部分、原画さんが遊んでそうな感じがしたり、「どう聴いてもセリフをアドリブで勝手に入れて楽しんでるでしょ」みたいな感じでニヤニヤしちゃうところがあったり。で、自分は観てる人たちにもそうなってほしいんですよね。一緒に作ってる感じになってほしい。観てる以上は作る過程には参加できないですけど、それを盛り上げたりすることで、一緒に楽しんでほしいな、という感じはあります。

――単純に鑑賞するものではなく、体験して、コミットする、参加する、的な感じですね。

橋本:そうです。それが、自分が一番目指しているものだと思いますね。逆に言えば、完璧なものを作って出せない自分もいるわけです。隙がないくらい完璧にできたらいいのかもしれないけど、それは自分の力が及ばないところなので、自分は自分のできるところをうまく広げて作ったほうがいいんだろうな、と思ってやってる部分もあります。だから、でき上がるまでどうなるのか、自分の中でもわからない部分があるんです。でき上がったアニメを観て、「普通に面白いなぁ」と思うことがあります(笑)。

――想像した通りのものを作りたいわけではなくて、そこにいろんな要素が加わって、結果たとえば少しいびつな形のものになったとしても、楽しいものになっていたらそれでよし、みたいな。

橋本:そうです、ほんとその通りだと思います。

――『スロウスタート』って、いわゆる「日常系」の作品じゃないですか。そのジャンルの作り方として、橋本さんがおっしゃったアプローチはすごく有効なのだろうな、という感じがしますね。

橋本:自分が思う楽しいアニメの作り方って、そういうところじゃないかな、と思ってます。そこにできるだけ寄せていきたいし、みんながそういう風に思えるようにしたいし。『スロウスタート』は、監督の自分と同じか、自分以上にこの作品を好きな人が、スタッフやキャストの中に多くいると思うんですよ。好きすぎる点では、やっぱり誰にも自分は負けてないと思うけど(笑)。そうやって、みんなが『スロウスタート』を好きになってる感じがいいんじゃないかな、と思います。作ってる人が好きじゃないものを、観ている人が好きになるわけがないですから。作ってる人たちが好きで、楽しそうだな、と思うから、安心して観ていられる。「仕事だな」と思って作られたものを観ても、どこかで画面から伝わってしまう。「こうしたらいいんでしょ」みたいなロジック的な感じになっちゃって、そこにビックリすることはひとつもない、すごくよくできたフィルムなんだけど、なんか味がない、みたいな。日常系ってずっと観続けられなきゃいけないので、フランス料理のフルコースのように形式的なものではなくて、定食屋の日替わり定食の感じを目指したいですね。

インタビュー後編に続く

取材・文=清水大輔

橋本裕之(はしもと・ひろゆき)
1973生まれ。アニメーション監督、演出家。2007年、『コードギアス 反逆のルルーシュ』で作画監督補佐を務め、以後『Angel Beats!』『バクマン。』『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』などで演出・絵コンテを担当。初監督作は、『ご注文はうさぎですか?』(2014年)。
TVアニメ『スロウスタート』公式サイト http://slow-start.com/