「離婚」の2文字がチラついたら。まず手にとってほしい問題作

マンガ

更新日:2018/4/19

『離婚してもいいですか? 翔子の場合』(野原広子/KADOKAWA)

 「離婚してもいいですか?」

 そんな衝撃的なタイトルの24コママンガが、雑誌『レタスクラブ』で連載を始めてからはや1年半。物語の集大成となる単行本『離婚してもいいですか? 翔子の場合』(野原広子/KADOKAWA)が4月13日に発売されます。

 そこで、多くの女性たちをざわつかせた“問題作”には、どんな思いがこめられていたのか、作者の野原広子さんを直撃取材。編集を担当した『レタスクラブ』松田紀子編集長と一緒にお話を伺いました。

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■水を打ったような沈黙から、気付けば大人気連載へ

──まさかあの『レタスクラブ』で離婚ネタとは……! 正直、はじめはびっくりしました。

野原:ですよね! 私も松田さんにお話をいただいたときはまさかと思いました。でも選んでもらったっていうのがうれしくて、これはしっかり打ち返さねばと。

松田:『レタスクラブ』にとっては大きな賭けでしたね。ただ、連載開始当初は読者の方々からあまりにも反応がなくて。まるで水を打ったような静けさでした。

野原:きっと、どうコメントしていいかわからなかったんじゃないですかね。このマンガに興味があること自体をダメと思っているいうか。まして「いいね」なんて言ってるのを誰かに見られたら大変だって。

──たしかに誌面のほかの内容からすると「離婚」という単語自体に戸惑ってしまうかもしれません。

松田:でも、徐々に読者アンケートの上位に登場するようになって。連載開始から1年が経ったころには、コミックエッセイのなかでダントツの人気を誇っていました。

野原:松田さんから「先が気になってつい最初に読んじゃう」っていうお声をいただいたと聞いて、きっとこのマンガは“お化け屋敷”みたいなものなんじゃないかなと思いました。怖いんだけどつい覗いてしまうというか。

■「とにかく笑って丸くおさめる」翔子みたいな人はけっこう多い

──主人公の翔子のキャラクターについてはどうですか? 正直ちょっとイライラさせられた部分もあったのですが……!

野原:「はっきりすればいいじゃん!」って思いますよね(笑)。私も、みなさんよくついてきてくださってるなって思ってました。

 でもすべてを丸くおさめるために自分の気持ちを殺してニコニコしてる人、けっこう多いんじゃないかなと。「女は何が何でも家庭を守らなきゃいけない」っていう刷り込みもあると思うので。

──とはいえ、夫が翔子のことを高校の同級生の室井さんと比較して「おまえはくだらないな」と怒鳴ったときは「さすがに怒るべきでは……?」と。

野原:「よその女と比べる」っていうのがよくあるんですよ。ほら男の人って、女友だちの写真を見せると「この子が一番かわいい」とかって言うでしょ(笑)。

──たしかに……!

野原:しかも翔子は、幼いころ怒りっぽい父親の機嫌を損ねないためにいい子を演じていた習慣を大人になっても引きずっていて。

 だから夫にひどい言動をされても、ニコニコ笑って耐えている。でも、絶対どこかで無理が出てくるんですよね。

──お父さんとのエピソードはすごく納得感がありました。はじめはイライラさせられていた翔子の性格も、その理由を知って許せるようになったというか。

野原:この話を描くにあたって、離婚を考えている方や実際に離婚した方のブログをいろいろ読ませていただいたんですね。

 そうしたら「お父さんがお母さんに厳しく当たっていた」とか「お兄ちゃんの家庭内暴力がひどかった」とか、自分が生まれ育った家庭に不安定な雰囲気があった方がけっこういらして。

 もしかしたら、そこで培われた性格が「夫に言いたいことを言えない」「何をされても我慢してしまう」ことに影響しているのかもしれないなと思ったんです。

──翔子は心療内科の扉を叩いたことで「幼いころから、自分を抑えてニコニコするように訓練されてきた」と気付きます。ここから一気に物語が動き出しましたよね。

野原:そうですね。翔子は自分の限界を自覚したことで離婚に向けて一歩踏み出します。それが専業主婦をやめて介護の仕事を始めることでした。やっぱり「離婚したくてもできない」1番の原因は経済的な問題なんですよね。

松田:はじめは保険セールスレディのような歩合制の仕事を想定してたんです。それで翔子が意外な才能を発揮して夫の収入を抜いちゃうっていう。でも物語が進むにつれて、翔子はそういうキャラクターじゃないなと。そのとき野原さんから「介護」というキーワードが出てきて。ものすごくしっくりきたので、そのまま採用させていただきました。

■自分が離婚しなかったのはやっぱり子どものため

──野原さん自身も結婚されていますが、描いていて自分と重なる部分はありましたか?

野原:私も30代のときはすっごい離婚したかったんです。夫がもうトンチンカンすぎて! 

 家事をしなきゃいけないから子どもの世話を任せるじゃないですか。それなのに結局私を巻き込んできたりとか。ものすごくイライラしてましたね。

 うちも翔子と同じく子どもがふたりいるんですが、3歳違いなのでどっちも目が離せないんですよ。マンガのなかに翔子が1週間頭を洗ってないってエピソードが出てくるんですけど、あれ、私のことです(笑)。

 一番手がかかる時期に夫が仕事で忙しくて、育児と家事の全てを一人でこなすのは本当に大変でしたね。

──イライラを旦那さんにぶつけたりはしなかったんですか?

野原:当時は専業主婦だったので、働いてくれてる夫には強く言えないですよね。休みの日は自由にしていいよって表面上は取り繕うけど、心の中は煮えくり返ってるなんてことがよくありました。

──でも野原さん自身は、離婚にはいたっていませんよね。それはどうしてだと思いますか?

野原:やっぱり子どもの存在ですよね。子どもにストレスがかかるくらいなら、自分が我慢しようって。

 上の息子が小学校2年生のとき、もう本当に家を出ようと思ったんです。それで「お母さん離婚するからね」って宣言したら、息子に「お母さんが我慢して」と言われてしまって……。それで気が抜けてしまって、結局離婚を諦めました。

──それは諦めざるを得ない……。それでは、30代のころに抱えていたイライラはいつごろおさまったんですか?

野原:気付いたら大丈夫になってたんですよね。多分、子どもが手を離れてからかな。それと、諦めることを覚えたんだと思います。夫に期待するだけムダだって(笑)。

■「離婚」の2文字が頭をチラついたら、このマンガを読んでみて

──いよいよ単行本が発売されますが、どんな人に読んでほしいと思いますか?

野原:夫婦間の問題で追い詰められそうな方に読んでほしいですね。もしかして翔子みたいな状況に陥ってるんじゃないかと気付いてもらいたいので。我慢したままで終わらせてほしくないなあと思います。

 以前、70代くらいの読者の方に「昔は夫婦仲が悪かったんだけど、今は離婚しなくてよかったと思ってる。幸せです」という感想をいただいたんですが、それって本当なのかな? って思ったんです。その方は結局自分をなんとか納得させようとしてるだけなんじゃないかって。

 このマンガは読んですっきりするような話じゃないと思います。でもだからこそ、自分の思いや考えと向き合う材料にしてほしい。翔子の決断に対してどう思うのかで、自分が本当に求めていることがわかるんじゃないかと。

 もちろん、いま幸せな人も、これから先何が起きるかわからないですよね。だから「離婚」の2文字が頭にチラついたときに、ふっと思い出してもらえるといいなと思います。

取材・文=近藤世菜