ニッチすぎて極上な仏教系ミステリー!『戒名探偵 卒塔婆くん』高殿円インタビュー

新刊著者インタビュー

2018/11/8

「これまでいろいろと変わったものを書いてきたという自覚はあるんです。シャーロック・ホームズ女体化とか、特別国税徴収官の話とか。でも……今回がきっと一番頭がおかしいかも(笑)。際も際というか」

著者 高殿円さん

高殿 円
たかどの・まどか●兵庫県生まれ。2000年に第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞し『マグダミリア 三つの星』でデビュー。テレビドラマ化された『トッカン 特別国税徴収官』『上流階級 富久丸百貨店外商部』『メサイア 警備局特別公安五係』をはじめ、コメディからミステリー、歴史小説まで幅広い作風を持つ。

 

 タイトルからしてすでに度肝を抜かれる。戒名って、死者につけるあの戒名? 卒塔婆ってお墓にある木の板の? さまざまな「?」が浮かぶが、最初に断っておくと『戒名探偵 卒塔婆くん』は怪奇モノでもホラーでもない。ジャンルとしては探偵小説。ただし、解かれる謎は“戒名”にまつわるもの限定。ミステリーの設定としてはかなり異色だ。

「過去に『剣と紅』という井伊直虎という井伊家のお姫様を主人公にした歴史小説を書いたのですが、そのときに戦国時代の女性に関する資料があまりにも少なくて、途方に暮れたんです。当時は大河ドラマ(『おんな城主 直虎』)になる話なんてまったく出ていませんでしたから」

 だが井伊家墓所を訪れた際、戒名が貴重な資料であることに気づく。

「墓石に刻まれた昔の戒名って、ずっと残るじゃないですか。石だから、空襲にも洪水にも耐えて残る。そうやって残っている戒名から見えてくることが意外とたくさんあった。武家だからこの字を使ったんだとか、昔住んでいた庵の名を使ったのかとか。そこから勉強してみたら宗派ごとの法則や時代ならではのルールがあることもわかってきた。そのうちにあちこちの墓地を訪れては戒名から想像する、ということを繰り返した結果、気づけば私自身が戒名探偵になっていたんです(笑)」

 戒名とは、解読できる謎である。かくして“戒名探偵”がロジカルに謎を解き明かす、前代未聞の仏教系ミステリーが誕生した。
 

発想が吹っ飛びすぎたので設定はスタンダードな探偵の形に

 物語の語り手は、東京・麻布で江戸時代から続く金満寺の次男である金満春馬。住職一家に生まれたものの、仏学には興味がない普通の高校生だ。そんな春馬を「どぐされ慕何(=馬鹿)」と罵り、無理難題をふっかけてくるのが兄の哲彦。寺で面倒事が起きるたびに弟に丸投げしてくるのだ。だが春馬には心強い味方がいた。それが同級生の外場薫だ。

「言うなれば春馬がワトソンで、外場くんがホームズ。あまりにも吹っ飛びすぎた設定にしてしまったので、それ以外の要素はオーソドックスにしようと思って。探偵モノとしてのスタンダードな形を借りつつ、ボケとツッコミの役割もふたりに振って、いつもの作品よりさらにコメディに寄せてバランスを取っています。ラノベ時代にさんざん培ってきたキャラを立てるという方法を、めいっぱい投入しました」

 黒縁眼鏡にクールな表情。成績は優秀だが、愛想は皆無で謎が多い。そしてなぜだか戒名や仏教文化に対する並外れた知識を持っている高校生、外場薫。彼は古い墓石の戒名と欠けた没年を見ただけで、数百年も昔に葬られた死者の正体を見抜く。放課後の旧図書館の一室から一歩も動かず、スマートに謎を解き明かす姿はまさしく安楽椅子探偵だ。

「私が面白そうだなと思って近づくジャンルは、なぜだか誰もやっていない畑であることが多くて。で、『よし、敵が少なそうだから開墾してみよう』ってなるじゃないですか。そうやって掘っていくうちに、資料が極端になかったり研究されていなかったりすることを知って『だから誰も耕してなかったのか』と後から気づく(笑)。今回もそうでしたね。ただ、私は本格ミステリーとかは書けないので。そういう小説は本道の方たちにお任せして、自分はニッチなところをエンタメにしていこうかなと。最終的には好きなことしかできない人間なんですが、とはいえ、“好き”だけではただの押し売りなので、きっちりと商品の形にする。そこは意識しています」

 作家デビューから今年で18年。ドラマ化された「トッカン」シリーズを筆頭に、マイナーな題材を極上のエンタメに昇華する手腕は折り紙付きだ。今回もさまざまな墓地に足を運び、何軒もの寺社に取材を重ね、条例を調べたうえで、リアルなディテールをたっぷり盛り込んだ4話の連作集に仕上げた。前半は戒名や墓石を手がかりに、春馬のもとへ持ち込まれた謎を外場が解き明かすミステリーだが、3話目「西方十万億土の俗物」は視点を変えて、寺社業界の裏事情が明かされる。

「『トッカン』の執筆中に宗教法人の税金の話を調べたんですが、それがここでも繋がりましたね。人口が減少するうえに仏教に無関心な人が増えている今の時代は、優遇措置があるとはいえ、お坊さんやお寺にとっては大変な時代であることは間違いない。じゃあどうやって仏教界を盛り上げていこうか、という寺社側の悩みをちょっと茶化して書いてみたのが3話目です」

 これから、寺や僧侶はどう生き残っていけばいい? 切実な悩みを解決するため助っ人として呼ばれたのは敏腕プロモーターの美女。彼女を相手にプレゼン対決をすることになった春馬。ブレーンである外場が出した大胆不敵な秘策とは……。

「お守りを売るだけじゃなく、寺社側がもっといろいろ仕掛けていけばいいのにと私は思っていて。最近は般若心経メタルとかもありますよね。私も石田三成ゆかりの寺を修復するクラウドファンディングで支援したこともあるし、文化財を守るためにいろんな方法で協力していきたいですね」
 

戦争の記憶を書くことは、戒名を題材に選んだけじめ

 最終話「いまだ冬を見ず」では外場が戒名を“つける側”に回る。物語の鍵を握るのは、一代で財を成した巨大コンテンツメーカーの創業者。余命わずかな彼が親族に送った招待状には「気に入る戒名をつけてくれた者に所有する自社株のほとんどを譲る」と書かれていた。前半は“犬神家”的なケレン味たっぷりのキャラと展開が見どころだが、後半では舞台はペリリュー島へ。太平洋戦争で凄惨な戦闘が繰り広げられた島で、謎が解き明かされていく。

「戒名って儒教の先祖崇拝と位牌文化が混ざって生まれた日本独自の文化なんですよ。だからこそこの題材を扱わせていただく以上は、大勢の人が命を落とした戦争についても触れないわけにはいかないだろう、と。そこを避けると、ふわっと上辺の話だけで終わってしまう気がして」

 数年前、高殿さんはマンガ家の友人とペリリュー島を訪れている。

「戦死された方々がどういうふうに弔われているのかを知りたかったし、自分の目で見たかった。そのとき私たちの他に日本人のご家族が1組一緒だったんですが、そのおばあちゃまは弟さんをパラオで亡くされていたんですね。炎天下の中、『これが最後かもしれない』と言う87歳の彼女と戦跡を回るうちに、『私にできることは何だろう。どうしたらこのことを多くの人に届けられるだろう』と考えさせられて。それがこの最終話にも反映されています」

 生者にとって、死者にとっての戒名の意味とは。そして“弔う”という行為の本質はどこにあるのか。戦争の爪痕の深さと、それが風化しつつある怖さ。一方で、春馬は隣にいる友人の謎をまだ知らない。ふたりの関係性の謎解きは、まだ始まったばかりとも言える。

「自分の隣にいるこの人はどんな人なんだろう? 人と人とのコミュニケーションのベースには必ずそんな謎があると思うんです。すべてが始まるのはそこから。でも春馬と外場くんはまだそこまで到達できていない。続編が出せるのなら、そういうシンプルな謎も含みつつ、読者に楽しんでもらえる作品を書いていければ、と思っています」

取材・文=阿部花恵 写真=鈴木慶子