「見初められる、って なんておぞましい言葉だろう」――性的無理解。のみこんできた言葉を作品に託して ■対談 村田沙耶香×鳥飼茜

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更新日:2019/3/14

対談 村田沙耶香×鳥飼茜

結婚して子供を産むこと。それを強制されることへの違和。作風はちがえど、鳥飼茜さんと村田沙耶香さんの間にはとても似たテーマが漂っている。互いに作品のファンだったという二人の対談がこのたび実現。対話から見えてくる二人の「怒り」と「怖さ」とは?

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(左)とりかい・あかね●1981年、大阪府生まれ。2004年デビュー。13年より連載を開始した『先生の白い嘘』は男女の性的無理解を描いた衝撃作として話題に。他の著書に『おんなのいえ』『地獄のガールフレンド』『漫画みたいな恋ください』『前略、前進の君』『ロマンス暴風域』など。

(右)むらた・さやか●1979年、千葉県生まれ。2003年、『授乳』で群像新人文学賞小説部門優秀作を受賞しデビュー。『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞受賞。芥川賞受賞作『コンビニ人間』は累計100万部突破。世界24カ国語で翻訳が決定されている。

 

暴力には、興味と恐怖が半分ずつある(鳥飼)

鳥飼 村田さんの作品はもともと拝読していて、新作の『地球星人』ものめりこんで読みました。終わるのがもったいなくて、ふだんあまり使わない栞を挟みながら何日かに分けて。『Maybe!』の創刊号でも、書き下ろし小説を書かれていましたよね。

村田 同じ号に掲載された『前略、前進の君』を読んだとき、衝撃を受けたのを覚えています。今までの表現技法と全然違っていて。鳥飼さんの著作で最初に読んだのは『先生の白い噓』なんですが、一時期、会う人会う人に「あなたは読んだほうがいい」と薦められたんです。それで読んでみたら、圧倒的で、素晴らしさに震えました。

鳥飼 嬉しいです。

村田 これまで誰にも言えず、言葉にすることさえできなかった気持ちを抉りだすように描かれていて。〝最初から嫌だった人〟ではなくて、少しいいなと思っていた相手が豹変して自分に害をもたらしてくるおぞましさと、どこまで自分は被害者でいていいのだろうという葛藤。読んだのがちょうど男性の性被害について考えている時期だったのも大きかったです。知人に、やはり学生時代に性的被害を受けたのに声をあげることができなかった男性がいたので。

──村田さんの『地球星人』も性被害が一つのテーマですね。

村田 次に小さな女の子の性愛を書くときはそうしようって決めていたんですが、真っ向から向き合うのは本当にしんどかったです。

鳥飼 すごくわかります。私も、男性に直接怒りをあらわにするシーンとかは、言葉で殴った分、自分も殴り返されるような気持ちになって、あとから鬱になります。そういうこと、ありませんか。『地球星人』で、主人公の奈月にいたずらを働いた塾の先生はけっこうな報復を受けますよね。

村田 被害を受けている場面の描写はつらかったですけど、暴力はそれほどでもなかったかな。なんとなく興味があるのかもしれません。男の子にはコミュニケーションのツールとして軽い暴力があるじゃないですか。冗談まじりに軽く殴るとか、格闘ごっこしてみるとか。そういう経験があまりないから、その肉体同士の世界を書くことで知ってみたいというのはありますね。もちろん怖いものではあるんですが……。

鳥飼 それ、わかる気がします。私も暴力に対しては、興味と恐怖を同じくらい感じていて。昔、付き合っていた人とドライブしていたとき、隣を走っていた車の運転手に言いがかりをつけられたことがあるんです。関西弁で怒鳴られて、このまま海に沈められるんじゃないかと思うくらい怖かった。頭が真っ白になって謝ることさえできなかったんです。結局、彼氏が平謝りして逃げたんだけど、ああ、男の人は日常的にこういう暴力がいきかう世界に生きているんだなと思った。と同時に、自分はこの恐怖にどう打ち勝てばいいんだろうと、しばらくはずっとそればかり考えていました。〝ヤクザに学ぶ喧嘩術〟みたいな本を買ったりして(笑)。私も描きながら理解しようとしているのかもしれません。

村田 知らないほうが怖いってこと、ありますよね。

鳥飼 怖い。自分なりに把握すればどうにか落ち着ける。村田さんの暴力に対する興味は、なにかきっかけがあったんですか。

村田 昔、ある人からひどい攻撃を受けてメンタルをやられたことがあって。あまりに追い詰められて、このままじゃ殺されてしまう、相手を肉体的にどうにかしないと死んでしまうという暴力的な妄想に駆られたんです。そのとき、これまで一方的な被害者だった自分が加害者側に転じていることに気がついた。自分のような弱い人間にも加害者になりえる衝動は眠っているのだということにすごく怖くなって。自分を被害者と思えなくなり、必死に病院に行って落ち着くことができたんですが、あの反転した瞬間は忘れられないです。

男性に選ばれなくてはいけないことへの違和感 (村田)

鳥飼 僭越ながら、男女の性に対する疑問とか、村田さんの作品からは近しいものを感じます。人間らしく生きるという大前提についても、村田さんはずっと疑問を投げかけていますよね。

村田 どんどん興味がそっちへ向かっているんです。デビューした当時は、どうしてうまく生きられないんだろうっていう違和感が大切なテーマだったんですが、幼い頃から、女としての苦しみは感じていました。とくに、女の子はゆくゆく男性に〝見初められなくてはいけない〟みたいな感覚に対して。

鳥飼 『地球星人』の中でも「私、夫に『見初められ』て、とっても幸せ」というセリフを書かれてましたよね。いま口にしても、ぞわっとします。

村田 恐ろしい言葉ですよね。たとえば、幼少期観ていたテレビでかわいい女の子が穿いていたパンツにはみんな興奮するのに、実は醜い老女のものでしたとなったら、そろって「おえっ」となっていた。「おえっ」とされない側の女の子にならなきゃいけないんだろうかという呪いのような違和感がずっとあって、女性であることの悦びももちろんあったけれど、苦しかった。〝体を許す〟って言葉も恐ろしいです。

鳥飼 〝セックスをするのは男性にとって得なことである〟みたいな前提意識が齟齬を生んでいる気がします。女性には性欲がないと思い込んでいる男性は未だにいるし、女性にとって、セックスは男性から請われてしかたなくやらせてあげるもの、みたいな印象が根づいている。だから経験人数を競ったりするんでしょうけれど。

村田 私もその印象に縛られていた気はする。山田詠美さんの小説を読んで、この世にはこんなにも対等なセックスがあるのかと衝撃を受けました。だとしたら、私がこれまで惑わされてきた〝見初められる〟という概念や〝男の胃袋をつかめ〟みたいな教示はいったいなんだったのだろう、と。

鳥飼 未だに言われてますよね。今は雑炊がいいらしいですよ。肉ジャガはやりすぎだって(笑)。

村田 小学生のとき、雑誌で好きな俳優さんが「奥さんと結婚した理由は、手料理が上手なところが好きになったからです」みたいなことを言っているのを読んで、毎週日曜日、焼きおにぎりの練習をしていた時代がありました。

鳥飼 焼きおにぎり(笑)。小学生の精いっぱいの手料理だ。

村田 父に「沙耶香の焼きおにぎりはもうわかったから」って言われるまで続けました(笑)。大学時代も頑張っていたなあ。女性らしさを求める男性と付き合うことが多かったんです。合鍵を渡されて、朝はごはんをつくりに来て白いエプロンでほっぺにチューで起こしてほしい、掃除もアイロンがけもやり、社会人だったその人が会社に出るのを見届けてから合鍵を使ってまた帰る、とか。

鳥飼 それ、やってたんですか。

村田 やってたんです。いま考えるとひどいことをやらされていたと思うんだけど、当時は気づかなくて。私、つきあうと自分の意思みたいなものがわからなくなってしまうんです。

鳥飼 わかる!!

村田 〝見捨てられ不安〟っていうらしいんですが、「もういらない」と言われるのが怖くて、理想の女性を演じてしまうんです。そうするうちにだんだん男性の要求もエスカレートして、やりたいわけじゃないことを続けた結果、頭がおかしくなってくる。デビュー作の『授乳』は、その人と結婚したらこういうグロテスクな母親になりそうだなと思いながら書いて、筆が止まらなくなった作品でした。結果的にその違和感がエネルギーにはなっているんですけどね。

怒りが沸いたのは、侮辱された1年後でした(村田)

鳥飼 私、作品の印象のせいか、怖い人に思われがちですけど、村田さんのいう〝見捨てられ不安〟みたいなものがあるから、恋人に対しては全然怒れないんですよ。

村田 『漫画みたいな恋ください』で書かれてましたよね。文章が的確で、小説のような読み心地で、登場する彼氏が実は架空の人物でしたと言われても納得してしまうくらい、作品として完成されていました。

鳥飼 恐縮です。でも、本当にただの日記なんです(笑)。あのとおり恋人には低頭平身、っていうのは言いすぎですけど、前の夫に対してということに限らず、「ふざけんじゃねえ」って言いたい場面があっても、肝心なところで何も言えずにこれまできてしまった。でも、たいていの女性がそうだと思うんです。女性は何があってもグッとのみこむのがあるべき姿というのを目の当たりにしてきたから、それを当然だと今もどこかで思ってしまっている。怒りを口にすることができないまま、妻として家族を維持し続けてきたんじゃないかと。それを脈々と私たちも受け継いでしまっているんですよね。

村田 怒り方がわからない。この世界を次世代に引き渡していかなきゃいけないことが、いま私はいちばん怖いです。私の作品を読んで救われたけれど、世間には抗えないから婚活を始めました、なんて話をサイン会で打ち明けられたりすると、とてもつらいです。その人の愛する人生を送ってほしいけれど、世界は恐ろしいままで、何もできなくて。

鳥飼 昔、ある俳優さんが「女はもっとキレたほうがいい、男は既得権益でのさばっているんだから」と言ってたんですが、その人、結局、恋人を殴って逮捕されていました。ほら、キレたらこうなるんだよねって思った。

村田 自分が怒っていることにすぐ気づけますか? 私、1年後とかに気が付くんですけど……。

鳥飼 すぐには気づけない。けど、さすがに1年後ではないです(笑)。

村田 コンビニでバイトしていたとき一緒に働いていた男性から「村田さんは俺の妹に比べて全然かわいくないから人間扱いできない」って言われたことがあるんです。そのときも「ひどい」と気が付いたのは1年後でした。

鳥飼 え、誰ですか、それ。社会的にどうにかしていいですか。

村田 〝どちらにしろ、人間扱いされないじゃない〟って思いました。かわいかったら人間扱いするというのは、全然対等じゃないですからね。〝見初められ〟たとしても勝者ではないんだって。でも、言われたそのときはびっくりしすぎて、曖昧に笑ってコピー機の掃除をしていました。女性蔑視だと気が付いたときは一緒に働いていなかったから、しばらくモヤモヤしました。

鳥飼 笑って流しちゃうことはありますよね。『先生の白い嘘』で、不動産会社の営業の女性が、内見の男性客に突然納戸に閉じ込められたというエピソードを描いたんですが、これは実話で。冗談のつもりかもしれないけど、それまでの関係性上ありえない攻撃をいきなり仕掛けられたわけじゃないですか。自分がそうしてもいい相手とみなされたという恥辱でもあるし、何より意図の読めない悪意はそれだけで恐ろしい。対応を間違えたら暴れられて殺されちゃうかもしれない。こちらがへりくだって機嫌をとる以外やり過ごす方法が見つからないんです。でも、その話を一緒に聞いた男性は「そんなの、その場で即通報ですよね」って言って。それができないから怖いんじゃねえかと。だから面白くもないのに笑うし、笑って済ませてしまった自分に対しても、このさき別の誰かに向けられるかもしれない悪意に加担したようで罪悪感を覚えてしまう。どうしたら、そんなことが起きずに済むのか考えなきゃいけないと思いながら、まずは傷ついた人に〝わかるよ〟って言ってあげることしか私にはできない。無力です。

村田 でも、私はあのエピソードに救われました。描いてくださってよかったと本当に思います。

現実と不可思議を行きつ戻りつして見えるもの(鳥飼)

村田 『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』は設定がものすごく面白く、一気に読んでしまいました。その世界で唯一の「男」の体を女性が見たがるというのも面白かった。体に対する好奇心って女性に向けられてきたものなのに「何がついてるんだ」ってみんなで群がっていて。

──人工的に子供をつくるのが当たり前という世界で、セックスによる繁殖の意義を問いかけるという世界設定は、『消滅世界』と通じるものがありました。

村田 『マンダリン~』の世界観だとよけいに自分が子供をつくれる体を持っていることが不思議に感じられました。初潮が訪れる前、いずれ乳房がふくらんで、何の意味があるのかわからないけれど脇に毛がはえ、自分は子供を産めるようになる、それはすばらしいことなんだと言われたときの奇妙な感覚をより純度高く取り戻すことができた。整えられたきれいな町の教室で、雄であるはずの先生が、生殖についてやっぱりとてもきれいな話をする場面があるじゃないですか。現実の性教育もこうですよね。ふわっとした図解で抽象的な話をするから、結局、本当のことは何もわからない。みらいという女の子が「わからない」って声をあげるところがとても好きです。「つきあうってなに?」と同級生の女の子につきつける真っ直ぐさとか。

鳥飼 そう言ってもらえると救われます。私はSFに向いていないということを痛感した連載だったので。最後は泥沼の闇の中を手探りで進んでいました。共通認識がないことを描くってこんなにも大変なんだと思い知った。

村田 それは私もいつも書きながら感じています。

鳥飼 村田さんの小説は、現実と作中世界のズレをうまく生かしていますよね。たとえば『地球星人』だと、宇宙人やポハピピンポボピア星って単語が出てきた瞬間、ふつうは読者との間に距離が生まれてしまうものだけど、読んでいると私たちと変わらない世界を生きている描写も混じって引き戻される。行きつ戻りつする感じが読んでいて心地いいんです。

村田 私も『マンダリン~』を読んでいるときは心地よかったですよ。12話の〈全体をひとつの正しさに編むことの方が私にはよっぽど恐ろしい〉というセリフも好きでノートにメモってあります。

──『消滅世界』のラストで〈「正しさ」という聞こえない音楽が、私たちの頭上で鳴り響いている。私たちはその音楽に支配されている〉という文章がありました。世界観含め、登場人物たちが対峙しているものが、やはり『消滅世界』と『マンダリン~』では通じている気がします。

鳥飼 世間的な正しさや正義感みたいなものに、村田さんの小説の主人公は絶対、説得されない。「もっとちゃんとしなさい」って言ってくる周囲の人たちのほうが、どちらかというと私の感覚に近い。やっぱり私は前提として人間の側に立っていて、それは果たしていいことなんだろうかって作品を読んでいると思わされます。『コンビニ人間』のラストは「そうなるか!」って思ったし、『地球星人』はかっこよすぎて、っていうと語弊があるかもしれないけれど、めちゃくちゃ痺れました。

村田 嬉しいです。私は鳥飼さんの、本当に一ファンだったので。

鳥飼 私もです。今日は楽しかった。また、ぜひご一緒したいです。

 

取材・文=立花もも 写真:山口宏之

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