「思うこと、思い出すことって意外とアグレッシブな行動」『私に付け足されるもの』長嶋有インタビュー

新刊著者インタビュー

2019/1/14

「中身は全部小麦粉です、みたいなね。それをパンにしたり、パスタにしてみたり、という感じで。個性豊かな人をいろいろ書き分けたいというのが、僕にはあまりないんです」
 12人の女性主人公が描かれた、16番目の作品集を前に、作家はこう続ける。
「ちょっと乱暴な言い方かもしれないけど、僕は『個性』というものをあまり信じていないんですよ」

著者 長嶋 有さん

長嶋 有
ながしま・ゆう●1972年、埼玉県生まれ。2001年「サイドカーに犬」で文學界新人賞を受賞、デビュー。02年『猛スピードで母は』で芥川賞、07年『夕子ちゃんの近道』で大江健三郎賞、16年『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞を受賞。著作に『フキンシンちゃん』など多数。

 

 “個性を発揮しろ!”“あなたの唯一無二のものは?”。人生のあらゆるシーンで投げられてきた、そうした言葉に、本当のところ返したかったのは、“そんなもん、本当にある?わかんないよ!”。「主人公は取り換え可能」と言い切るほど、個性という言葉とは無縁の人々が登場する長嶋有の小説は、そんな気持ちをひそかに抱える人々の正義の味方だ。

「この短編集に収めたのは、5年の間に小説誌などで書いてきたもの。どんな作家もあちこちから読み切りを頼まれるので“寄せ集め短編集”みたいなものを出すけど、寄せ集めと言っちゃうと売れない(笑)。それで最初に書いた一編から、漠然と一冊の作品集ぽくしようという考えはありました。で、動物とか家とか、小説誌の特集で提示されるその都度のテーマにも対応できないといけないから“地味な女”という実にゆるいテーマを決めてね」

 冒頭の一編「四十歳」の主人公、“トラに襲われたい”と軽く言い放った自分の言葉が予想外に心から離れず、思考を重ねていくことになる秋美も、テーマ通りの地味な女だ。

「主人公はほぼ40歳まわりになりました。自分がそうだから自然にそうなる。第二次ベビーブームのピークは1973年。今の40代は、1学年9クラスとか、人口が多いんですよ。そこで皆、一緒くたに扱われ、一様な体験もしてきたけど、人が多いがゆえ、個々の現場はけっこうバラバラ」

  12編各々の味を出しているのは、主人公の個性ではなく、個々が関わってきたことから生じる微差。そして以前から長嶋さんは「場所によって話が決まる」とも言っている。

「人の振舞いって、場所で決まると考えているんです。極端な例だと飛行機のなかでは、おじさんも女の子も考えが揃う。気温も空調も整えられたなか、皆が同じ方向を向き、“飲み物、何にしよう”、“あ、富士山だ”とか、同じことを考える。人が引っ込み思案になったり、勝気になったりというのは、場所やタイミングでそうなっているものだと。だから僕の場合は場所さえ書ければ、個性も定まって物語も動いていくというか」

「主人公を地味に書いていくと、日常も似ちゃうから」と、彼女らがいる場所、職業は様々にした。ウィーンの動物園、コインランドリー、プラモデル屋……。そしてそこでは長嶋作品特有の、固定した場所で人を描く“定点観測”が行われる。だが道路の交通誘導員の仕事をする女が主人公の「桃子のワープ」は、これまでにない試みの一作となった。

人は前進するのではなく不自由に上昇していく

 桃子の仕事は、どこかの誰かの欲求に従って、知らない街の知らない道路に立って棒をふる仕事。“定点観測”の場所は次々動く。けれど、そこに桃子の興味や目的はない。つまり気持ちのうえでは“定点観測”。

「友人が道路警備のバイトを始めた話がすごい面白くて。何が面白いかというと、本人は面白いと思っていないことなんです。集合場所とか、仕事の連絡はすべてスマートフォンで来て、それを操り、場所を調べて現地集合。少し前までは、こんなにもスマートフォンが世界を支配するなんて思ってもいなかったから、人々の間に自然に広がったものがつくりだした“今”の状況も書きたかった」

 “もう来ない”場所を転々とする桃子だが、ある場所へ赴いたとき、突然、身震いを起こす。そしてそれは、谷崎潤一郎賞受賞作『三の隣は五号室』の読者にも、きっと同じ感覚をもたらす。

「『三の隣は五号室』を書いたとき、謎めかせて書いた人物を回収していなかったんです。定点観測のルールにより、あのときは見えなかった謎の人物=桃子とその内面を、この一作ではスピンオフ的に書くことができました。過去にいたその場所に、桃子は行くわけだけど、その感覚を“タイムスリップ”ではなく、“ワープ”と言えたのが、自分でも悦に入る感じがあった」

 それは、物語をたゆたうなかで、“そうそう、この感覚!言葉にしてくれてありがとう!”と手を合わせたくなる会心の一撃。本書のリードトラックとも言える「桃子のワープ」は、この短編集全体が、“気付き”を提示するものであるということを明らかにする一編でもある。そして、“生きていくというのは、高度をあげていく感じ”と主人公が思う「ムーンライト」で、それは確信に変わる。

「人って前進するのではなく、どんどん上がっていっちゃうんですよね。風船おじさんみたいに(笑)。必ず死ぬ方向へ進んでいるし、後戻りはない。でも、死という不可逆ともまた別の、コントロール不可能で手をこまねいている感じというのは、高度が上がる感じだと思う」

 日々、生きるなかでモヤモヤの因にもなっていた感覚が言葉になることで晴れていく。

長編より濃密に読める“大短編集”なんです

「でもなんか、“思って”ばっかりだと思ってね、この本のなかに出てくる人たち。アクションが少ない(笑)」

本作の主人公たちは皆、一様に“思う”。そして“思い出す”。自分のこれまでをくるくる閉じ込めた記憶のバウムクーヘンのなかから、ひとかけらを見つけ、何かに覚醒する。

「圧縮されていた自分のアーカイブが、ぱん!と解凍される。彼女たちは動かないけど、それも身体的なアクションのひとつかなとも思った」

 子供の頃に焦がれた魔法少女の傍らにいた妖精のような存在、寒いときにすればあたたかくなると言われたことの真偽……。そんな詮無い記憶の解凍からもたらされるものの威力は意外と強力だ。読んでいる人それぞれのアーカイブ解凍スイッチまで押されるように。

「『考え』だって意外とアグレッシブだろ?と(笑)。そして、読んだ人に手渡せるもの、気付きかなにか、とにかくバリューがないと、小説としてよくないと思うんです」

 その“バリュー”が、本作では、いかにも長嶋有的でぞくぞくする。

「ちょっとアクティブな要素も入れなきゃなと思って、書き下ろし『瀬名川蓮子に付け足されるもの』ではランニングを始める人を書きました。でも気付いたら、彼女も物思いしているんだよね(笑)」

 ランニングを始める蓮子がシューズを買うところからスタートする一作。走ることにハマり、それとともに付帯するグッズも増えていく。

「ランニングを始める人は最初からフル装備をせず、だんだん買い足していく。そんな風に、自分で自分を見積りきれないというのは、走ることに限らずあるだろうなって。何かを始めようとか、何かを決めた瞬間の自分には、その気持ちが続けていった先、どうなっていくかなんてわからない。だからその都度、“付け足す”。気持ちとか態度とか、付け足されていった果てに、今のその人がいるんじゃないかなって」

 そして“付け足される”ときは、何かに“気付いた”ときでもある。

「これは短編集だけど、僕のなかでは“大短編集”。長編以上に濃密に読める。で、地味な女をテーマに書いていて気付いたんだけど、人間は皆、地味。暮らしが派手とか、格好が派手、というのはあるけど、中身はみんな地味なんだなって」

取材・文:河村道子 写真:鈴木慶子