名物書店員・花田菜々子さんと新井見枝香さんに聞いた!「フィクション」でしか味わえない“没入感”とは? 小説選びは「宝探し」

文芸・カルチャー

更新日:2019/11/2

(左)花田菜々子さん(右)新井見枝香さん

 インターネット上に無料コンテンツが溢れ、定額で動画も見放題。それでも小説を読みたくなるのはなぜだろう? 電子書籍やネット書店も普及するなか、リアル書店はどのような取り組みをしているのか? HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEの名物書店員の花田菜々子さんと新井見枝香さんに、お話を伺いました!

■小説の選び方は、クイズや占い感覚でいいし、合わないと思ったら、最後まで読まなくたっていい

花田菜々子(以下、花田) 本が読まれなくなったって言われて久しいですし、業界の売り上げが落ちているのも確かですが「ほんとにそんなに減ってる……?」というのが、実は本音としてあるんですよね。

新井見枝香(以下、新井) 以前は紙の本か新聞しか活字に触れられる機会がなかったけど、今はさまざまな媒体がWEBでコンテンツをもっているし、電車に乗っていても、みんな何かしら読んでいますよね。やっぱり人間は、活字を追わずにはいられない生き物なのだなと、それを見ると思います。

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花田さんの実録私小説は発売当時大きな話題に!(『ダ・ヴィンチ』の「今月のプラチナ本」にもなった)

花田 「どうしたら読ませることができるか」っていうのも、出版・書店業界はついつい言いがちなんですが、「読ませる」っていうのもなんか違うんじゃないかなあと思っていて。もちろん書店員としては、多くの人に本を届けるのが役目だし、商売として成立させなくてはいけないのだけど、本はいいものなんだぞ、っていう圧が、よけいに本から読者を遠ざけてしまうような気がする。

新井 どれだけ本が好きでも、読ませられる気配を少しでも感じると、読みたくなくなりますしね(笑)。

花田 だから、私たちがやれることってけっきょくは、この本をおもしろいと“私が”思いました、できるだけ多くの人と共有したいと“私が”思っています、と発信していくしかないような気もして。もちろんその過程で、見え方を計算したり、企画を立ち上げたりする努力は必要なんだけれど。

花田さんによる三題噺文庫。「五反田」「ビーフシチュー温泉」「メイドイン地獄」といえば?

新井 ディスプレイするときも、お客さんが自発的に「読んでみたい」と思える本を見つけられるように、というのが根底にありますよね。たとえば、本から3つのキーワードを抜き出して印刷したものをカバーにして、中身を見せない、っていう「三題噺文庫」という企画をやってるんですけど、タイトルもあらすじもわからないまま、なんとなく気になったものを手にとるスタイルなので「普段だったら選ばない本と出会えた」「思いがけず楽しかった」っていう声をよく聞きます。

花田 星座文庫のコーナーも設けていて、「○○座の著者」とか「○○座の性格にぴったり」という本を並べているんですが、クイズや占い感覚で楽しんでくださる方もいます。それくらい気軽な感覚で手にとってくださればいいなと思いますし、自分に合わないと思ったら最後まで読まなくたっていいんです。私たちだって、ものすごく売れてるし評価も高いけど全然おもしろさがわからない、という本はありますし(笑)。

新井 本を読み慣れていない人ほど“ハズレ”を怖がるけれど、私たちがアタリを引きやすいのは、どんな小説でも楽しめるからではなくて、ハズレもたくさん引きながら読んできた結果、いいと思える小説に対する嗅覚が備わってきた、あるいは小説を味わう技術が磨かれていったというだけ。

花田 おもしろいと感じられないのは、今の自分に合わないだけ、ってこともありますしね。みんながいいと思うものにハマれないなら、逆に自分だけの特別がどこかに隠れているということだから、宝探しするみたいに探してみてほしいですね。

花田さんがセレクトした『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』や『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』などが並ぶ本棚

■どんな顔で明日を生きていけばいいか、わからなくなるほど打ちのめされた

――そんなお二人が、ともに2018年の推しNo.1として挙げたのが『ののはな通信』(三浦しをん)。ミッション系の女子校で出会ったののとはなの、人生をかけた“運命の恋”を描いた作品で、第8回新井賞(※)にも選出されました。
(※新井さんが三省堂書店勤務時代から続けている、個人的に推したいNo.1小説を選ぶ賞)

日比谷コテージの店頭にて。「第10回新井賞」『三つ編み』特製しおり付きも!

花田 最初は同性愛の小説なのかな、ふうん、くらいの感じだったんです。でも、新井さんが推していると知って手にとってみた。というのも私、千早茜さんの『男ともだち』という小説がとても好きなんですが、世間的にそれほど売れている気配がないなと思っていたとき、新井さんが「第1回新井賞受賞作」として激推ししてると知って。まだ親しくなる前だった新井さんになんとなく親近感を抱いていたんですよね。で、読んだらもう、すごくハマってしまって。というか、打ちのめされて。

新井 読んだ翌日にTwitterに感想をあげていましたよね。〈みんなこれを読んだあとも普通の顔で立って、生きていられるの…?〉って。

『ののはな通信』(三浦しをん/KADOKAWA)

花田 衝撃が強すぎて、立ち上がれなかった。「のの」と「はな」の生き様に触れて、これほど純粋に生きることができるのだと突きつけられてしまった今、どの面さげて私は生きていったらいいのだろうと。しかも2人のもっている純粋さは、遠い宇宙の果てにある憧れではなく、自分にもかつてあった、いや今でもあるはずだ、と感じられるからこそ、より胸に響きました。小説を読んでこんなに痺れたのは久しぶりで、ますます新井さんへの信頼度が増したし、誰かが「おもしろいよ」と言い続けることの意義を改めて感じました。

新井 『ののはな通信』が刊行されたとき、いろんな人の感想を目にしたんだけど、なんか違う、って思うことが多くてあまり読まないようにしていたんです。というか私は、誰かと感想が合うということがほとんどないんです(笑)、花田さんのつぶやきを見て、「あ、この人は同じかもしれない」って思いました。本を読んで、まったく同じ感想をもつ必要はないですが、似た感覚を抱けるかどうかで、親しくなれるかどうかは決まるような気はする。

花田 もちろん私だけが好きな小説、新井さんだけが好きな小説というのはあるけれど、十冊読んで、十冊ちがう感想だったら、たぶん友達にはなれないですね(笑)。

――そう考えると、小説を読んでみたいと思う人は、親しい友達とか、自分と似たタイプだと思える人におすすめしてもらうのもいいかもしれませんね。映画や音楽、ファッションの趣味が合う友達とか。

『文藝 2019年冬季号』(河出書房新社)

新井 とくに、音楽は純文学との親和性が高いと思います。たとえば『文藝 2019年冬季号』の特集タイトルは「詩(うた)・ラップ・ことば」ですし、根底に流れているものや目指すものが、とても近い気がするんですよね。リニューアル後の『文藝』はめちゃくちゃ売れてますけど、装丁や執筆陣のセレクト、扱うテーマがとにかくおしゃれで、かつおもしろい。私、単行本になっていない作品について語ることってあんまりないんですけど、『文藝』については、読んでるとカッコいいからTwitterでもつぶやいてる。宇佐見りんの『かか』がやばい、って(笑)。

花田 そんな理由だったの(笑)。

新井 そう。「これ読んでたらカッコいい」って思えるかどうかって、かなり大事ですよ。なんだって入り口はそこにあると思うから。

『くだけるプリン』ほか、新井さんの個性が光る本棚にも注目!

■ノンフィクションでは得られない、我が身に置き換えた没入感

――ノンフィクションではなく、フィクション(小説)だからこそ得られる効用、みたいなものはどんなところにあると思いますか?

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ/新潮社)

花田 没入できるってことだと思います。私、ノンフィクションもすごく好きで、最近では『つけびの村』に夢中になったんですけど、現実の具体的な誰かの物語は、客観的に読んでいることが多いんですよ。他者として捉えている、というか、世界を知るために読む、という側面が強い。対して小説は、「私だったら」「私もそうかも」と自分に内省しながら読むことができるところがいいのかな、と。とはいえ、小説とノンフィクションにきっちりとした線引きがあるわけでもないし、逆にその境界があいまいで両方の良さを持ち合わせる岸政彦さんやブレイディみかこさんの本は、どれを読んでも面白くて大好きです。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は冒険小説でもあり、人種差別のノンフィクションでもあって、最高でしたね。

第10回新井賞受賞作『三つ編み』(レティシア コロンバニ/早川書房)

新井 たとえば今年の新井賞に選んだ『三つ編み』(レティシア・コロンバニ)は、ノンフィクションとしても成立するテーマの作品だと思うんです。インドの不可触民(ダリット)と呼ばれる女性たちに対する差別、家を守るために結婚させられそうになること、子供がいることがキャリアの妨げになり人一倍無理しなくちゃいけない現実……。どれも実際に起きていることだから。もしノンフィクションだったら、こんなに“我がこと”として読めなかった気がする。自分は日本に住んでいるし、インドに知り合いもいないですから。でも、小説に映し出されているのは現象ではなく心だから、自分も彼女たちの一人だったかもしれないと本気で思うことができるんです。生きることに、国も人種も性別も関係ないんだと。

花田 インドとカナダ、それからイタリア。3つの国で生きる女性たちの人生はやがて重なっていくんだけど、それが本当に起きたかどうかではなく、“起きうる”ということが大事なんですよね。彼女たちは架空の存在だけど、彼女たちのような人は確実に存在して、描かれたような奇跡はめったにないかもしれないけれど、世界のどこかで本当に、これに近い絆で結ばれている人たちがいると信じられる。だから、苦しみながらもどうにか生きようとしている彼女たちの姿に、新井さんの言うように私たちも国や立場を超えて心を寄せて、勇気づけられる。

『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(高橋ユキ/晶文社)

新井 私があまりノンフィクションを読まないのは、書いている人の視点の偏りが気になってしまうからなんですよ。『つけびの村』はフラットでおもしろかったんだけど、書き手の思惑が気になりだすと、内容を楽しめなくなってしまう。でも小説って、とくに夢中にさせてくれるものは、著者の書きたいこととか伝えたいこととかを超えて、物語が独立して存在している。架空の存在であるはずの登場人物たちが、私の内側で生きはじめるんです。だから私は、「のの」と「はな」と一緒に今も生きているし、彼女たちの生き様に力をもらっている。どんなに最低な人物だったとしても、好きになることができるんですよね。現実では、人の嫌な部分ばっかり見えちゃうし、人間は苦手なはずなのに(笑)。

■誰にも邪魔されることのない、本と自分だけの貴重な時間

花田 その、自分のなかで育てていくというか、人や情景を想像して解釈していく作業にはかなりの体力を使うから、わかりやすく、てっとりばやく、感動したい、スカッとしたい人は、小説から遠ざかってしまうのかなと思います。映像や音楽と違って自動再生されないし、能動的に読まなきゃいけないし。ただ、だからこそ読み終えたあとに得られるものがあると思うんですよね。

新井 想像や解釈を重ねすぎて著者の意図からずれていたり、書かれている内容さえも改変して記憶したりしているかもしれないけど、それでいいと思います。そうすることで自分だけの特別な物語になるわけだから。

花田 誰とでも想いを共有するSNSは楽しいけれど、物語と自分が一対一で向き合うことのできる読書時間もまた、すごく貴重なんですよね。炎上するかもしれないとか、コンプラ的にどうとか、一切考える必要はなく、自分だけの想いを大事にすることができる。誰につまらないと言われても、自分だけの面白さを見出せたとしたら、他人からのいいねはいらないのが、物語と自分だけがいる世界なんじゃないかな。

新井 たまに本が分厚いだけで引いちゃう人もいるけれど、それだけおもしろい体験が続く贅沢さがあるんだよ、と言いたいですね。小説の醍醐味はどんでん返しとか伏線の回収とかだけじゃなくて、何も起こらなかったとしてもその文章を味わっているだけで幸せに浸れる、永遠に続いていてほしいと願う時間でもあるから。最近だと、川上未映子さんの『夏物語』は500ページ超の超大作だけど、いつまでも読んでいたかった。産む、生まれるというテーマももちろん響くし、やっぱり小説はただ「おもしろい」と思えるかどうかが大事なんだと思います。

『夏物語』(川上未映子/文藝春秋)

花田 『文藝』の快進撃を見て思うのは、誰からも愛される無難な発信を捨てて、振り切った先で真摯に追求するほうが伝わるんだなということ。本を置けば売れる時代は終わったからこそ、それぞれの書店が個性を意識するようになり、足を運ばなきゃ体験できない楽しみや未知との出会いも増えています。私たちも、お客さんが一冊でも多く、自分だけの「おもしろい」に出会えるよう、工夫を重ねていきたいですね。

取材・文=立花もも 撮影=中 惠美子