百合SFのライバルは「ソシャゲ」!? 異例の売れ行き『SFマガジン』百合特集号、仕掛け人編集者・溝口力丸さんに聞く、これからの文芸とは

文芸・カルチャー

2019/11/23

 2018年12月、本好きのあいだに起こったざわめきを覚えている。「『SFマガジン』百合特集号が、発売前重版するらしい」──。“百合”とは、女性同士の関係性を描く創作のジャンルだ。今やしっかりとファンのいるジャンルではあるが、そこまで大きなパイだという印象はなかった。ところが、SF専門誌『SFマガジン』(早川書房)2019年2月号、つまり百合特集号は、発売前から予約が殺到。緊急重版分の在庫も一瞬で底をつき、文芸誌では異例の3刷を増刷、『SFマガジン』創刊から約60年の歴史の上で、初の快挙を達成したという。なぜ今、「SF×百合」が売れているのか? 老舗文芸誌の編集者が考える、新時代の文芸とは? 本特集の担当者である編集者・溝口力丸さんにお話をうかがった。

■『SFマガジン』史上初の快挙達成、百合特集

──『SFマガジン』百合特集号、すごい売れ方でしたね。

溝口力丸さん(以下、溝口):百合特集のときは、まず発売前に、早川書房のnoteに書影や特集記事の目次などをすべて公開したんです。そこで一気に情報出しをしたからか、Amazonを中心に予約が殺到、品切れしてしまって。文芸誌は基本的に再販(前に出版した図書を同一の紙型や原版を用いて、再び出版すること)をしないので、「欲しい人は早めに予約してくださいね」ってこっそり言ったつもりだったのですが、それがかえって飢餓感を煽ってしまったのか、あっというまに在庫がなくなってしまいました。

『SFマガジン』2019年2月号

『SFマガジン』としては、これまでも2回、発売前重版をしたことはあったんです。『新世紀エヴァンゲリオン』の特集をした1996年8月号と、初音ミクの特集をした2011年8月号ですね。今回も「これだけ注文があれば」ということで発売前重版を決めたところ、重版自体がニュースになって、予定していた重版分もなくなりそうだということで、3刷目が決まりました。2回重版したのは、さすがに今回が初めてでしたね。

──特集を組むきっかけのひとつに、SFと百合を組み合わせた作品が話題になっていたということがあるそうですが…。

溝口:近年明確にSFと百合が結びついたのは、おそらく2016年11月、アニメ「ラブライブ!」の二次創作小説を原案とした『最後にして最初のアイドル』(早川書房)がハヤカワSFコンテストで特別賞を受賞してネットで話題になった際に、著者の草野原々さんが「百合SFを普及させたい」と声高らかに宣言されたときですね。それまでの商業出版では、「百合SF」という言葉自体が今ほどジャンルとして確立していなかったのですが、草野さんが自分自身の絶大なインパクトとともに、急速に存在感を持たせた形です。

『最後にして最初のアイドル』(草野原々/早川書房)

 そこから3カ月ほどが経った2017年2月、宮澤伊織さんの『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』(早川書房)が本になります。もともと『SFマガジン』に掲載していた作品ですが、掲載時はとくに「百合SF連載開始」のようなうたい方もしていなくて。草野さんのぶち上げがあったあと、宮澤さんが『裏世界ピクニック』の著者インタビューで、「これが俺の考える百合だ、読んでくれ」と、恐らく2016年末の文脈を意識されつつおっしゃった形です。そのふたつの作品が世に出て、しかもそれぞれヒットしたことで、百合SFの気運みたいなものが生まれたのかなと。

『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』(宮澤伊織/早川書房)

『最後にして最初のアイドル』と『裏世界ピクニック』がどちらも自分の担当作だったということもありますが、その1年半後──百合をテーマにした、伊藤計劃さんのオールタイム・ベストSF『ハーモニー』(早川書房)の刊行からちょうど10年の節目ですね、2018年末に『SFマガジン』の百合特集を担当するにあたって、振り返ってみると、うち(早川書房)は、一定の百合ファンに人気があった月村了衛さんの「機龍警察」シリーズや、森奈津子さんのレズビアンものの小説なども出していて、点を線でつなげる文脈が揃っていた。特集で声をかけたい作家さんも、すぐに思い浮かべることができました。

■「楽しいことが起こってる」と紹介するのが、雑誌や版元の仕事

──百合って「女の子同士の恋愛もの」だと思っていたのですが、『SFマガジン』の百合特集号を読んで、百合という概念の幅の広さに驚きました。

溝口:人間がひとりしか出てこない作品(宮澤伊織さん「キミノスケープ」)もありましたからね(笑)。僕も、百合をすべて追いかけられているわけではないのですが、成長傾向にあるジャンルなので、読者もいろいろな掛け合わせをおもしろがってくれるところがあるのでしょう。もちろん、踏んではいけない地雷のようなものはあると思いますが、ルールの中で枠を広げていこうといった運動が、百合というジャンルにはある。SFも似たような拡大運動をずっと続けてきたジャンルなので、相性がいいのかなと思います。

 小説の読者には、ストーリーで読む人とキャラクターで読む人がいますよね。SFって、設定やストーリーのほうに寄りがちなんですよ。「この世界は、どういう仕組みでできている」とか、「こういうテクノロジーができたとき、人類はこうなる」といった、大きな枠組みは得意なのですが、それを個々のキャラクターに落とし込むのがなかなか難しい。いっぽうで百合は、キャラとキャラの関係性がすべてなので、おたがいに補完し合えるというか。SFでストーリーを固めて、キャラクター同士の人間関係に百合を盛り込めば、どちらを損ねることもなく、相互補完的にやりやすいんだろうなと思います。

──以前から、SFと他のジャンルを融合してみようという試みはあったのでしょうか?

溝口:融合というよりは、SF自体が定義について寛容で、かつ、スペースオペラやニューウェーブ、サイバーパンクなど、新たなブームで新規の読者さんを獲得するという現象を、頻繁に経験しながら続いてきたジャンルです。百合に関してもそのひとつだと考えています。版元が外にあるものをくっつけたというより、読者主導で盛り上がっているようなイメージですね。だからずっと百合やSFを追いかけていた人にとっては、版元が言いはじめて盛り上がったというより、いつSFマガジンが特集してもいいくらい、読者や作者のあいだではすでに熱が高まっていたという印象なのではないでしょうか。

 元気なジャンルというのは、その看板を掲げているだけで人が集まってきます。タピオカと同じですね(笑)。作り手側としても、SFにしろ百合にしろ、コアな読者だけが楽しめればいいと思って作っているわけではないので、「なんだか盛り上がってるらしいから読もう」くらいの気分で手に取っていただくのでも大歓迎です。「このジャンルで、こういう楽しいことが起こってるんだよ」と紹介するのが、雑誌や版元の仕事ですから。

 もちろん、いくら看板だけ目立つものを掲げても、中身がしっかりしていなければどうしようもありません。アンソロジーであれば個々の作品、雑誌であればエッセイや対談など記事のおもしろさありきだと思うので、編集者としてクオリティコントロールには気を使っています。が、けっきょく原稿を書いているのは作家さんですし、しゃべっているのも個々の方々ですからね。今は幸いなことに、このジャンルにおもしろい人が多く、いい物語を作れる人が多いということだと思います。

■人間関係の解像度を上げると、まだ名指しされていない感情が見えてくる

──なぜ今「百合SF」が売れているんだろうと考えたときに、SFの「自分がいる世界を疑ってみる」というプロセスと、「誰かを愛せよ」という規範めいたものから解放された浮遊感が、今の社会に共通していたからではないかなと思ったのですが。

溝口:「百合」という言葉が指すものが、今は女性同士の恋愛だけではなくなっていることも関係すると思うのですが、今の社会は、昔ながらの人生観だったり、恋愛観だったりといった価値観が、実はものすごく凝り固まっていたのではないかということにみんなが気がついて、少しずつほぐしている時期だと思うんです。小説の世界においても、これまで描かれていたものが、どれだけ現実の世界や異性愛、あるいは性愛そのものに縛られていたかということに気づきはじめたというか。

 そんな中で、これまで「恋愛」と雑に呼んでいた人間関係の解像度をちょっと上げてみると、そこにはまだ、名指しされていない感情があることが見えてくる。百合が好きな人は、「感情」という言葉をかなり重要なキーワードとして扱うのですが、「わかった気になっていたけれど、人間関係にはまだこんなに知らない繊細な、あるいは巨大な感情があるんだ」といった驚きが、SF的な「センス・オブ・ワンダー(対象に触れることで受ける不思議な感動・感覚)」と、相性がいいのでしょう。

『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』(SFマガジン編集部:編/早川書房)

『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』(SFマガジン編集部:編/早川書房)の前書きにも書いたのですが、今の時代は、SNSで誰とでもつながれるようになったぶん、個々の人間関係の濃さが薄れてしまっている気がします。いつでも連絡を取れてしまうがゆえの軽さというか、不確かさというか。確かな言葉や関係性がよくも悪くも見えなくなっている今、フィクションを通して強い感情、強い関係性を吸収することで、安心する…というんでしょうか。なんらかの生活の糧にされているように思います。

 昔から、メロドラマを見て「恋愛がしたい」と思うように、虚構や物語をお手本に人間関係を構築するというのは、わりとよくあることですよね。その延長としての「関係性の見直し」が、百合に限らず、いろいろな文芸や漫画、映像などに波及しているのでしょう。優れた作品には、時代を問わずそういう側面があるものかもしれませんけど。

──なるほど、百合SFって、百合とSFの結節点かと思っていたのですが、フィクションと現実世界の結節点でもあるんですね。

溝口:結節点、だと思います。『三体』(劉慈欣:著、立原透耶:監、大森望、光吉さくら、ワン・チャイ:訳/早川書房)などのSFが流行っていることを考えても、百合にしろSFにしろ、人が物語に、つまり虚構の世界に入っていくときの吸収力みたいなものが強まっているんだろうなと。昔は「現実のことを書いていないから」と入り込みにくかったものが、今や現実のほうが、現実の言葉だけでは説明できなくなってきてしまった。それは情報技術の進化もそうだし、世の中が荒れているように感じられるのもそうだし、なんでも起きうるという状況の現在が、ある意味ではSF的な想像力への入り込みやすさにつながっているのかもしれません。

■「今、この物語に参入したからできる楽しみ方」を広げたい

──今後、百合SFはどのように展開していこうとお考えですか?

溝口:今後、なにがどう流行っていくかにかなり左右されると思うのですが、『SFマガジン』百合特集の反省としては、少し趣向が似てしまったなと。死に別れなどの重い雰囲気の作品が多くなってしまったのは、吉屋信子さんのような少女小説の文脈もあるし、もともとSFに死や永遠の別れといったモチーフを扱う作品が多いからだとも思います。それが武器にもなったのですが、「百合SFといえば、エモくて重くて、深いもの」みたいに固まってしまうと、それはそれで退屈だなという気がするので。ちょっと逆張りというか、そうではない百合SFにはどういう道があるんだろうということは、模索していきたいですね。

──今後、文芸界全体はどうなっていくでしょう?

溝口:難しいですねえ(笑)。大きな主語にはもっと大きな主語ですが、今、日本語の話者は、確実に減ってるじゃないですか。そうすると、たとえば日本語の小説が2億部売れるということは、きっともうありえない。そうでなくても90年代のような絶頂期に比べれば、どうしても業界としては沈没してしまうはずです。でも、今回の百合特集のように、ニッチだと思われていたところに読者がたくさんいるとわかれば、まだそこで勝負できることが周知される。少なくとも向こう数年は、そういう特徴的で尖った企画が、よりおもしろさを増した状態が維持されるのではないかと思います。

 僕自身、世が世なら、裏方から出てこない編集側の人間だと思うんですけどね。でも今は読者さんにも善意で本の面白さを発信してくれている方がいるし、何よりこの出版不況で一番あおりを食っているのは表に立っている作家さんのはずです。そんなときに、編集者だけがその責任を回避するのは申し訳ないなと考えて、百合SFに関しては炎上したときの責任を取るつもりもあって名前を出して宣伝していたら、思いのほか、ジャンルを背負うような事態になってしまった(笑)。でも「自分が担当しました」って公言すると、仮に失敗しても、作家さん以上に編集の責任にできるから、やってみたい企画も増えました。これが正解かはわかりませんけど、とにかく今試せることは、今、試してみたいです。

──この記事を読んで「百合SFを読んでみたい」と思った方におすすめするとしたら、どんな本を?

溝口:ひとまず、『アステリズムに花束を』から入っていただけましたら。『SFマガジン』の百合特集号と、『アステリズムに花束を』の2冊を作るにあたっては、初心者向けの補助線になるような百合SF系のネット記事を自分でもたくさん作りましたし、今回のインタビューを含めて、他媒体さんからご紹介いただいたこともありました。ここ最近の百合SFは、小説作品と、そういった作り手の意識みたいなものが並行して走っているように見えているはずです。だから作品は作品で楽しんでいただくことはもちろん、「なにかおもしろいことが起きていそう」という興味から入ってきてくださるのであれば、この記事みたいな周辺情報もあわせて読むと、同時代の現象としてよりおもしろいのではないかと思いますね。

 ベストセラーになっている『なめらかな世界と、その敵』(伴名練/早川書房)も、百合SFの1冊目には向いていると思いますし、Webでは本にも収録されていない、伴名練さんの1万字あとがきが公開されています。もちろん本だけでも楽しめますが、あわせて1万字あとがきも読むと「これだけSFを読んだ人がいると、こういう短篇集が生まれるんだ」といった楽しみ方もできます。極端な話、興味があればTwitterで「百合SF」と検索するだけでも見えてくるものがあると思うので、いろいろな形で「今だけのおもしろさ」を体感してみてもらいたいなと。

『なめらかな世界と、その敵』(伴名練/早川書房)

──今、2.5次元などの「体感できる」エンタメが流行っているなと感じていましたが、SFの世界でも同じことが起こりつつあるんですね。

溝口:実は個人的に、ソシャゲ(ソーシャルゲーム)をライバル視しているところがあるんですよ。僕も好きで何本かやっているんですが、ソシャゲって、ほとんど毎日必ず情報が更新されるじゃないですか。今日はこのイベントをします、このガチャが開始ですって。一方で本は、同じ作家さんの作品なら、どれだけ早くても2、3カ月に1冊くらいしか出せない。リアルタイム性において、ソシャゲや、毎日配信をしているVTuberのコンテンツに劣ってしまうのが悔しいので、毎日少しでも新しい情報を出してライブ感を出したいなと思って、関連記事を更新したり、Twitterで頻繁につぶやいたりしています。

 この令和の時代、SFを含めた文芸には、単に本を読む以上のリアルタイムな楽しみ方が広がっていると考えたい。そうじゃなきゃ、新刊だって、3カ月くらい待てば図書館で読めますもんね。せっかく、今、買って楽しもうとしてくれている人には、作家さんや出版社のTwitterをフォローしたり、Webで関連記事を読むとかして得られる、プラスアルファを届けたい。今、この物語に参入したからこそできる楽しみ方が、それを望む方のところへ広がってくれるといいなと思います。

取材・文=三田ゆき