「世界そのものへの疑いを書くことに興味が向いた」『コンビニ人間』の村田沙耶香さんが新作『丸の内魔法少女ミラクリーナ』で描きたかったこと

小説・エッセイ

公開日:2020/3/8

 小3の春から36歳になる現在まで、コンパクトを開いて「魔法少女ミラクリーナ」に変身する〝ごっこ遊び〟を脳内で続けるリナが主人公の表題作。

村田沙耶香さん

村田沙耶香
むらた・さやか●1979年、千葉県生まれ。著書に『ギンイロノウタ』(野間文芸新人賞)、『コンビニ人間』(芥川賞)、『生命式』『変半身(かわりみ)』など。「多様化が進んでいるはずなのに、どんどん生きづらそうにしている人が見えるようになってきて、そういう人たちを少しでも救えるものが書けたらと思っています」(村田)

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 この作品は、2013年に文芸誌『小説 野性時代』のヒーロー特集に寄せたもの。とにかく書いていて楽しかったので、その後『地球星人』でも、自分を魔法少女と思い込んでいる女性を主人公にしたくらいです。今回の短編集も最初に全部ミラクリーナを中心に書こうかと提案したら、さすがに編集さんに止められましたが(笑)、現実逃避ではなく、むしろ闘うために幻と手と手をつないで生きるということも書き続けたいテーマのひとつなのだと思います」

 リナは本当に自分が魔法を使えるとは思っていない。闇の組織の存在だって信じていない。ただ、誰にも迷惑をかけない妄想で平凡な日常を面白おかしくすることでどうにか生きている。そう思わなければやり過ごせない理不尽も彼女の周りには溢れているのだ。

「空想を支えに生きている人って、実は多いんじゃないかと思います。でも、みんな誰にも言わず、自分だけの秘密として抱えているんじゃないのかな。誰かに笑われたり、神聖さが少しでも歪められたりしたら、生きていけなくなるほど大事にしているから」

自分を生かしてくれる妄想と、自由を奪う重荷となる呪い

 一方で、空想が呪縛に変わることもある。「秘密の花園」は、小学3年生のとき恋に落ちた早川くんが、女にだらしない傲慢な男と知ってなお、大学生になっても想い続ける千佳が、1週間限定で彼を監禁する物語。

「初恋ってほぼ妄想ですよね。相手のことをよく知りもしないのに、みんなに人気だというだけで好きになったりする。ろくに話もせず、だんだん会わなくもなっていく相手を、頭のなかで美化というよりキャラクター化して想い続けてしまう。空想上の人物だから、決して傷つけられないし、美しいままなんですよね。私も高1のころ、現実の男の人から受ける生々しさを振り切りたくて、小学生のときに好きだった男の子の記憶をお守りのように抱いていたことがありました。友達がつきあっていた塾の先生の同僚に、触られたり肩を抱かれたりした気持ち悪さが、彼を想うことで浄化されるような気がしたんです。でもよく考えてみたら、たいして話をしたこともない相手を神聖視している状況もちょっと気持ち悪い。それでその人にラブレターを出したら妙にすっきりしてしまって、以来、彼を思い出すこともなく現実の恋愛を楽しめるようになったんです。小説にしたのは、どんなにひどい人でも最初に心を開いたというだけでその後に出会うすべての人に打ち勝ってしまう現実を、友人を通じても見ていたので、負の呪いとして書いてみたいと思いました」

 同じ小3のときにとらわれた妄想でも、ミラクリーナと早川くんではずいぶん印象がちがう。

「それを支えに一歩前に踏み出せるハッピーな妄想はいつまでも持っていていいと思うんですが、自分を自由に生きられなくする重荷のようなものは早く捨てたほうがいいですよね。正志や早川くんのように女性蔑視の強い人たちへの違和感も同様で、女性が自分の恋や人生を自分で選ぶのはあたりまえなのに、それができない方向に、暴力的にではなくナチュラルに導いてきた彼らの価値観をできるだけ払拭したい。そう考えたときに、女性の息苦しさは、男性であることを背負わされるしんどさとも紙一重だと気づいて。私が『女子大に行って素敵な男性に見初められるのが幸せ』と言われてきた一方で、兄は『男なのだからゆくゆくは医者か弁護士に』と言われていた。『セックスで達することができない』と悩んでいる男友達もいて、彼女が気にしなくていいと本心から言っても信じられず、プレッシャーに押しつぶされていた。そんな姿を見てきたので、“男だから女だから”に関係なく、みんな一斉に“人間”になりたいって思っちゃうんですよね」

 その想いは「無性教室」にも表れている。全員が同じ制服を身にまとい、性別を隠すことが徹底された高校で、ユートはセナに恋をする。同性なのか異性なのかわからないから惹かれるのか、そもそも「性」とはなんなのか。「見えないけれど、確実にある」と信じてきたものの不確かさを、本作では描きあげる。

「手術で性別をなくすのではなく、生まれもった性を身体に宿したままでも無性であること、そういう生き方を選んだ人をセクシャルに愛するということを書きたかった。性に限らず、常識も言葉もすべてが曖昧で、この世に確かなものなんて何もないんじゃないか、と小説を書くたび私自身が揺らいでしまう。その答えを探るために、ずっと小説を書いているんだと思います」

小説という箱庭で実験したい

 最終話の「変容」は、まさに常識や言葉の変容を描きだす。怒りを失い、〝なもむ〟という謎の感情をスタンダードとする今の感覚についていけず戸惑う真琴が主人公。

「私は流行に疎いので、〝エモい〟って言葉が現れたときは一生懸命調べましたけど(笑)、ふりかえれば大学生のころ“萌え”という言葉が流行ったときも似た感覚を味わったんです。なんだそれ? という戸惑いと、ネーミングされたことで『あのときの感情はそれだったのか!』と妙に腑に落ちて、くりかえし耳にすることで理解していく感覚。本作でも最初は、『あーなもむわー』って若い子たちが急に言い出すとかありそう、という想像から始まったんですが、書いているうちにだんだん私にもその意味がわかるような気がしてきた。言葉っておもしろいですよね。私、すぐに縄文時代のことを考えるんですが、あの集落ではこういう感情を“怒り”って呼んでるらしいよ、と流行りが伝播して言葉が定着したのかもしれないし、そもそも最初に意味なんてあまりなかったのかもしれない。その不確実性に惹かれて、私も作中でよくオリジナルのネーミングをしちゃうのかもしれません」

〈僕たちは、容易くて、安易で、浅はかで、自分の意思などなくあっという間に周囲に染まり、あっさりと変容しながら生きていくんだ〉と真琴の夫は言う。確かなものなど何もない世界を生きるおそれと美しさを、村田さんは描き続け、いかようにも変容する私たちの可能性を探り続ける。

「デビューしたてのころは、世界には絶対があるのだと信じていて、そこから外れた人たちの生きづらさを書いていたけれど、本当はみんな、目の前に提示されたスタンダードとされるものをただ模倣しているだけなんじゃないか、生きづらいのはその変容についていけず、まっすぐにあり続けているからだけじゃないかと思うようになって、世界そのものへの疑いを書くことに興味が向いた。今は、普通に人肉を食べる社会とか、無性であることを義務づけられた教室とか、いろんなパターンの世界に人間をはめこんで、どういう動きをするのか見てみたいと、実験するような気持ちで小説を書いています。その結果、人間の核心に何があるのかを知りたいし、ないのだとしたらそれを知りたい。書くたびに、わかることよりわからないことのほうが増えているけれど、その追求を小説を通じて続けていきたいと思います」

取材・文=立花もも 写真=冨永智子

 

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』
村田沙耶香 KADOKAWA 1600円(税別)
魔法のコンパクトで「魔法少女ミラクリーナ」に変身する妄想で日々を生き抜く36歳OLのリナ。秘密を共有するレイコの恋人が仲間に加わり、魔法少女としての任務を遂行するうち、平和な日常は少しずつ崩壊し始める……。人を生かすものは不確実な世界か、それとも強固な幻か。独特なネーミングセンスも炸裂し、村田ワールドの美しさとおそれに酔いしれる4編。