話題作『消えたママ友』の作者・野原広子さんと編集者・松田紀子さんが対談! 40歳過ぎでのデビューから作品裏話まで

マンガ

更新日:2020/8/1

ママ友同士のリアルな人間関係を描いた野原広子さんのコミックエッセイ『消えたママ友』。6月25日の発売直後にはSNSでタイトルがトレンドワード入りするなど、今大きな話題を呼んでいます。また集英社「よみタイ」で連載中の『妻が口をきいてくれません』がツイッターで賛否両論を引き起こしたのも記憶に新しいところ。そんな注目を集め続ける作者の野原広子さんと『消えたママ友』を手掛けた編集者の松田紀子さんが対談を実施。連載時の裏話や作品作りへの思いについてとことんお話ししていただきました。

40歳過ぎで漫画家に。デビュー作のテーマは不登校の娘のこと

――野原さんは40歳過ぎで漫画家デビューされたそうですが、そのきっかけについて教えてください。

野原広子さん(以下、野原):母が亡くなってやる気を失い1年くらいぼーっとしていた時期があったんです。その時、中学生だった娘に「いいかげん何かしなよ」と言われて、漫画でも描いてみようかなと。

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松田紀子さん(以下、松田):それでコミックエッセイプチ大賞にご応募いただいたんですよね。

野原:応募するにあたって「ありきたりな内容じゃ賞は取れないよね」と娘に相談したら、「じゃあ私の不登校のことを描いてもいいよ」と言われまして。それがデビュー作になりますね。

松田:野原さんにははじめ男性の担当編集がついたんですけど、その方が異動することになり、子どもと母親の関係性を編集できる編集者はいないかということで、母親でもある私が引き継ぐことになったんです。『娘が学校に行きません 親子で迷った198日間』という作品をご一緒したのが最初ですね。

『娘が学校に行きません 親子で迷った198日間』

野原:そうですね。実は子どもを産む前にも少し漫画を描いていたことはあったのですが、本格的なデビューは40歳過ぎになります。

松田:40歳からの作家デビューってすごいことですよね。お母さん目線で描ける作家さん自体、当時は貴重な存在でしたし、社会問題にもなっていた「不登校」というテーマをノンフィクションで赤裸々に描いてくださるのがすごく斬新でした。

野原:私としても「こんなの描いていいのかな?」と躊躇(ちゅうちょ)する気持ちがありました。漫画家デビューも実はそんなに嬉しくなくて、はじめは本を一冊出せればそれでいいやと思ってたんです。でも、松田さんと初めてお会いした時に、キラキラした瞳で「本作りって楽しいですよ!」と言われまして(笑)。この人と仕事したいなという思いで漫画家を続けて今に至りますね。

松田:嬉しいです。ありがとうございます。

明るい奥さま雑誌に一石を投じる! 『消えたママ友』誕生秘話

――レタスクラブという主婦向けの雑誌で『消えたママ友』の連載を企画した経緯について教えてください。

松田:野原さんのデビューから何冊か後に『離婚してもいいですか?』という作品を描き下ろしで描いていただいたんですが、それが非常に好評だったんです。ちょうどそのときに私がレタスクラブの編集長に就任して、積極的にコミックエッセイの連載を入れていこうという方針になったんです。奥さま雑誌には明るく楽しい毒のないものを連載するのが一般的なセオリーだと思うのですが、私はこの健全な雑誌をちょっと汚したくて(笑)。

野原:笑

松田:いや、汚すって言ったら失礼なんですけどね。なんと言うか、一石を投じた感じです。真っ白で健康的な雑誌に人間の欲望や本音をぶちまけるような、ある種ぞわっとする「怖いもの見たさ」を入れていきたいなと思ったんです。

野原:そうそう。「もやもやしたもの」を作ろうという提案があって、それはおもしろそうだなと。

松田:それで『離婚してもいいですか?』の別バージョンのお話として描いていただいたのが『離婚してもいいですか? 翔子の場合』なんです。これがまたレタスクラブで人気が出て、今もなお電子書籍ですごく読まれているんですよ。編集部の机の上に最新号が配られると、編集メンバーも営業メンバーも真っ先にそのページを開くくらいみんな熱中してました(笑)。

『離婚してもいいですか? 翔子の場合』より

野原:ありがたいことです。最終的には描き下ろしの付録まで描かせていただきましたね。

松田:離婚ネタが非常に好評だったので、その流れを汲んだ次回作を作ろうということで生まれたのが『消えたママ友』ですね。

野原:はい。次は「ママ友」でやってみようかみたいな。

松田:『離婚してもいいですか? 翔子の場合』は、最後まで結末がわからないまま引っ張る手法だったんですが、今回は「ママ友が消えた」という結論が先に提示されていて、そこから「どうしてそんなことになったのか」を紐解く構成にしたいと、野原さんがおっしゃったんです。それで、結論部分をそのままタイトルに持ってきたという経緯があります。

野原:そうですね。ちょっぴりミステリー色のある感じにしたかったんです。

『消えたママ友』

最初にタイトルを決めてからキャラクターや状況を作り込む

――作品作りをする際にお二人の間にはどんなやりとりがあるんでしょうか?

松田:基本、私が野原さんに無茶振りするんですよね(笑)。

野原:そうですね(笑)。でも松田さんが投げてくる無茶振りってすごく具体的なんです。『離婚してもいいですか?』のシリーズは、ペンの太さからコマの運び、雰囲気まですごく詳細に伝えてくれて、それを形にしていった感じです。

松田:離婚の話を描くにあたって、それまでの野原さんの可愛らしいキャラクターとか、線の柔らかさをちょっとだけ大人っぽくしたいと思って、ペンの幅を細くしてもらったんです。

野原:0.28mmから0.38mmまで描いてみてどっちにしようか決めましたね。

松田:結構印象が変わるんですよね。線が太いと子どもっぽくファンシーな感じになっちゃう。他にも、野原さんの作品は独特なコマ割なんですけど、24コマで成立するような間の置き方を考えたり、わざと喋らせないコマを挟んでみたりとか、いろいろと試行錯誤しましたね。

上は2014年刊行の『ママ 今日からパートに出ます! 15年ぶりの再就職コミックエッセイ』、下は2020年刊行の『消えたママ友』。線を細くすることで、より大人向けで繊細なタッチに

――具体的なエピソードやセリフについて相談することもあるんですか?

松田:私が最初にタイトルやテーマを決めて「こんなのどうですかね?」って無茶振りすると、野原さんが色々な角度から温めてきてくださるんです。そこでプロットができあがり、二人であーだこーだと相談しながら完成形に近づけていく感じですね。

野原:だいたいいつもタイトルを先に決めていただくんですけど、タイトルってすごく大事だと思います。

松田:『離婚してもいいですか?』は、益田ミリさんの『結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日』(幻冬社)からインスピレーションを受けたものなんです。「自分の人生の選択を他人に聞いてしまう人って確かにいるよな」と思い、それをタイトルに離婚の話をしたら面白そうだなって。

野原:『離婚してもいいですか?』ってわざわざ他人に聞くからには、きっと決断力ない主人公なんだろうなとか、そういうところまで想像できるから話を広げていきやすいんですよね。

松田:タイトルからイメージされるキャラクターや状況を作っていく感じですね。

『離婚してもいいですか? 翔子の場合』より

――『消えたママ友』というタイトルもすごいパンチがありますね。これはどこで生まれたんですか? 

野原:これはタイ料理屋さんで松田さんと飲んでいるときにママ友談義になって、その流れで『消えたママ友』いいじゃんってなりました。

松田:そうそう。そういう意味では練り込んでいる感じでもなくて、割とシンプルな思いつきなんです。でもそんなノリで生まれた禍々しいタイトルが野原さんの可愛らしい絵柄とくっつくと、そのギャップがものすごいインパクトを放つんですよ。何冊か一緒にやらせていただいて、「強めのタイトル」と「野原さんの可愛らしい絵柄」の組み合わせにハズレはないなと実感しているところですね。