アイドルマスター 15周年の「今までとこれから」⑤(我那覇 響編):沼倉愛美インタビュー

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公開日:2020/11/10

『アイドルマスター』のアーケードゲームがスタートしたのが、2005年7月26日。以来、765プロダクション(以下765プロ)の物語から始まった『アイドルマスター』は、『アイドルマスター シンデレラガールズ』『アイドルマスター ミリオンライブ!』など複数のブランドに広がりながら、数多くの「プロデューサー」(=ファン)と出会い、彼らのさまざまな想いを乗せて成長を続け、今年で15周年を迎えた。今回は、765プロのアイドルたちをタイトルに掲げた『MASTER ARTIST 4』シリーズの発売を機に、『アイドルマスター』の15年の歩みを振り返り、未来への期待がさらに高まるような特集をお届けしたいと考え、765プロのアイドルを演じるキャスト12人全員に、ロング・インタビューをさせてもらった。彼女たちの言葉から、『アイドルマスター』の「今までとこれから」を感じてほしい。

 第5弾は、我那覇 響役の沼倉愛美のインタビューをお届けする。キャスト最年少にして、キレ味鋭いダンスでライブ空間を熱く存在だ。『アイドルマスター』がデビュー作であり、関わり続けてきたことで自身のパーソナルにも大きな影響があったという響との時間について、話を聞いた。

我那覇 響
(C)窪岡俊之 (C)BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

続けよう、よくなろうって思うならば、変わることも受け入れていかないといけない

――7月に、『アイドルマスター』がスタートして15周年を迎えました。沼倉さん自身も、長くプロジェクトに関わっているわけですが、15周年についてどのような感慨がありますか。

沼倉:15という数字には、あまり実感がなくて、どちらかというと、わたしは『アイドルマスター』でデビューさせていただいたので、自分が声優としてこの世界に入って、右も左もわからないときに『アイドルマスター』に拾っていただいたあの頃から、そんなに時間が経ったんだなあっていう気持ちです。15周年はすごく素敵なことで、とても大きい出来事ではあるんですけど。「もうすぐ15周年だね」っていう話はよくしていても、それをゴールにしてきたわけではないし、「続けていきたい」っていう気持ちを、たぶんキャストもプロデューサーさんもみんなが持っていた結果ここにいる、ということなので。ある意味、それだけ多くの人が関わって、こんなに『アイマス』を好きな人がいるんだから、「そりゃそうよね」っていう気持ちもあります。

――『アイドルマスター』に関わっていく中で、プロジェクトの印象はどのように変わっていきましたか。

沼倉:オーディションを受けるときに、「アイドルゲームで、アイドルが歌を歌うので、受かったらお芝居だけじゃなくて歌もいっぱい歌うことになるよ」と聞いてはいたけど、当時は受かる未来もなかなか描けなかったし、まだ声優のお仕事に夢見てる状態だったので、オーディションがもらえたこと自体にすごく集中していたような気がします。お披露目の3rdライブの半年前くらいに「受かりました」って言われて歌をたくさん録ったり、キャストの皆さんにご挨拶もして、レッスンもしてたんですけど、どこかフワフワしてました。頑張りたい気持ちはあるけど、どう頑張るかもわかっていなかったというか。だから、「『アイマス』ってこういうものなんだ」って思ったのは、本番のステージに立って、イベントが終わったときだったのかな? ジワーッと、「あんなに多くの人の前に立ったんだ」っていう、実感と興奮と恐怖みたいなものを感じて。そのときに、「こんなにたくさんの人に愛される作品なんだ」って感じました。

――恐怖というのは、責任の重さですか。

沼倉:そうなのかなあ。会場のパシフィコ横浜も、5千人と聞いてはいたけど、ちょっと大きすぎていまいちわからなかったですし。でも、ずっとのし掛かる何かがあったのかもしれないですね。それは、ライバル役、明確に戦う相手のポジションで出て行く、というのもあったと思います。響がいい子だっていうのは自分はわかってるけど、それをどう受け取ってもらえるのかなっていう心配はありました。

――その不安は、年月を経て解消していったんじゃないかと思うんですけど、それを実感したきっかけはありましたか。

沼倉:大きなきっかけはないかもしれないです。でも、とにかくスタッフさんや765プロダクションのアイドルである先輩方が、すごくウェルカムに接してくださって。発表からしばらくはイベントには必ず出していただいて、わたし自身はなんにもできないけど、まわりに助けてもらって、だんだんそこにいることが当たり前になるようにしてもらえたと思います。自分的には、たくさんいただけるお披露目の場を一生懸命頑張って、うまくいくこともあればいかないこともあって、一生懸命になりすぎてたところもあったかもしれないけど、いつの間にか受け入れてもらえてた、が正しいのかな、と思います。

――響としてステージに立っていて、悔しいと思ったことはありますか。

沼倉:悔しいは、あります。特に最初は、やっぱり下手なのはわかっていたし、トークに対する苦手意識もあって。イベントやライブでの合間にあるトークとか、ちょっとしたゲームコーナーみたいなところでの盛り上がりも、『アイドルマスター』の魅力のひとつだと思うんです。なのに全然うまく立ち回れないので、とにかくパフォーマンス、歌とダンスは頑張ろう、と思ってました。もう、「間違えたら死ぬ」くらいでした(笑)。ひとつ間違えたら、歌詞が飛んだら、音外したらダメっていう気持ちが、すごく強かったですね。なので、プロデューサーさんが喜んでくださったり、盛り上がってくださっていても、自分の目指すところにはいけてない感覚があって。ひとつも音を外さないで生で歌うのは難しいとわかっていても、「他にできることがないのに、それができなくてどうするんだ」って思っていて。できないことばかりを見ている時期がありましたね。

――一方で、「ライブが楽しいな」って思うようになった部分もあるんじゃないですか。

沼倉:そのきっかけは、覚えてます。2011年のニューイヤーライブ(『THE IDOLM@STER 2 765pro H@PPINESS NEW YE@R P@RTY !! 2011』)で、初めて楽しいと思いました。だから、デビューから2年以上経ってますよね。こう、ライブは自分が楽しむものじゃなくて、決められたことを全部ちゃんとやる場みたいな感じで、それしかできないと思ってたし、最初はそこにやり甲斐を見出してたんだと思います。でも、歌うこと自体は好きで、ダンスもだんだん自分なりのやり方や見せ方ができてきて、何かを思いついてやってみて、「いいよ、やりなよ」って言ってもらえることが楽しくて。本番に対するプレッシャーや緊張がずっと勝っていたけど、ニューイヤーライブのときに初めて、楽しいが勝った瞬間がありました。「ライブが楽しいって、こういうことなんだ」って。

――ダンスはもともとやってたんですか。

沼倉:全然! 何もしてなかったです。

――沼倉さんは自身名義の音楽活動もしていたじゃないですか。ライブを観させてもらったときにダンスコーナーがあって、後からその写真を見たときに、「すごいドヤ顔だな」と思ったんですけど(笑)、そういう表情が出るくらい、パフォーマンスを高めてるんだな、と。

沼倉:最近は、「わたしは顔で踊ってるんだ」って言ってます(笑)。「踊れてるでしょ?」っていう顔で踊るっていう。ドヤ顔は得意で、「特技です」って言ってますね(笑)。

――先ほど「響がいい子だと自分は思っている」という話がありましたけど、長く一緒に時間を過ごしてきた中で、響のパーソナリティにどんな一面を見出していったんでしょうか。

沼倉:少し話が戻って、『アイドルマスター』の印象とも重なるんですけど、すごく柔軟なプロジェクトだな、と思っていて。もちろん根幹はあるんですけど、キャストの人間性が反映されていったり、プロデューサーさんが広げてくれたアイドルたちの特徴やキャラクター性を取り入れちゃうところがあったので、響もだんだんとやっぱり人間味を帯びていったと思います。最初は、沖縄出身というアイデンティティがあって、そこが強く出ていってたかな、と思うんですけど――『アイマス』のアイドルって、すごく複雑だなって思うんですよ。演じていくと徐々にセオリーができてくるんですけど、それが急に通じなくなることがあって。たとえば当時の響なら、元気っ子で、ちょっと推しが強いしゃべり方で、みたいな。でもある日突然、その演技パターンが通用しない日がやってくるんです(笑)。でも、人間ってそうだよなあって、今考えると思います。日によって気分も違うし、好みも変わっていくし。そのお芝居をするにあたって、セオリーとかパターンを超えて、生きている人間を演じることに対して、最初は翻弄される日々でした。そこに、一生懸命手を伸ばしてたところはありました。

――「響はこういう人」と決めつけすぎないほうがいい、と。

沼倉:『アイドルマスター』は、ゲームでいろんなタイトルが出て、プロデューサーさんと出会い直して1から関係を築いていくことになるので、やっぱり出会い方が変われば関係も変わるし、関係が変われば彼女たちの成長の仕方も変わっていきますよね。それもあって、響はいつも演じていて新鮮です。最初は、わたしの中にアプローチのパターンがなかったので、とにかく自分に重ねる、自分の気持ちを持ってきて合うところを探す、みたいなやり方でした。気持ちを同化させてたから、響イコールわたし、みたいな。今は、すごく確固とした違う人格として、響が存在していて。まったく違う人間だなって思うから、響が立っているところにちゃんとわたしが行けないと、響が伝わらない。そこは、長い時間演じてきたからこそ変わってきたものだと思います。

――非常に深い、かつお芝居の真理ですね(笑)。

沼倉:(笑)でも、そうやって言葉にできるくらい自分の中で腑に落ちたのは、TVアニメをやってからだと思います。TVアニメの音響監督さんに出会って、たくさんのことを教えていただきました。「だって人間だったら風邪引くじゃん。だから鼻声の日があったっていいじゃん」って言われて、「そっかあ」と(笑)。もちろん、風邪を引いてもいいということではないんですけど、たとえば役者さんが体調を崩して、いつもとちょっと声が違う、だけどたまたま演じるキャラクターもそういう日だったっていうことでもいいじゃない、という考え方もあるよ、と。そうやって、アイドルたちをちゃんと生きてる人間としてとらえられるようになりました。守らないといけないものは絶対にあるんですけど、コンテンツとしても、お芝居もかな、大きな枠で見ると、変わらないことって、終わりに向かうことだとわたしは思っていて。続けよう、よくなろうって思うならば、変わることも受け入れていかないといけない。で、それをすごく柔軟に取り入れた結果が、15周年なんだと思います。

――響を演じる上で、セオリーが通じなくなることが多々ある中で、「ここだけは外さない」って決めていることは何ですか。

沼倉:そうだなあ……わたしの認識なので、響を知るすべての人がうなずいてくれるかというと、ちょっと別な話なんですけど、わたしにとって響はとても愛を知っている人で、家族愛の人だと思ってます。動物たちも含めて生き物への愛、といいますか(笑)。

――(笑)デッカい愛の持ち主である、と。

沼倉:そうですね。そこが、一番変わったところかもしれないです。最初、961プロダクションとしてデビューしたてのときの響は、全部自分ひとりで頑張ろうとする人で、寂しいから動物をたくさん飼ってたところがあったんですけど。今でも寂しがり屋は寂しがり屋なんですが、寂しいから一緒にいるのではなくて、ちゃんとひとりひとりに愛情を持って、一緒にいたいと思っている。「自分のところに来た子は絶対に幸せにするぞ」っていう責任感なのかな、それを自覚してるかはわからないけど、ちゃんとした覚悟を持って側に置いてる感じがします。より人のために頑張れる子になった。最近、それはすごく強く感じますね。もともと頑張り屋ではありますが、頑張り方が変わってきて、人のために頑張って、人に助けてもらうことを学んでいる気がします。

我那覇 響
(C)窪岡俊之 (C)BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

『アイマス』が好きなら、もうわたしはその人が好き(笑)

――『アイドルマスター』での活動を通して、他のキャストの皆さんと長い時間を一緒に過ごしてきたと思うんですけど、沼倉さんが最年少であるということは、プロデューサーさんの中では知られていることですよね。キャストの皆さんとの関係性について、伺いたいんですけども。

沼倉:TVアニメまではライブのときしかお会いできない方もいましたし、一番後輩だったので、皆さんの関係性の長さや深さの中になかなか入っていけない感じもありました。すごく気にかけてくださってる空気はずっと感じていたんですけど、わたしもなかなかうまく飛び込んでいけなかったり、甘え方がわからなかったりして。アニメが以降お話をさせてもらう機会が増えて、皆さんにわたしのことがわかってもらえたし、わたしも皆さんのことがわかったような気がします。今やプライベートでお茶やご飯に行ったりするほど仲良しです。

 で、今井さんには、TVアニメの前だと思うんですけど、ライブでふたりで歌う曲があって――当時は、自分にとってまだライブは「楽しむもの」ではなく、絶対に越えられないのに自分の中で作ったハードルをずっと見上げている時期で。そのときに、今井さんに「完璧主義はつらいだけだよ」って一言だけ言われたことをすごく覚えてます。その意味を、当時はよくわかっていなかったんですけど、今では「確かに当時は損してたな」って思うようになりました。

――「完璧主義を目指しすぎてつらいんです」って吐露したわけではなく、突然言われたんですか。

沼倉:そうです。たぶん、リハーサルかゲネのとき何かミスをして、皆さんが「いや、よくできてるじゃん」「素敵だよ」って言ってくれたのに、「いや、ダメなんです」ってわたしが言ってたからだと思います。あと、会場ごとにリーダーが違うライブをしていた頃に、若林(直美)さんとリーダーをやったことがあって、すごく引っ張っていただきました。若林さんもダンスに燃えてる方なので、いろんなアイディアを出してもらって、わたしもそれに一生懸命ついていく感じだったんですけど、ライブが終わった後に「わたしは踊りまくるライブをするのが夢だったから、今回ぬーと一緒にリーダーができて夢が叶った。ありがとう」ってメールをいただいて。そのときは、それこそなんにもできてない気がしていて、とにかく若林さんについていった感じだったから、すごく嬉しかったのと同時に、もっと役に立ちたいというか、貢献していきたいって思いました。

――『アイドルマスター』の一員になれたと実感できた楽曲、あるいは純粋に好きな楽曲について教えてください。

沼倉:“Next Life”は最初に「我那覇 響の曲です」って作っていただいた曲だったので、大事な曲ですね。今でもすごいことだなって思いますけど、アイドルが歌う曲にサイケデリックトランスって(笑)。6分半くらいある曲なんですけど、歌詞が16行くらいしかないんです。はじめはどう表現するか難しかったその曲もだんだん育っていって、5thライブだったかな、ダンサーさんと一緒に踊ったときに、我那覇 響、沼倉愛美イコールダンスっていうイメージを作ってくれた歌ですね。

――今回リリースされる『MASTER ARTIST 4』の響の新曲“HUG”はとても穏やかな楽曲ですけど、どんな印象がありましたか。

沼倉:いろんな曲を歌ってきた中で、新しく響が歌う曲として選ばれたのがここなんだなって思いました。自分の中で、あまり想定になかった場所でしたね。歌詞も普遍的なものを描いていて、アイドルの響を表現するというよりは、響の日々や暮らしみたいなものが描かれているのかなって思ったので、「これは響という人間を歌う曲、アイドルというきれいな衣装を身にまとっていないときの響を歌う曲なのかな」と思いました。

 いろんな時間を過ごしてきて、響もわたし自身もできることが増えてきて、成長させてもらってきた中で、この曲の表現をする方法はいろいろあるなって思ったんです。できることが増えたがゆえに、どれが一番最適なのかなっていう、新しい悩みができて。表現の仕方がたくさんあるから、どれもやってみたいしどれも聴いてもらいたいけど、でも聴いてもらえるのは1パターンだからっていう、それはすごく贅沢な悩みだったなあって思います。

――懐が深い曲だなっていう印象がありました。

沼倉:そうですね。改めて、響って広い人だな、と思いました。今回、1枚のCDとして、すごく人間味があるというか。偶像として、アイドルとしての響というより、リアルな人間としての響が、たくさん詰まってる1枚になったと思います。

――そんな響にかけたい言葉とは?

沼倉:う~ん……「ありがとう」としか言えないですかね(笑)。響はアーケードの開発の時点で、すでに名前と顔はあったんですけど、登場はしていなかったんですよね。だから、もしそのまま順当に響が『アイドルマスター』のアイドルとしてデビューしてたら、わたしは絶対に彼女を演じられなかったので、そこにちょっとしためぐりあわせを感じていて。

――最初から響がその中にいたら、沼倉さん自身のキャリアが始まってなかった。

沼倉:そうです。開発当時、わたしは事務所にも入ってなかったので、絶対に他のどなたかになっていたわけですよね。わたしにとってはすごくラッキーな流れがあって、響のオーディションが受けられて。わたしを選んでくださった方々にはすごくすごく感謝しています。でも、響がわたしを待っててくれたからなんじゃないかなって思っちゃう自分もいます。『アイマス』に入れてなかったら、今のわたしはいなかったんじゃないかなあ。「人間・沼倉愛美」を作ってくれた存在で、そう思えることやもの、人に出会える人生って最高だなって思います。それを全部ひっくるめて、やっぱり「ありがとう」ですね。よく、「『アイドルマスター』とは」って訊いていただくことがあるんですけど、それは「人生」って答えてます。

――まさに人生ですね。キャリアのすべてを一緒に過ごせる役と会える人って、実際そんなに多くないでしょうし。

沼倉:そうですね。ここまで『アイマス』が大きくなって、知らないこともたくさんあるし、お会いしたことない人もたくさんいるんですけど、それがなんか悔しいというか。「大好きな『アイマス』なのに知らないことがあるなんて!」みたいな(笑)。そんなことを思ってたんですけど、今では、お会いしたことがなくたって――もしかしたら向こうもわたしのことをまったく知らないかもしれないけど、「同じものを愛する仲間だな」って思えるようになりました。『アイマス』が好きなら、もうわたしはその人が好き、みたいな(笑)。そこまで来られました。「こんな人間になれる日が来るなんて」って思います(笑)。


取材・文=清水大輔